第十二章 ⑦⑤
任意の聴取を断るという事は、何かやましい事があると思われるのは仕方のない事だ。
だが今日の今日にそう言われると、色々と綻びが出て直ぐにでも自白してしまいそうだった。警察の取り調べというものがどんなものか、安馬にはわからなかった。
それでもわかる事と言えばサスペンスドラマ等で観た取り調べのシーン程度のものだった。
最近の取り調べは録音と撮影が行われると耳にした事はあった。
警察側に横暴な取り調べをさせない為だという。でも、そんな事は簡単に誤魔化せそうな気がして、安馬は尋問を受け流す自信がなかった。
「申し訳ないですが、今夜は勘弁してください。自分もですが、メンバーは相当ショックを受けてます。お仕事なので致し方ないのは理解しています。協力もしましょう。ですが、今夜は少しでもメンバーの側にいてあげたいんです。それに明日になれば新入会員達もやって来ます。その中にはニュースを見て、どうしたら良いか連絡をしてくる者がいれば明日は中止の旨を伝えるつもりですが、どうやらその連絡は入ってきていないようです。なので、明日の朝、彼らを迎えに行かなくてはいけなくなると思いますので、お話ならその後に伺いますので」
安馬はそう言って刑事に頭を下げた。その刑事の一歩後ろにた若い刑事は一瞬不満そうな表情を浮かべたが、直ぐ元に戻し刑事が
「わかりました。では明日、改めてこちらから伺わせて頂きます」
そう言うのを黙って聞いていた。刑事が安馬へ頭を下げると若い刑事もそれに倣った。
慌ただしい騒ぎは警察が帰り始めると施設内も少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。
メディアの連中も帰るように刑事に言われ、つい先程、数名を残して帰って行った。
残った数名が何処のメディアなのか想像もつかなかったし、残る理由もわからなかった。
会員全員が中へと戻り入り口のカーテンを閉めると少しだけホッとした。
安馬は彼らは自分が纏め落ち着かせなければならないと思っていたが、それぞれが不安と興奮状態がごちゃ混ぜになったメンタル状況の中にあって落ち着かせるなんて、無理な話だった。
それに今更、こいつらを落ち着かせた所で何のメリットがある?既に田浦寿子の死体は発見されてしまったのだ。
それもこいつらの中の1人の女のせいでだ。安馬は最初、1人1人部屋へ戻し個別に話を聞いてやるつもりでいたが、料理人以外は1階のフロアに留まり、部屋へと戻ろうとはしなかった。
時間も既に日を跨いでいる。誰もが空腹の筈だが、何か食べようと言い出す者はいなかった。料理人さえ今日の夕食の事は口にも出さなかった。
用意されているのかさえ安馬にはわからなかった。にも関わらず安馬以外、食事以上に大事な事があるからに違いなかった。
それは誰が田浦寿子を殺したのか、という事に他ならなかった。
「外部の人間?そうかなぁ。だとしたらどうやって建物の中に入って来たわけ?警察の話じゃガラスとか割られて侵入された形跡もないみたいだし」
「それじゃこの中の誰かが代表を、殺したって言う訳?」
「それしかないんじゃない?」オタクな大学生が言った。
「それはあり得ないでしょ?だってそもそもウチらは誰一人代表が来るって事聞かされてなかったんだし」
志自岐にビデオルームの設営を頼んだ女が言った。前田という名前だったか。
「そうだけど、でもある人物なら知ってたかもよ?」
「誰よそれ」
同い年という事で前田と仲の良い女が言った。
名前は確か……園崎?里崎のどちらだった。
「1人いるじゃん」
又、オタクな大学生だ。それが安馬には意外だった。こいつはこんなに喋るような奴なのか?と思った。
こいつが会話という形で喋っているのを見るのは初めてな気がした。会話と言えば、はい。わかりました、と言った具合にこちらの指示に対して口を開く程度だ。
それが今は自らの意思で会話に入っていた。ここにいる全員の視線がオタクな大学生へ向けられた。
「料理人の山下だよ」
「どうしてそう思うのよ」
「考えてみなよ。山下は僕らの分と新会員の分の食事を用意するんだぞ?材料だって人数分しかない筈さ。だって研修が終わったらここはほぼ無人になるんだから、余計な食材を買い込んだりはしないだろ?それに、今日の午後、材料が足らないからって前田さんと安馬さんに買い出しを頼んだだろ?それって代表が食べる分が足りない事に気づいたからじゃねーの?」
「あ、確かに」
と、園崎か里崎かわからない女が言った。
「おまけに山下の奴、1人だけ部屋に戻ったじゃん。今頃、逃げる準備でもしてるんじゃねーの」
