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爆ぜる  作者: 変汁
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第十一章 ⑦⓪

ドアを抜けた所は広々としたキッチンダイニングみたいな所だった。


人影の照らす小さな淡い明かりだけだと、全体を把握する事は出来ないけど多分そうだ。


そんな小さな明かりだけを頼りにしているのに、人影はまるで我が家のように迷いなく進んで行った。8人は座れるだろう楕円形のテーブルの下には分厚くてフカフカの絨毯が敷かれてある。


人影は一旦立ち止まり周囲に光を当てた。その行為はまるで何かを確認しているかのようだった。


壁にはガラス張りの大きな棚があり、沢山のお酒が置かれてあった。ここはお客が来た時に、もてなす部屋だろうか。そんな考えに気を取られていると人影がテーブルの横を抜けて行った。


慌てて雷鳥も続いた。その先の左手側に茶色らしき扉がありその半分側を人影は押し開けた。


人影が照らす明かりだけが雷鳥の頼りだった。多少の物音は仕方ないとしても、何かにぶつかり、それを落としてしまう事は致命的なミスになりかねない。起きて来られ警察に連絡されたら終わりだ。そこまで思って雷鳥はある事に気がついた。これほど大きな家なのに防犯対策はしていないなだろうか。高価な物も沢山あるだろうから、防犯対策はしていて当然だと思う。けど、と雷鳥は人影の後に続きながら思った。あの社長だ。社員に対しても偉そうだったし、口コミサイトも評判が悪かった。

「ワシは周りから恐れられちょるからビビッて何も出来んわ」


そういい高笑いをする社長の姿がありありと目に浮かぶ。


「防犯システム?いらんいらん。ワシがおる事自体が既に防犯システムやで」


つけなかった理由として充分にあり得ると雷鳥は思った。けどそのせいでこうしていとも簡単に人影に侵入された。それはつまり社長の命も残りわずかと言う証でもあった。


雷鳥はダメやと思った。余計な事考えたらいけん。再び、物を倒さない事、ぶつからない、それだけに注意を払い意識を集中した。後は人影が何とかしてくれる筈だ。そう思いながら、雷鳥はここまで来てようやく自分の愚かさに気付かされた。


人影はタヌキ達が餌を求めてくる事も、木下がそいつらの為に餌やりをしていた事も知っていた。


物音の事だってそうだ。1、2回のテストだけじゃこうも簡単に決断出来やしない。


きっと何日もかけて住人の行動を試し、確認したに違いない。鍵開けも同じ事が言えた。


あんなに手際良く鍵を開けるには手先が器用だとか運が良かったという言葉では片付けられない何かがあった。間違いなく人影は夜な夜なここへ現れては鍵を開ける練習をして来たに違いない。


それをさも簡単にやってのけて見せるから、自分でも出来そうだと思ってしまう。それこそ危険な事だった。


雷鳥は今、自分がここにいる事を恥ずかしく思った。アーティストになると息巻いていたが、それはとんでもなく的外れな考えだった。


理想と現実との隔たりは限りなく大きくあるという事だ。雷鳥は2度とアーティストになる事を簡単に口にする事はよそうと思った。


出た先は廊下で右手には玄関があった。そこには虎革の敷物が敷かれてあり、来る者に対し社長が自らの力を見せつけているようで雷鳥は凄く嫌な気持ちになった。


廊下を挟んだ正面にはガラス張りのトレーニングルームとシャワー室がある。


人影は玄関とは逆の左側へと足を向けた。トレーニングルームの横には木下用だろう、大型テレビに沢山のゲーム機が床に放り出されたままになっていた。


革張りのソファの横にはスタンド型の灰皿が置かれてある。木下や、その仲間がゲームで遊んでいる所を社長がソファに座りタバコをふかしながらその光景を眺める姿が雷鳥の頭に浮かんだ。


人影はその部屋も簡単に照らしただけで、引き戸も閉めず、再び左手の廊下を進んで行った。


突き当たりまで進むと右手にエレベーターが備え付けられていた。この家は確か二階建での筈だ。なのにエレベーター?自分が知らないだけで実は3階があったり、地下があったりするのだろうか。


