表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
爆ぜる  作者: 変汁
61/107

第十章 ⑥⓪



帰り道、急におしっこをしたくなった弓弦は横道に逸れてキリン公園へと向かった。


夜だからその辺で立ちションすれば良かったのだけど、どうしてか、おしっこ+公園のトイレ=拳法ババァという公式が頭に浮かんだのだった。


だから弓弦はすぐ近くにキリン公園がある事を思い出し、立ちションをするのを止めてそちらへと向かう事にした。


今の今までどうして拳法ババァの事を忘れていたのか不思議でならなかった。


拳法ババァという呼び名は初めて出会った日に弓弦自身がつけたものだ。確か去年のクリスマスイブだったか。


その日の学校帰りにキリン公園に行くと1人の老婆がいた。


まるで阿波踊りのようなそれを見た時、頭の変なババァか?と思った。


弓弦は出来るだけ近寄らない方向でブランコがある方へ足を向けた。


ブランコの板と鉄枠の棒とを繋ぐ古く錆びたチェーンは弓弦が板に座りながら前後に身体を揺らす度、ミシミシと悲鳴を上げた。


ランドセルから通知表を取り出しみていると、さっきの頭の変なババァがいきなり話しかけて来た。


それがきっかけとなり会話を続ける間に弓弦は勝手に拳法ババァと名づけたのだ。


太極拳というのは中国武術の1つで老子という爺さんの考えに共感した人達が作った拳法らしかった。


何に共感したのかは知らないが、いいね!ってなったんやなと拳法ババァの話を聞きながら弓弦は思った。


けど拳法のくせに戦わない事を重要としているみたいで、最弱最強の拳法とも言われているらしい。


でも戦わないというのは、弓弦には理解出来なかった。拳法なら戦うやろ?そう拳法ババァに言うと拳法ババァも同じ意見だったらしく、それが気に食わないから独自で開発したようだった。なら空手でも習えばええやないかと思ったがそれは言わなかった。


拳法ババァとは今まで、2回程会って話した事があった。初めて出会った時もそうだったように拳法ババァは強い相手と戦う時の心得を何度も弓弦に話して来た。


やっぱりこのババァ呆けとるわと思いつつも、話を聞いてやっていた。


単に暇つぶしでそうしていただけに過ぎないが拳法ババァは決まって自分より強い奴を倒すには武器を使えばええと言った。


そんなん拳法関係ないやないかと言ったら拳法ババァは弓弦を見てこう言った。


「もし、お前が今、2メートルくらいの大男に襲われたらどうするんや?どうあがいても体格の違いや重さでお前に勝ち目はない。50000回やっても無理や。そやろ?この世に絶対はないと言われたりするがの。今、ワシが話した事はその絶対や。お前にゃ勝てやせん。やから強い相手と戦うなら武器を使うんや」


「確かにそうやけど、それなら拳法とか習わんで最初から武器を持っとけばええだげやない」


「アホやな。ええか?武器は自分より強い奴、強そうで勝てないと思う奴に使うんであって、同等の相手、つまりお前と同じ小学生と戦う時には拳法が訳に立つんや。ええか?人間ちゅうんはな。武器で相手を倒すより、素手で倒した時の方が何万倍もの興奮を得られるもんなんや。それにな、素手で殴るのを続けてるとな、やめられんようになる。気持ちええからや。だから虐めっ子言うんは虐めをやめられなくなるんや」


そう聞いた弓弦はその時は何とも思わなかったが、冴木の話を聞いた後では、拳法ババァの言っている事が正しいと思えた。


アイツらは冴木を虐めることをやめられない。素手で殴って来たからその楽しみを知ってしもうたんやなと弓弦は思った。


それが今日、冴木はハサミという武器を使われて乳首を失った。


拳法ババァの言う事が正しいとするならそれはまさに、重信悠人が冴木守親を自分より強い相手だと思っているからで、且つ、恐れている証だからじゃないだろうか。


単に虐めがエスカレートしただけかも知れないけど、重信悠人は冴木からの復讐を恐れそうなる前に武器を使って更に酷い事をしてやるぞと、脅しを込めてあの人形の絵を用意したのかも知れない。