安馬はオタクな大学生の言葉に関心させられた。いや、違う。決して関心なんかじゃない。
山下を、犯人に仕立てる為に、話した内容を利用出来るのではないかと思ったのだ。
こいつの話に矛盾は感じられない。もっともらしく聞こえた。
明日の、いや既に今日だが、今日の聴取の時、刑事に今の話をしてやれば刑事の目はきっと山下へ向く筈だ。
偶には良いこと言うじゃねーかと安馬はオタクな大学生を見ながら思った。
「それなら今から部屋へ行って確かめようよ」
前田がいい、志自岐に大丈夫?と尋ねた。体調を、慮っての事なのか、死体を見た恐怖で山下と会うのを恐れているかも知れないと前田が心配しているのか安馬にはわからなかった。
志自岐は頭を横に振った。
「良いよ。わかった。美菜ちゃんはここで待ってなよ」
前田が言い、オタクな大学生に目配せした。
行こうよと言う意味だ。
「僕は構わないけど、志自岐さん以外の人はどうなの?山下の部屋に行くの行かないの?」
「俺は志自岐さんとここに残ってるよ」
安馬が言った。
「1人だと心細いだろうからさ。ね?」
安馬が志自岐を見るが顔を伏せたままだった。
そんな2人を他所に、残りの3人は山下の部屋へ向かおうと歩き出した。その時、
「その必要はありませんよ」
と、突然、山下が姿を現した。
「まぁ。自分1人部屋に戻ると言って居なくなれば、そんな話になるかもなぁと思ってたけど、まさか自分が代表を殺した犯人に仕立て上げられるとは流石にそこまでは思っていなかったなぁ」
「山下さん、ひょっとして貴方部屋には戻らず隠れて私達の話を聞いていたのですか?」
安馬が尋ねた。
「まぁ、そういう事です」
山下はいい、食材が足りなかったの本当の事でそうなった理由は自分がやってくる新会員の人数を間違えて少なく覚えていたからだ。
「偶々、前田さんと、園崎さんの2人が新会員の事を話しているのを聞いて、ヤバって思ったんです。だから改めて買い出しをお願いした訳です」
山下に言われ前田と園崎が顔を見合わせた。数秒後に、前田が確かに人数の話、してたと言った事で僅かだが、安馬以外の人間が抱いていた山下への疑いが晴れつつあった。
「にしても、三崎君、私へ事実の確認もせず想像だけで私が犯人だと言わんばかりの印象を他のメンバーに植え付けないで欲しいな」
オタクな大学生は三崎という苗字だったのか。安馬は視線を山下から三崎へ移しながらそう思った。
「まぁ、それでも三崎君の気持ちはわからなくもない。ええ、まっか怒ったりはしてませんよ」
と山下は言ってから言葉を続けた。
「三崎君とは違いますが、今ここには全員が揃っているので、自分も1つ言わせて貰って良いですか?」
山下が言うと志自岐は俯いていた顔を上げ、安馬以外の三崎、園崎、前田の3人は頷いた。
皆の反応を確かめると山下はいきなり安馬へと向き直った。
「安馬さん、昨夜の10時半頃、車で何処かへ出かけて行きましたよね?その時間帯、自分以外の皆んなはお風呂に入っていた頃だったので、車の音は聞こえなかったと思いますけど、申し訳ないですが、自分は入っていなかったんです。何故か?というと、丁度彼女の両親と揉めてる所でしてね。葉の雫を退会しない限り結婚は認めないって言われているんです。その事で彼女と電話していました。自分も風呂に入りに行く所だったので良く覚えていますが、彼女からの電話は自分が部屋の明かりを消した直後にかかって来まして、明かりは消したままの状態で電話に出たんです。しばらく話していた頃、車の音を聞きました。こんな夜なましてや、こんな場所へ車で来るような、そんな人はいないから気になりましてね。そっと窓から覗いてたんです。そうしたら施設車が走って行くのを見たんです。車のキーは安馬さんが管理してらっしゃる。つまり安馬さん以外の人が車を運転して何処かに行く事は出来ません。それに私以外の人はお風呂に入っていましたからね。彼女とおじ問答のような話に私はついカッなって電話を切ると直ぐにお風呂へ向かいました。安馬さんも、ご存知でしょうが、ここではお風呂に入る時間は決められています。なので、自分が風呂場へ行くと、丁度、前田さん達が出て来た所に遭遇しました。私はマズったなと思いました。案の定、前田さんは決まり事はちゃんと守るよう私を注意しました。ですよね?前田さん」
「うん、間違いないよ」
