第十一章 ⑥⑦
ヒヨリは雷鳥との話を終えて何処となく嬉しそうだった。その気持ちの表れなのか、何故か温かくもないピーチティーのペットボトルを両手で挟み少し持ち上げてはテーブルへ下ろし又持ち上げてを繰り返している。
とりあえずヒヨリの中では雷鳥の話は完結したらしく、そしてその雷鳥が返した言葉を信じたようだった。
ヒヨリの捲し立てたような多くの言葉は今の雷鳥にとっては決して好意的ではなかった。
そんな言葉の銃撃を受けた雷鳥はアーティストになるには孤独になるものなのかも知れないと思った。
「はい。次は弓弦だね。いつでもどうぞ」
ヒヨリは正しい事をした。正しい事を言った。
けれどその思いやりの言葉は何一つ雷鳥には響かなかった。
寧ろ、自分がやろうとしている事に関して、余り良く思っていない事がわかった。
そんなヒヨリは見通しの良い広い坂道をブレーキもかけず猛スピードで自転車で降っている雷鳥に向かっていきなり横から飛び出して来て、この先、通行止めという看板とバリケードを設置し、慌ててブレーキをかけた雷鳥がバリケードにぶつかる寸前に止まったのを見て満足しているようなものだ。
確かに相談を持ちかけたのは雷鳥の方だった。
けれどヒヨリは必要以上に雷鳥を今の状況のままこの場に止めておこうとしているみたいだった。
それは明らかに気分の悪いものだった。風を切って突っ走っていた雷鳥はヒヨリの言葉によって一旦、停止しなくてはならなくなった訳だ。
ヒヨリが雷鳥を思って言った事くらいわかっている。
わかっているけど、雷鳥は止められる事を望んではいなかった。協力を求めていただけだ。
それなら最初からそう言えば良かったんだよと、ヒヨリに怒られそうだけど、もう遅い。
ヒヨリの考えがわかった今、雷鳥は満足そうな表情を浮かべているヒヨリの用意した通行止めの看板とバリケードを、1人で退かすつもりだった。
まだ僕は坂道の途中にいる。バリケードを退かし再び自転車に乗って猛スピードで走りたい。それこそが雷鳥が望む唯一の事だった。
人は心の深い部分で繋がる事は出来ないのかも知れないと雷鳥はヒヨリを見て思った。仲の良いヒヨリに対してだってそう感じるのだから他人になんて無理な話しだ。
ヒヨリはチャンスが来るという。完璧な時がと。だが雷鳥にとっては[今か、それ以外か]しかなかった。
つまり何故ヒヨリがあのような考えを持っているのか、それを雷鳥に話したのか、わかった気がした。
簡単な事だ。殺人に関しての捉え方の違いに過ぎない。
それの根本的な差は、ヒヨリには雷鳥に対しての人影のような存在がいない事にあった。
だからヒヨリは雷鳥が望む方向を指し示す事は出来なかったのだ。
ヒヨリが弓弦に向かって話せよと急かし始めた。
そう思った時、雷鳥は「理解されない事こそ本物でありアーティストなんだ」と感じた。
そのように感じたからこそ、雷鳥はこれで自分もアーティストへの道のりを一歩踏み出せた気がしたと思った。
「ワシの話は簡単や。内容は雷鳥と似たようなもんやけどな。ヒヨリと雷鳥も知っとるやろうが、ワシらの学年な冴木守親っておるやろ?」
2人は頷いた。
「そいつは今、仲間から酷いイジメにあっちょる。殺される寸前くらいにや。やから冴木はその仲間の1人、冴木を虐めとる奴等の1人を殺すから手伝おうて欲しいって頼まれたんや」
「はぁ?」
ヒヨリは驚きを隠せず、思わず椅子から立ち上がった。
「弓弦、あんたまさか手伝う約束した訳じゃないよね?」
「したわ。約束。話を聞かされた時、ワシも色々複雑な状況におったんや。やからつい冴木が可哀想になってしもうてからよ」
