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爆ぜる  作者: 変汁
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第十二章 ⑦⑧

安馬が取り調べ室で待っている間、ここまで送り届けてくれた刑事は、


「こちらで少しお待ちください」


といい、その場を去った。安馬はパイプ椅子に座り落ち着きなく周囲を見渡していた。


刑事ドラマ等で見る隣室から容疑者の様子を伺うマジックミラー的なガラスは無かった。


だからといって見られていないという補償は何処にもない。


安馬はテーブルに肘をつきその手に顎を乗せた。出来るなら早いとこ聴取を終わらせてしまいたかった。


だが自分の運命と似てか、望む事はどうにも叶えてくれそうになかった。


ここで不安な姿をみせては相手に隙を与えるだけだ。嘘でも余裕な表情を見せねばと安馬は考えていた。


そんな安馬の気持ちなんて気にもかけず、刑事は自動販売機の前に立っていた。


その手には温かいカップのコーヒーが握られている。それを一口、二口、飲むといきなり刑事を呼ぶ声があった。


「三田さん」


「ん?なんだ二上か(ふたがみ)」


「三田さん、か、って何ですか。か、って。まるで自分が来たらいけないみたいじゃないですか」


「すまん。すまん。悪気はなかった」


「わかってますけどね。でも人によってはモラハラだって騒ぎ立てますよ?」


「たったそれだけでモラハラなのか?」


「ええ。結局、モラハラってパワハラやセクハラと違って、捉え方がムズいんですよ。明確に酷い言葉で中傷するなら周りや言われた当人にも分かり易いですけど、さっき三田さんが言ったみたいな言葉は、自分は仲間外れにされたと捉えかねません。もしくはお前が俺に何の用だ?とあからさまに拒絶されている言葉として、受け取る人もいると思うんです。結局、受け手の問題なんですけどね。余程信頼関係が出来上がってないと、言葉には充分気をつけて話さないと、後々、面倒な事になりかねませんよ」


「そうか。気をつけるよ。だが俺はお前がいて良かった。そういうのって俺は全く無頓着だから助かる」


「三田さんが自分の大切さに気づいてくれたなら、それで、充分満足です」


「二上」


「はい」


「お前、わざとだな」


「何がです?」


「今のモラハラの事だよ。俺からあのような言葉を出させる為に言葉尻を取りやがったな?」


「その辺は、三田さんもベテラン刑事なので果たして自分がわざとやったのか?どうか捜査してください」


「馬鹿野郎。そんな時間が何処にあるんだ」


三田が言うと二上はニヤけた顔で、ですよねぇと言った。


「ところで二上、俺に何か用なのか?」


「あ、そうですね。そうでした」


二上は言い続けた。


「例のやつは今回あの男にもやったんですか?」


「例のやつ?何だそれは」


「またまたぁー。惚けないでくださいよ」


三田は苦笑いを浮かべた。ポケットからお釣りの小銭を取り出し二上へ手渡した。


「良いんですか?」


「あぁ。たかだかコーヒーだけどな」


「いえ、助かります。こう事件が連発するとどうしてもこん詰めちゃって……だからコーヒーブレイクは助かります」


本人もわかっているようだから、あえて三田は言及する事はしなかった。


だが、今のように二上がいっぱいいっぱいに見えた時、三田はこのようにして休憩を取らせるのだった。


こんな時、本来であれば他愛のない、事件とは無関係な恋人の話をしたりすべきなのだが、三田がそのような話を振っても二上は直ぐに話を事件の方へ戻した。


まぁそれはそれで良いのだが、若いうちからそうだと自分の歳くらいになった時、尋常じゃない程の徒労感に苛まれるから今のうちにと思うのだが、二上は二上なりの正義感を持っていて事件が解決するまでは絶対に手を抜く事はしなかった。


事件が起きる度、過労で倒れ死んでしまっても構わないという意気込みが二上のそれにはあった。


若い刑事の取り組み方としては成果を上げたてやるとの気持ちで一杯だからのめり込むのは当然だが、だからと言って所詮は人間だ。脳と身体を酷使し過ぎると、突然倒れてしまう。