人影は構わずボタンを押した。その手袋をした指先を見る限りエレベーターのボタンは1つだけで、1階に呼ぶ為だけのボタンのようだった。


エレベーターの正面、つまり雷鳥達の背後には吹き抜けの螺旋階段があったが、人影はそちらを見向きもしなかった。雷鳥はチラッとだけ見て又、向き直った。


頭の隅で螺旋階段を登った先を想像する。何故かパンツ1枚の姿で社長が待ち構えている映像が浮び上がった。


手には大きな銃器が握りられていて、金は出さん!と上がって来た雷鳥に向かって怒鳴りつけて来た。


そんな妄想か幻覚かわからないものがカメラのフラッシュのように頭の中で、明滅する。雷鳥は、自分は社長の事を恐れているのかなと思った。


そんな事はないと言い聞かせていると音もなくエレベーターの扉が開いた。


途端に明るい光りが雷鳥達を迎えた。暗闇の中に突然明かりが現れた為雷鳥は思わず身構えた。中に社長が乗っているかと思ったのだ。


そんな雷鳥の勘違いに人影は関心すら寄せず迷わずエレベーターに乗り込んだ。雷鳥も平静を装いながら続いた。


扉が閉まりエレベーターは上へと向かってゆっくりと動き出した。


それは動いているのか、止まっているのかもわからないくらいにひどく遅い上昇だった。その間も人影は一言も口を聞かなかった。


2階なのか3階なのかよくわからないが、とにかくエレベーターの扉が開いた。


直ぐに人影が左手に曲がり、1番最初の部屋の前に立った。そしてドアを開け、部屋の明かりをつけた。


雷鳥は人影の動きを見てよくスイッチの場所なんてわかるなぁと思った。


悠長な事を考えてる隙に人影は真っ直ぐベッドへと近寄って行った。


ダブルベッドの上には社長が大の字になって眠っていた。騒音並みイビキが部屋の中にこだまする。人影が後ろ手で雷鳥を手招きした。


雷鳥を側に立たせると人影は自分の背後に手を回した。再び戻した手にはとても大きなサバイバルナイフが握られていた。


人影はそれを雷鳥に手渡した。この時点で雷鳥は自分が社長を殺す役割を与えられたと思った。


同時に驚くほど、心臓が、高鳴った。全力疾走した後のように雷鳥の心臓は激しく動いていた。


まるで別の生き物のようだと雷鳥は思った。雷鳥にナイフを渡した人影は、社長の顔に自分の顔を近づけた。そしていきなり社長の頬を張った。


殴られた衝撃で飛び起きた社長は2人の存在に気づき、更に大きな悲鳴をあげた。


布団を蹴り飛ばし、半身を起こした。その姿は先ほど雷鳥の頭に浮かんだ姿そのものだった。社長はパンツ1枚の姿だった。


「寝てる所、申し訳ない」


人影は社長に向かってそう言った。


「お、おまえ、ら、な、なんや!」


「なんやと問われたら人としか言いようがないですが」


「か、金か?か、金が欲し、欲しいなら好きなだけ、もってけばええ」


「勿論そうするつもりです。けどその前にやらなく……」


雷鳥はナイフを両手で握りしめ人影が喋り終わるのを待たずに社長へ向かって飛び出した。


その小さな姿を目の当たりにした社長は雷鳥の顔を思い出したのか、


「お、おま、え!」


と、怒鳴った。


今の雷鳥には怒鳴り声など耳に入らなかった。

ナイフを手渡された時点で、それを使う覚悟は出来た。おまけに目の前にはあの社長がいる。


散々、こけにされたあの日の事がフラッシュバックする。怖くはなかった。


手も震えていなかった。ナイフの柄をしっかり握っていた。怒りに燃えている自分を冷静に見つめる自分がいた。お陰で声を荒げる事もなかった。


無言のままただ突っ込めば良いだけだった。その勢いのまま雷鳥は社長の横腹へ向けて身体ごと体当たりした。


社長は向かって来る雷鳥へ両腕を突き出す事で避けようとした。


だが寸前で雷鳥が更に体勢を低くした為、両腕の下を潜っていかれた。しもうた!そう思う暇もなくいきなり横腹に激痛が走った。


ナイフを横腹に突き刺したまま離れない雷鳥の髪の毛を、社長が掴んだ。身体から引き離そうとするが、雷鳥も負けていなかった。


両足で踏ん張り、更に前へと足を動かした。奥へ奥へと雷鳥は思った。この世界の汚れの全てを突き刺してしまいたかった。生きている事を許したくなかった。


その最たるものが社長だった。そしてそれはほんの半日前までの浅はかな自分でもあった。


そんな過去の自分を殺し生まれ変わりたかった。社長がトドのようなうめき声をあげた。髪の毛を掴んでいた両手から力が抜けて行く。


「彼の存在に気づいた様子ですね。今更、どうしてでしょう?なんて聞く必要もないですね。というか、いうつもりは更々ありませんが」