「可哀想だからって?弓弦、殺人だよ殺人?わかってる?雷鳥に話をした時も似たような事言ったかも知れないけど、それで満足出来るのは冴木だけだし、殺人が発覚したら弓弦だけが馬鹿を見る羽目になるんだよ?冴木が血脇君が殺しましたって言ったらどうすんの?弓弦が殺して無いって証拠は何処にもないかも知れないんだよ?冴木が弓弦の指紋を凶器になすりつけでもしたら、弓弦は何の弁明も出来なくなるじゃん。そんな風に裏切られたら、冴木だけ刑が軽くなる可能性だってあり得るよ?脅されて殺人を見せられたって言い出す事も可能性としてはあるだろうしさ。それにそもそも冴木って奴は信用出来んの?大体、冴木も金木の馬鹿の仲間なんだから、信じちゃ駄目だよ」
「ヒヨリの言い分は最もやと思う。けどな。ワシは冴木が虐めにあってる廃屋まで連れて行かれたんや。そこには冴木守親の人体絵が飾られてあってよ。胸の所に何か小さな物がピンで止められとったんや。何かわかるか?わからんよな。乳首や。冴木の2つの乳首は、重信悠人や仲間達によって切断されてしもうたんよ。信じられるか?あいつら仲間やぞ?ワシは許せんと思うた。これから先、自分が生きるには重信悠人を殺す必要がある、冴木はそう言うた。勿論、重信悠人を殺したからちゅうて冴木への虐めが終わるかはわからん。他に虐める仲間がおるんやから。けどな。冴木はそんなんは言わんでもわかっちょる、だから殺すんは重信だけやない。順々に殺してやる。切り傷や痣だらけの上半身を曝け出しながら、無言の圧力をワシに向けとった。ワシは思うたよ。人って生きもんは無言っちゅう言葉を持っとるんやなって。痛めつけられ傷つき乳首まで切られた同学年のひ弱な男が、そん時はやけにデカく見えた。やからワシはあいつを手伝う。ヒヨリや雷鳥が思うような事は絶対にせんから心配せんでくれや」
「馬鹿じゃないの。心配するに決まってるじゃん。手伝わないなら心配しないけど、けどやるんでしょ?側で見てるだけでも犯罪になるのにどうしてそっちが正しいみたいな考えになるの?全然理解出来ない。本当、バカ!」
「ヒヨリ、すまん。約束やでな」
「話しかけないでくれる?」
弓弦は気まずそうに頭を掻いた。
「ワシの話は終わりや」
ヒヨリは唇を尖らせそっぽを向いている。弓弦もそれ以上話しかけなかった。この後、ヒヨリを送って行かなきゃいけないのに、空気は余りにも刺々しかった。そんな2人の距離が吊り橋に吹いた風のように少しばかり揺らいだ。
良く考えたら今、僕達がしている会話はとても小学5年生がするような話じゃなかった。
なのに弓弦もヒヨリも平気で話している。僕自身も2人と友達だから聞けれるだけなのかも知れなかった。
そんな嫌な空気に穴を開けるかのように再び、弓弦が話し出した。
「ワシは手を出さん約束しちょる。ただ冴木が重信を殺すのを見とけばええだけや。
それでな、もし冴木が途中でビビったら、ワシがやってやらんといけんのやろうか?」
「馬鹿もここまでくるとある意味天才だよ」
ヒヨリが特徴的なその大きな目を広げ弓弦を睨んだ。
「そうかもしれん。けどもし冴木が失敗して重信に逃げられでもしたら、アイツらの事や。仲間を引き立つれてワシらを殺そうとするかも知れん。そこまでせんでも冴木と同じようにやられるかも知れん。やからワシは冴木がビビったら、代わりにやらんといけんくなるんかなって思っただけや」
「思う事自体が、もう頭おかしいのよ。弓弦は代わりに殺す必要もないし、手伝う必要もない。アイツらの事はアイツらで解決すればいいの。わかった?」