「つまり、安馬さんそういう事です。安馬さんだけが決められた時間に風呂にも入らず車で外出していたんです。三崎君はあのような性格ですから安馬さんが風呂にいなくてもどうでも良かった。その事を誰かにチクるような事もしなかった。きっと安馬さんはその時間帯を狙って外出したのでしょう。ひょっとしたら代表からそのようにするように言われていたのかも知れません。何故なら代表が来る事は誰一人聞いてなく知らなかったのですから。そして空港へ向い戻って来る頃にはほぼ皆んなは眠っている時間帯です。車の音が、聞こえたとしてもわざわざ見に行かないでしょう。自分が寝泊まりで借りている部屋以外は皆んな正面玄関とは反対側に位置しているからです。つまり駐車場を見る事は自分以外、不可能なんです。ただ、自分も彼女と喧嘩をしてしまったせいでその事ばかり考えてた事もあり、安馬さんが車で出掛けていた事を完全に忘れていました。なので、戻って来たのがいつなのかは自分はわかりません。ただし、出て行ったのはこの目でみました。間違いないです」
山下が喋り終わるとやはりというか、前田が剣のある口調で問うて来た。
安馬は山下の言葉に嘘はないと思った。下手に余計な事を口走りでもしたら、カッとなり殺人犯という泥沼へ足を取られボロを出しそうで怖かった。だからこそ安馬は正直に答える事にした。
「昨日の夜は柄にもなく緊張してたんだ。後1日後に行われる歓迎会を、研修を無事終わらせる事が出来るか不安だったんだよ。俺はこういう役割をするのは初めてだったし、まぁ今回の責任者って決められた訳じゃないけど、年齢だって1番上だから皆んなを纏めないといけないと思っていたからね。余計な事だろうと思うかも知れないが、やっぱり組織にあっては年功序列ってのがある訳だよ。俺が適当にやってたら、君達だって1番ベテランなのに最低ってなるだろ?だから自分なりに緊張感を持って取り組んでたんだ。その緊張感がプレッシャーになってさ。で、気分転換に海へでも行こうかって車を出したんだ」
「園崎さん、買い出しを頼んだ時、安馬さんと一緒に出かけましたよね?その時車内はどうでしたか?」
山下が尋ねた。
「どうって……言われても普通としか言えないかな」
「潮の香りとかしなかったですか?」
「しなかった。というか気にもしてなかったから」
「そうですか……」
山下が残念そうに言った。
「ま。ですが潮の香りがしなかったというのは、つまり安馬さんは海には行っていないという事ですね」
「幾ら何でもそれは強引過ぎるね。そもそも海に行ったからって潮の香りがつくとは限らないし」
オタクな大学生の三崎が言った。安馬はまさかこいつが、自分を擁護するような事を言うなんて俄には信じられなかった。
だが、三崎にどのような意図があるにせよ、それがどれほど強力か微弱かわからないが、とにかく安馬に追い風が吹いたのは間違いなかった。
「確かに、三崎君の言う通りですね。私の勇足です。車で出かけたのを目撃したので、代表を迎えに行ったのは間違いないと思ってしまった。あ、いえ、まだ間違いでない可能性はありますが、ただ、先程の、言い方はさも安馬さんが代表を殺害した犯人だと確証があるような、皆んなをそちらの考えへと誘導するような印象を与えていると受け取られても仕方ありません。安馬さん。申し訳ありませんでした」
「いや。良いよ。気にしないで。誰だって車が出て行ったのを目撃したら、山下さんのように勘繰ってしまうよ。別に俺は怒ってなんかいないからさ」
安馬が言うと山下は再び頭を下げた。この辺りで話を変えるか各自部屋に戻るかして話を切り上げたかった。
どう言えばそれが可能か安馬にはわからなかった。そんな時、前田が口を開いた。
「お腹空かない?」
それぞれが空いたと言うと山下が、そうですねと付け加えた。
「何やかんや夕飯食べる暇がなかったですからね」
山下の言葉で誰もが少し俯き加減になった。皆が皆代表の死を思い浮かべたようだった。
その中で特に志自岐という入会したばかりの女性はその小さな両手で顔を覆った。直ぐに前田が抱き寄せた。
そんな空気を変えるべく山下が口を開いた。
「チキンカレーなら直ぐ食べられますが?インスタントですけどね」
安馬を除いた全員は山下の方を向いた。
「え?夕飯作ってなかったの?」
「そんな暇なかったですから」
「まぁ、そうだよね」
園崎が言う。
「食べます?」
「食べまぁす」
この時ばかりは、全員が同じ意見だった。インスタントだろうが、構いはしない。皆、腹が減っていたのだ。
食事は黙々とと進み、食べ終わった者から各自片付けをした。
その流れでさっきの話の続きになるのか?と少し恐れていた安馬だったが、園崎の私、寝るねと言う言葉が改めて皆の睡魔を引き起こした。
そしてゾロゾロと各自にあてがわれた部屋へと向かって行った。




