第十二章 ⑦⑨
二上の取り調べに安馬は最初、一言も口を開かなかった。
防犯カメラの映像を見せるまでもなく、安馬は田浦を空港へと迎えに行った事は認めた。
頷きが小さかった為、二上は数回に渡り、確認を行った。ただし安馬が二上に対して返事をしたのはその時だけだった。
空港から出て施設へ戻り殺害するまでの空白となった時間について安馬は、ただ部屋へ案内した後は自室に戻ったの一点張りで、それ以上は頷くか、沈黙する事で自分を保とうと必死のようだった。
口を開けばボロが出てしまう事を恐れているようでもあった。
「空港から真っ直ぐ施設に戻られた?それで間違いないですか?」
これで何度目だろうか。二上はひたすら問いを繰り返している。
聞かれる方は又か?と思い、やがてそれは苛立ちへと変わっていく。
人間、怒りの感情が昂ると必ず言わなくても良い事を口走ってしまうものだ。二上はそれを狙って何度も何度も同じ話を繰り返しているのだ。
安馬からその感情が表に出始めたのは、二上が同じ質問を繰り返してから6回目の事だった。
三田は隣接しているマジックミラー越しの安馬を見て、意外と遅かったなと思った。
安馬は頷いた。俯き加減の姿勢で決して二上を見ようとしなかった。
「その後は?」
「さっきから部屋に戻って寝たって言ってるじゃないですか」
怒気のこもった口調に二上は首を左右に倒した。
これはチャンスだと思った時に出る二上の癖だ。
「自分は今、初めて聞きましたが?」
二上のこの言葉に安馬は突然、顔を上げた。二上を見返す目に怒りが込められいる。
安馬は質問に対し頷いた事は返事に含まれない、捉えてもらえてない事に気づいたようだ。
「ではもう一度最初から伺いますが……」
「いい加減にしてくれ!その質問は何度目だと思ってるんだ!さっきから同じ事ばかり聞きやがって!これ以上何を答えろって言うんだよ!」
安馬は怒りに任せて両手でテーブルの上を叩いた。それを眉ひとつ動かさず安馬を見上げる二上に対し、安馬はしまった!というような顔で二上を見下ろすと直ぐ椅子に座り込んだ。
歪ませた表情は明らかに冷静そを失った証でもあった。二上はここからなだと思い安馬から目を離さなかった。
安馬はただちに席につくと今何時ですか?と蚊の鳴くような声で二上に尋ねた。
「もうすぐで11時ですね」
「そうですか。なら今日は帰ります。任意だから構わないですよね?そろそろ新会員も到着する頃だろうし、全員で迎えてあげたいんですよ」
「構いませんよ。ですが、新会員の方々は代表が殺害された中で、わざわざ研修に来られるのですね。自分であればショックで研修なんて受けれませんが。それでもわざわざ来るのだから、余程、[葉の雫]の信仰に対し、従順で熱心な方ばかりなのでしょう。本来であれば喜ばしい出会いになる筈が、代表である田浦さんが殺されてしまった。どうにもこの殺人事件は外部の人間の犯行だと私には思え無いんですよ。万が一、そのような事になれば、きっとこの出会いは最悪なものになるでしょうし、そ上ならない為の取り調べだと言う事をお忘れにならないで下さい。こちらとしても全力で犯人探しに奔走します。なので安馬さんも出来る限り、新会員の方々には悲しい想いにはさせないようお迎えなさってください」
「そんな事はわかってますよ。本当、大きなお世話だ」
安馬はいい椅子から立ち上がった。
「外までお見送りしましょうか?」
「結構です」
と田浦は吐き捨てるように言い取り調べ室から出て行こうとした。
「因みに明日も朝9時にお迎えに伺います」
「俺をか?」
「勿論、そうです。任意ではありますが安馬さんはまだこちらの質問にこたえられていません。ですので明日、又よろしくお願いします」
「明日は他の奴で良いでしょうが」
「他の会員でなく奴ですか。どうやら安馬さんと彼等には、いや、安馬さんは彼等の事をお嫌いのようだ」
「あんたみたいな若造には関係ない。当然、これ以上答えるつもりもない。つまり明日迎えに来ても、こちらは拒否する」
「そうですか。なら仕方ありません。あくまで任意ですからね。こちらがお願いする立場にあるので。わかりました。では明日は第一発見者である志自岐さんにお願いする事にします。ご帰宅なさったらその件を志自岐さんへお伝え願えますか?」
「それはそっちの仕事でしょう。自分が伝える義務はない」
「わかりました。では後ほど施設の方へお伺いさせて頂きます。新会員の方はいきなり私達警察が伺ったら、びっくりなさるでしょうね」
二上は開いた調書をこれみよがしに強く叩くように閉じた。席から立ち上がると
「安馬さん、さっきからどうかなさいましたか?」
「何がですか?」
「取り調べ中、ずっと自分の身体の臭いを嗅いでいましたが……」
「そ、そんな事は、していない!」
「まぁまぁ。そう気を悪くしないでください。こちらも仕事ですのでね。少し気になっただけですから。ですがそんなにクンクンと嗅ぐのは外ではやらない方が良いかと思いますよ。周りから不審者扱いされますので」
安馬は目を吊り上げ、二上を睨みつけた。
その目を二上は見返した。こいつはもう少し突けば完全に我慢の限界に達する筈だ。そこまで来たらきっと落ちる。なんなら今ここで胸ぐらを掴むとか、自分を突き飛ばしでもしてくれたら、万々歳なんだけどな。公務執行妨害で逮捕出来るからだ。二上はそのような事を思いながら更に追い討ちを掛けようと口を開いた。
だが二上の予想に反して安馬はジッと睨みつけるだけで何もアクションを起こさなかった。安馬は二上の挑発に対し、必死でギリギリの所で堪えたのだ。
そして二上に再び挑発される前に、安馬は黙って取り調べ室から出ていった。