社長は人影の言葉を聞く余裕すらなかった。当然だ。突然、自分を憎むまだ小さな子供にナイフで刺されたのだ。そんな余裕、ある筈もなかった。


「良いでしょう」


人影はいい雷鳥の頭を撫でた。


「上出来です。特に一言も言葉を口にしなかった事に僕は驚いている。うん。良かった」


人影はいい雷鳥の手に自分の手を添えた。社長はベッドで仰向けのまま唸っている。

ナイフの柄を握っている雷鳥の指を1本ずつ外していった。


「休んでいていいよ」


人影はいい雷鳥を抱え上げた。ベッドから少し離れた所まで運び、床に座らせた。


「後は任せて」


人影は言うと黒のジャンバーのジッパーを下ろした。内側に手を入れ細い金属製の棒を取り出した。先端は恐ろしく尖っていた。


その金属製の棒の先を社長の鼻の中に入れた。端を両手で握る。剣道の突きのような動きで社長の鼻の奥を貫いた。


1度目で社長の足が痙攣し、2度目で目から血の涙を流し、3度目で嗚咽を上げ痙攣が止まり、4度目で人影が声をあげて笑った。


その後で人影は横腹に突き刺さったままのナイフを引き抜いた。


雷鳥は血が噴き出る様を思い浮かべた。

けど実際は傷口からドロっとした血が流れ出すだけだった。その傷口に人影が布団を当てた。


「次行きましょう」


人影は部屋の明かりも消さずに社長の寝室から出て行った。雷鳥はその姿を座ったまま見送った。


そんなつもりはなかったのだが身体が動かなかった。このままじゃせっかく褒めてもらった事が台無しになる。雷鳥は自分の足を叩いた。


抓り、立てと命じた。力が足に広がって行く感覚があった。雷鳥は床に両手をつくとそのまま手足を使って起き上がった。まだ足が震えていたが、歯を食いしばり人影の後を追った。


廊下に出ると既に右側の部屋の扉が開いていた。甲高い悲鳴が聞こえたかと思った矢先、直ぐに聞こえなくなった。

恐らく社長の奥さんだ。もう殺されたに違いないと雷鳥は思った。部屋の前に来ると奥さんの腕を掴み、うつ伏せた状態で廊下へと引きずり出そうとしている人影の姿があった。


奥さんは身体に何も纏っていなかった。この家の人間は寝る時は裸なのか?と雷鳥はぐったりしている奥さんの裸を

見ながら思った。


死体を廊下に放り出した人影は更に奥へと進んで行った。扉が2つあるが、その内の1つが木下の部屋に違いない。


人影がその2つの扉の手前で足を止めた。そして雷鳥に向かって手招きした。


再びナイフを手渡すと耳打ちして来た。

雷鳥は頷き、後ろ向きで数メール下がった。


人影が言うには、木下は人影が自分の部屋ではない方の部屋に入ると、部屋から飛び出して逃げだそうとするだろうから、それを止めて欲しいと言う事だった。


人影は雷鳥の位置を確認したら後でわざとらしく足音を鳴らして右側の扉を開けた。


中に入る。更に足音を立てながら部屋の奥へと進んで行ったようだった。その瞬間、もう1つの部屋の扉が開き、木下が飛び出して来た。


助けて!と大声を上げながら掛けてくる。そんな姿を見て雷鳥はアホやと思った。


こんな家の中で叫んでどうするんだ。外にだって聞こえる訳がないじゃないか。自分の家の構造も理解していないのか。


走る木下が雷鳥に気づいた。いきなり止まり、雷鳥の顔をまじまじと見つめた。


「お、小野乃木?」


一言も喋った事もないのに、どうして木下は自分の事を知っているのだろう?と雷鳥は思った。


「ワシの家で、何、してんや」


木下が言うと同時に人影が部屋の扉からひょっこりと顔を覗かせた。雷鳥を見ながら頷く。親指を立てた。


「何って。何も」


「はぁ?テ、テメー」


言って直ぐ、木下は廊下に放り出された母親の姿を目に止めたようだった。


「母ちゃん!」


木下はそちらへ駆け寄ろうと走り出した。雷鳥の側を過ぎようとした時、雷鳥は足を横に出した。

木下は雷鳥の出した足に躓き、盛大な転んだ。


雷鳥は身体の向きを変え転んだ木下の側へとゆっくりと近づいた。


そして倒れた木下の身体を跨ぐと首の下辺りを狙って両手で掴んだナイフを振り上げた。


振り下ろした瞬間、木下が頭だけ向きを変えた。こちらを見上げた。


その目を見ながら雷鳥は、どうして人影はこうなる事予測出来たのだろう?と思った。


ナイフは木下の首を貫いた。同時に微かに空気が漏れる音がした。数秒遅れて血が噴き出した。直ぐに木下は動かなくなった。


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