呆れるにも程があると言った風にヒヨリは嫌みたらしく溜め息をついた。
「話は終わり。雷鳥が社長を殺したいと思う気持ちは私にも良くわかるし、アイツは生きていたらいけないと思う。これから先、雷鳥みたいに騙される人が出ないとも限らないからね。けど1番良いのは雷鳥が殺す前にアイツが死ねば良いの。
でもさ、幾ら死ね死ねって呪った所で人は死んでくれないの。頭に来ちゃう」
「死ねって呪うだけで人が死んだら、世界中の人間は皆んな居なくなるんやない?」
「それで良いの。皆んな死んじゃえって感じ。あ、勿論、雷鳥と弓弦、そして朱音は別ね?この4人だけ生きていたら私はそれでいい。他の人なんかいらない」
「でもなぁ。それやとヒヨリの事が嫌いでヒヨリ死ねって呪われたらヒヨリも死ぬんやないか」
「は?弓弦何言ってんの?私は姫だよ?姫に対して死ねって呪う人はこの世界にはいないの。わかる?いたとしてもその呪いは私にはかからないし、届きもしない。何でかわかる?」
「そりゃ、ヒヨリが姫やからやろ?」
弓弦と雷鳥が同時にそう答えた。それが嬉しかったのかヒヨリ少し照れくさそうに笑った。その笑顔はとても素敵で可愛らしかった。
口には出さなかったが雷鳥も弓弦も確かにヒヨリは自分達の姫だと思った。
ヒヨリを傷つけ泣かせる奴は絶対に許さない。2人は照れるヒヨリを見つめながら心に誓った。
と同時にヒヨリの父親の存在に腹が立ち始めていた。ヒヨリは父親を憎んでいる。
けど、もし雷鳥か弓弦のどちらがヒヨリの父親を殺したと知り、尚且つ、それが世間的にバレでもしたらヒヨリはきっと悲しむだろう。
殺すなら絶対にバレてはならない。誰も手を出さず、勝手に死んでくれる事をヒヨリは願っているのだから。
ヒヨリは死ねと言う呪いを父親に対して送っているみたいだけれど、それは上手くいかず相変わらず父親はヒヨリに対して手紙を書いている。
それを読む事すら河原で燃やし続けているヒヨリの本当の姿が、今、少しだけ垣間見えた気がした。
雷鳥と弓弦は今、この時からヒヨリの父親に死ねという呪いをかけようと思った。1人で駄目なら2人、2人で駄目なら3人だ。
3人集えばなんちゃらやって婆ちゃんが言ってたくらいやから、きっと3人の呪いはヒヨリの父親へ届く筈だ。直ぐに効果は現れないかも知れないが、少なくとも1人よりは強い筈だと2人は思った。
「弓弦、家まで送ってよ」
ヒヨリの言葉に雷鳥は無意識に壁時計がある方を向いた。既に17時半を過ぎている。外も随分と暗くなり始めているようだ。確かにこれ以上遅くなるのは良くない。
「わかった」
弓弦とヒヨリが椅子から立ち上がる。雷鳥も続いた。
「晩飯、食いに来るか?」
雷鳥に向かって弓弦が行った。
「今日は大丈夫。おにぎりとパンがあるから」
「わかった」
2人を見送る為に雷鳥も外に出た。
荷台に跨るヒヨリが雷鳥に向かって手を振る。振り返すと、ヒヨリは月曜日ねーと笑った。
うん。月曜日に。そう言いながら雷鳥はさっき見た壁時計の事を思い返していた。
あぁあの時、社長達はこの時計は持って行かなかったんや。さっきまでまだある事すら忘れていた。
つまり社長達にとってあの壁時計には価値がないという事のようだ。
雷鳥は、そんな社長達の事をアホやなと思った。
時は金なりって言うやないか。
その時を知らせる壁時計に見向きもしないなんてどうかしている。
壁時計によって刻まれる時は誰に対しても平等にある事を告げているのに。きっと社長はその事にすら気づけないのだろう。時は死なりなのだ。
その時が進むたびに僕達は確実に歳をとり、死ぬ方向へと進んでいる。