一度倒れたら何故かわからないが、癖になってしまう。その後は幾ら休んでも一向に疲れが取れなくなるのだ。


そうなる前に気分をリフレッシュする事が必要で、1番の薬は事件から離れる事なのだが、二上のような性格は中々、それが出来ない。休んでしまう自分が許せないのだ。


決まった休みの日でさえ、事件へと立ち返る。見落としがないか最初から事件を追ってみたりしてしまうのだ。


東京から四国へと移動になってから3年経つが、その内の2年、つまり新米刑事からずっと二上はそのスタンスでやって来ていた。


自分も若い頃はこんな風だったのか?なんて年寄りじみた考えで二上を見る。美味そうにコーヒーを啜っている姿を見て三田は少しばかりホッとした。


「で、さっきの話の続きですが……」


「あぁ。安馬に仕掛けみた」


「やっぱり!」


二上はまるで欲しいオモチャを手に入れた子供のように目を輝かせながらそう言った。


「それで反応はどうでした?」


「見事に引っかかってくれたよ」


「じゃあホシは安馬で決まりですね」


「それは間違いないだろう。だが……」


「何か引っ掛かる事でもあるんですか?」


「例の話はお前も知っての通り、ヨタ話だ。俺がホシを動揺させる為に作ったものだ。けどな。安馬の奴は俺が指摘するまで、自身の身体や車内をずっと嗅いでいたんだよ。そんな事をしながら前日とはうってかわって奴は[葉の雫]の教義について熱弁を振るった。正直、怖かった。何が臭うんだ?って思ったし、それ以上に奴の精神がまともかどうか不安になった。任意であるが故、拘束もしていないだろ?いきなり背後から襲われるんじゃないかと、内心ヒヤヒヤしたさ。その時ばかりは正直、お前の言う通り、2人で行けば良かったと思ったな」


「だから言ったじゃないですか。刑事は2人行動が基本なんですし。まぁ確かに自分も三田さんの頼みを聞いた訳ですから同罪ですけど、でも逆に考えれば、三田さん1人だったからあの話も効果あったんじゃないですかね」


「どうだろうな。安馬は自分でもそんな行為をしていたとは気づいていない風だった。だから余計に動揺したのだろうが、それとは別に、自分でも思い当たる節があったんだろう。俺が車に乗ってからずっと周辺を嗅いでると言った時、奴は明らかに動揺した。目は怯えて瞬きが早くなった。顔からは血の気が引いて不安そうな表情で俯いたんだ。だから俺は田浦寿子を殺害したホシはこいつで間違いないと思った。ただ……」


「何ですか?」


「奴が自供するかが問題だ」


「するでしょう。安馬は完全に三田さんに落とされた、見抜かれていると思った筈です。後は取り調べで……」


「2人が一緒だったのは空港の防犯カメラでわかっている。だがその後が問題だ。未だ空港以外でカメラに映っているものは見つかって無いんだよな?」


「はい。残念ながら」


「絞殺した凶器も施設内からは見つかっていない?」


「ええ」


「田浦寿子から安馬のDNAの採取は?」


「今の所、その連絡は入っていないです」


「他に何かなかったか?」


「1つだけ」


「何だそれは?」


「下足痕です」


「田浦の部屋から出たんだな」


「一応、そうですね。田浦寿子のデスクの椅子の背の後ろ、つまり壁ですが、そこに片方だけの下足痕が採取は出来たんですが、完全じゃないんです」


「半分か?」


「いえ、ほぼ爪先付近のみです」


「その部分だけで下足痕の靴を特定出来そうなのか?」


「出来ない事はないみたいですが、時間はかかるそうです」


「そうか。出来れば新会員達の研修が終わる一週間以内に特定出来れば良いんだが。それを過ぎれば安馬は確実にこの地から出て行く。仕事もあるだろうから当然と言えば当然なんだが」


「そうなったら面倒ですねぇ」


「あぁ。安馬の現住まいは新潟だったな?」


「ええ」


「新潟県警に協力を求めるのは面倒だな」


「そうですね。お伺いを立てながら捜査する程、退屈で腹が立つ事はないですから」

  

「DNAに関しても、車に同乗したのだから田浦から採取出来たとしても不思議ではないでしょう?なんて、嘯かれ(うそぶかれ)たら、確かにそうだと言うしかない。最悪、そうなればのらりくらりと取り調べをかわされ新潟に帰られてしまう。せめて田浦の指先や首に出来た防御層傷などに安馬の肉片でも付着していれば、証拠にもなるんだが……」


「身体検査でも、やらせましょうか?」


「任意であるが故、安馬がまともであれば、絶対に拒否するだろうな」


「でも三田さん、それなら返って罪を認めているようなものでしょう?」


「まぁそうなんだが、だからといってそれだけでは逮捕令状はおりない。自供か証拠が必要となる」


「そうですね」


「俺はな、二上。犯人を捕まえるにあたって、こんな時が1番嫌いなんだよ」


「誰だって好きじゃありませんよ」


二上はいい、コーヒーの入っていた紙コップを握り潰した。


「気張りすぎるなよ」


三田の言葉に二上はニヤリと笑った。


「きっと三田さんのアレが効いてるだろうから、簡単にゲロしますよ」


二上はいい取り調べ室へ向かって歩き出して行った。


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