それは社長の死をも意味していた。大丈夫。僕はやれる。雷鳥は2人か走り出したのを見届けると家の方へと振り返った。
その時、弓弦の声がした。
「こんな所で何しとんや」
雷鳥は踵を返し弓弦達の方へ駆けていった。
そこには自転車に乗ったままの2人とその前に立つ1人の人間がいた。暗くてまだハッキリと顔は見えないが、どうやら弓弦の知り合いのようだ。
背はそれほど高くない。自分と同じように痩せて見えた。自転車の横で立ち止まった雷鳥がその者を真正面から見返した。そいつは現れた雷鳥の存在に気づくと少し口を開いて笑いかけて来た。
「なしてお前がここにおるんや」
「血脇くんの友達に会ってみたくなってさ。住所を調べて尋ねて来たんよ」
そう話すそいつの言葉を掻き消すように雷鳥ら3人の背後から車が向かって来ているようだった。
近づく車のヘッドライトがそいつの姿を照らした。姿が顕になったそいつは車が側を通り過ぎると再び言った。
「3人で遊んでたのに、いきなりでごめん」
「ほんまそうや。無神経すぎるで冴木守親」
弓弦の言葉に苛立ちが含まれているようだった。
だが、雷鳥達3人は先程通り過ぎて行った車のヘッドライトに照らし出された冴木守親の顔をしっかりと目に焼き付けていた。
その顔は冴木守親の原型がわからない程、腫れ上がっていた。
無理に笑った口から見えた歯も数本欠けているようだ。裂傷した唇や鼻からは乾いた血の跡がくっきりと張り付いていた。
「こんな顔してるから、血脇君、僕の事がわからんかも知れんと思っとった」
「アイツらにやられたんか?」
「わかんない。いきなり頭に袋を被せられて、その後は、数人の手でどっかに引きずり込まれて……気がついたらこんな風になってたよ」
「アイツら意外にお前を殴る奴はおらんやろが」
「証拠はないんよ。誰一人声すら出さなかったから」
「ちゅうことは相手は1人やなかったんやな」
「覚えてる限り、3人はおった。けど5人じゃなかったと思うけん。多分アイツらやないよ」
「お前の頭ん中は虫でもわいとるんか。ええか。ワシが河原で見た時はお前に手は出しておったんは3人や。金木と重信と、木下やったか。お前をどっかに引き摺り込むには充分な筈やで。それに仲間はもう2人おるやろが」
「宗太郎……と蓮…」
「そうや。古里と、そいつや。あん河原ん時、ずっと見とったわけやないから、それが正しいかは知らんけど、古里はお前に手は出しとらんように見えた。その姿がワシの目にはお前がやられるんを側から眺め嬉しそうにしちょる卑怯な奴に映ったで。実際、どうなんや?」
「卑怯?宗太郎が?」
「そうや」
冴木の顔を見ていると弓弦は自分に焼き殺されて行く女王蜂の姿を思い出した。
肉が爛れ膨れ上がり複数の羽があっという間に黒焦げになった。嫌な臭いを放ちながら死んで行く様を。
あれからもう2年以上経っている。だがまだ耳鳴りは治る事はなていなかった。
「古里に殴られた事、ないやろ」
「うん」
守親は嘘をついた。宗太郎には保健室のベッドの中で、散々殴られている。それだけじゃない。
全員が自分を虐め抜き、悠人に乳首を切られたあの日、痛みでしばらく動けなかった。
そこへ再び宗太郎が現れたのだ。宗太郎は切られた2つの乳首が止められている人形の絵の前に立ち、着替えを終えた僕を見て「不安か?」と尋ねて来た。
僕は返事をしなかった。
「こんな事、もう嫌やろが?何ならワシが皆んなに言うて止めさせちゃろうか?」
「そうしてくれよ」
「ふふっ。言う訳無かろうが」
宗太郎はいい、僕の両胸を、失った乳首の箇所をつねった。
「こんなんされてもまだお前は偉そうやな」
宗太郎はいい冴木の股間に膝蹴りを入れた。
痛みを我慢しながらようやく着た服を無理矢理に脱がされ、床へと蹴飛ばされた。
テーブルに備えてつけてある縄で再び手首を縛られた。ここで逃げる為に暴れれば両手首に傷が出来、周りの誰かがその傷に気づいてくれるかも知れない、
そんな事はとっくに考えた事だった。だが宗太郎もそんな事は百も承知で縄で結ぶ前に必ず手首にはタオルでぐるぐる巻きにした。
その上から縛る為、擦り傷は出来る事はなかった。そして宗太郎はランドセルから安全ピンとライターを取り出した。
火でピンを炙った後、ない乳首の傷口へ突き刺した。刺しながら嬉しそうに笑う宗太郎に昔の面影なんて1つも残っていなかった。
だから血脇が言うような、殴った事がないと言うのは大きな間違いだった。けど、冴木はその返事としてうんと言ったのだ。
そうする事でより血脇に宗太郎の悪どさを印象付けたかった。それと残りの2人。
蓬原と小野乃木をこちらへと引き込む為に何もかも血脇の言う通りだと信じ込ませる必要があった。
そうすれば血脇は自信を持ち、ありもしない嘘さえ信じるようになって来る。そうなればきっとそこの2人も血脇がいうならとついてくる筈だ。
全員をこちらへ引き込み悠人殺害から逃れられなくさせたかった。そして悠人をけしかけ血脇と揉めさせる事で血脇が自分の代わりに悠人を殺してくれるかも知れない。そう上手くはいかないだろうけど、ここまでは上出来だ。
最終的には全員死ぬのが理想的だけど、ま、それも成り行き次第だと冴木は思っていた。
だからこんなにされるまで我慢して来たんや。まさか乳首を切られるとは思わなかったけど、その代償は自傷させたこの顔よりもまだマシに思えた。
この計画を思いついた時は自分でもゾッとしたが、こうでもしない限り、土壇場で血脇が裏切りそうで怖かったのだ。この顔を見せれば血脇がアイツらの仕業だと信じるのは容易に想像出来た。
だから昨夜の夜中に5キロの鉄アレイを持ち家を抜け出し廃屋へ向かった。
床に寝そべり5キロの鉄アレイを持ち上げ顔に向けて落とした。痛いというレベルじゃなかった。悶絶し床の上を転がり回った。何度目かに鼻が折れた音がした。
歯はとっくに折れたり欠けたりしていた。幸いだったのはこの週末、アイツらは蓮の見舞いや家の事情で集まれないという事だった。
それを耳にした時、冴木守親はこの計画を思いついたのだった。そしてこの姿を両親に見せ刑事事件に発展させてやる。
家に帰らないのは拉致されていた事にする為だった。場所は当然、あの廃屋だ。これでアイツらは2度とあそこへ入れなくなる。
それ以上に困るのは自分があの場でされた事を警察へ告白する事だ。廃屋の中の物にはアイツらの指紋だらけだし、壁には人形の絵とアホみたいなアイツらの落書きまで残っている。
言い逃れなんて無理だった。これであいつらは自分に手が出せなくなる。長かった虐めはこれで終止符をうつのだ。そして新たな章が始まる。
それが重信悠人殺害だった。先ずは悠人を誘い出す。中々上手く行かないだろうがその為にこの3人が必要となる。殺害する為に人1人を拉致監禁するのは容易では無いからだ。
自分が悠人を呼び出しても、疑ってほいほいついてくるとは思えない。だから自分以外の人の手が必要になって来ると言う訳だ。
だが女の蓬原はビビって逃げ出しかねない。口も簡単に割りそうだ。最初から数には入れない方が良いかも知れない。それに金木に噛み付いたくらいの女だから、金木の仲間として知られている自分の事も恐らく嫌っていると思われた。
なら血脇と小野乃木の2人だ。まぁ仕方ないがいないよりはマシだ。
その後で、目星をつけてある荒屋へと連れ出す。そこにはまだ一応、人が住んでいるようだが、住人は殆ど家には戻って来ない。
戻って来たとしてもいつも酔っ払っていて直ぐ寝入る。何度か古びた裏戸を蹴飛ばしたり、物音を立てたりしたが全然起きて来なかった。居間の窓ガラスも割れて風雨をしのぐ為のブルーシートも色褪せあちこちがほつれていた。玄関に回るとこんな一丁前な表札まであった。
堀籠と書かれた表札は斜めにズレみっともない姿を晒している。その姿はこの家とそこに住む住人にピッタリだと冴木は思った。
まさに悠人が死ぬには最適な場所だった。みっともない家とみっともない住人の側でみっともない姿でその命を散らす。素晴らしい計画だと思った。けど出来るならそれは血脇にやらせたかった。
別に悠人を、人を殺すのが嫌な訳じゃない。当然、アイツらには恨みがあるからこの手で殺してやりたい。
だが可能なら犯人は血脇にさせたかった。虫ケラのような奴らの為に自分の人生を捨てるのは余りに勿体なさ過ぎる。まぁ映画やドラマやないんやからそう上手くは運ばないやろうが。
「やっぱな。古里は自分の手を汚さん卑怯な奴や」
冴木は古里に固執し始めた血脇が面倒になり、
自転車の後ろに乗っている蓬原に向かって声をかけた。
「君、確か蓬原ヒヨリさん?ですよね?」
ヒヨリは返事をしなかった。
「僕は蓬原さんにお礼が言いたかったんよ。金木の奴を散々コケにしてあしらってくれた事のお礼を」
冴木はそう言い恐らく笑顔をらしきものを浮かべたつもりだった。痛みが酷くてまともに笑えないからだ。それ程まで冴木守親の顔は酷い状態だった。
確かに弓弦の言うように冴木を襲ったのは仲間の仕業ではないかも知れない。冴木は弓弦に対してアイツらは上半身しか狙わないと言っていたようだし、それなら別人の可能性も考えられるが……雷鳥は自転車の側により弓弦を見上げた。弓弦は真っ直ぐ冴木の顔を見返していた……
上半身を殴るのは虐めが他者にバレない為の策略だった。それなのにわざわざ顔を殴るか?と弓弦は思った。
けれど紙袋を被せられたというのが解せなかった。
それによって冴木は自分を殴る相手の顔を見る事が出来なくなるからだ。
だから絶対にアイツらじゃないとは言い切れない。けれどアイツらだとも言える。
それに虐めのルールが本当なら、明らかにこれはアイツらのやっているものとは違っていた。
それがかえってアイツらの仕業だとしか言っていない気がしてならなかった。
こうしたやり方は単にアイツらの心境の変化と言えなくもないが、だがこんな姿の冴木守親が人前に出たらどうなるくらいはわかるのではないか。確かに表沙汰になったとしてもアイツらは全然困りはしない。
けど顔がそこまでやられたなら身体だって調べられるに決まっている。その時、冴木がアイツらから虐められている事をバラさないとどうして言える?これほど酷い顔を見せられた親や警察がただいきなり襲われたと言う冴木の言葉を信じるだろうか。いや信じない。
弓弦でさえそう思うのに古里達が考えない訳が無い。これじゃあアイツらにとっては何もかも不都合に思えて仕方ない筈だ。
だが、逆に考えれば冴木の顔がこれだけ腫れていれば治りだって遅いと思える。その間、アイツらは冴木の顔は殴り放題だ。アイツらは上半身だけじゃ物足りなくなり、このような方法を考えたのだとしたら生きる資格のない畜生だと弓弦は思った。
真実がどうなのかわからないが、弓弦が言える事は全員、女王蜂や他の虫のように焼き殺してやりたいと言う事だった。