もしそうなら重信悠人は殺さなくても済むかも知れない。ただし冴木が喧嘩で片をつける事を望め葉の話だけど。


とにかくもしキリン公園に拳法ババァがいたら冴木の事を話してみようかと弓弦は思った。


けど、それだけ弓弦にとって印象的だった拳法ババァの事も、弓弦はついさっきまでその存在すら忘れてしまっていた


確かに忘れてしまうのも無理ないくらいな事が自分の身に起きていたし、それに雷鳥やヒヨリの身にも起こっていた。


ヒヨリについては何があるのか雷鳥も弓弦も聞く事をしなかったけど、父親からもらった手紙を読まずに焼き捨てる行為自体で、何かあったのだとわかった。


だからその事で頭が一杯だった。だから忘れていても仕方がなかったのだろう。


そんな気になる拳法ババァが夜のこんな時間に、それも月水金しかキリン公園には来ないと言っていたのにも関わらず週末である今日にキリン公園にいるとは考えられなかった。


けど弓弦はひょっとしたらという淡い願望を持っておしっこのついでにキリン公園へと急いだ。


暗いと言っても時間はまだ7時半を過ぎた頃だった。途中、コンビニに寄って時計を見て来たから間違いない。


多分、家に8時まで帰ればお父さんやお母さんから怒られる事はないだろう。


それまでにおしっこをして拳法ババァに冴木の事を相談したい。拳法ババァがどういうか興味深かった。


キリン公園にトイレは無いから道から隠れられる場所、つまりキリンのオブジェの裏へ回っておしっこを済ませた。


こんな事なら最初から途中で立ちションしてれば良かったわと弓弦は思った。


つい、公園だからとトイレがあると思い込んでいた弓弦は、初めて出会った時と同じように、ブランコに座った。


拳法ババァが公園内に駆けてくる弓弦の姿をみつけキリンのオブジェの裏に隠れていたとは思えない。


おしっこをする為、裏に回ったのを見て、移動したなんてわざわざそんな面倒な事をする訳がなかった。


ましてや鬼ごっこをババァとやってる訳じゃないのだ。


公園内には街灯が設置されていないから、何とも言えないけど、多分、拳法ババァはおらんわと弓弦は少し残念に思った。


まぁ月水金にいると言っていたのだから、それ以外の曜日に拳法ババァがキリン公園にいる筈もない。


それに見た目は家の婆ちゃんと変わらない歳な気がしたから、ちょっとした段差で躓いて転んだりすれば、複雑骨折や下手すれば頭を打ったりしたら命に関わる大怪我になりかねない。


だから拳法ババァもその歳のせいで動けなくなった可能性だってある。


まぁそれも想像でしかないけど、今度は月水金のどれかに顔を覗かせてみようと弓弦は思い、ブランコから降りようとした時だった。


「ちょっと見んかと思いよったら立ちションするまでの男になっとったか。やがの。立ちションするんなら、オブジェに隠れんと堂々とせんか」


「あ!拳法ババァ!」


弓弦はそちらへ向かった。拳法ババァは弓弦が停めていた自転車のハンドルに手をかけこっちを見ていた。


「誰が拳法ババァや!まぁ、両方とも当たっとるはするが……じゃが、こうもハッキリ当たっとる事を言われると、何やら腹が立つわい」


「ごめんなさい。久しぶりに会えて嬉しかったんや。やから思わず、言うてしもうた」


弓弦が拳法ババァの側まで行くと、拳法ババァはいきなり弓弦の顔を両手で挟んだ。顔を近づけジッと目を覗き込んで来た。


そしてニヤりと笑い、欠けた多くの前歯を見せながら言った。


「ワシの知らん間に何があった?のう?いうてみぃ?」


「どうしてそがな事聞くんや」


弓弦が言うと拳法ババァは、弓弦の顔つきが変わった事、それも別人のように精悍になっている事、精悍と言う言葉の意味はわからなかったけど質問をして話す拳法ババァの邪魔はしなかった。


「男がそがな表情に変わるんは、童貞を失った時と、喧嘩に勝った時くらいの、いやそれだけやないな」


拳法ババァは言ってしばらく黙った。


「お前、とんでもない事をやらかしたんか?いややらかした、もしくはやらかそうと考えとらんか?」


とんでもないと言う言葉で拳法ババァの感の鋭さに驚いた。それだけじゃない。


自分の顔を見ただけで、そんな事までわかるのか?弓弦には信じられなかった。


だからといって重信悠人の殺害を企てている、厳密には手を貸すと言う所までは、幾らなんでも絶対にわからない筈だ。


拳法ババァの言葉に、弓弦は即答出来なかった。

それが拳法ババァの直感や想像力に拍車をかけた。


「ヒョッコと思っとったが、とんでもないガキになってしもうたな。もしお前がワシの孫なら、蔵に閉じ込めて一生外に出さんわ」


「それって虐待やないか」


「それならまだマシや。蔵の中で生きとられるからの。じゃが閉じ込めといても逃げ出す可能性もあるから、ワシがお前のババァなら、ワシはお前を殺しちゃるのに」


「拳法ババァは、ほんま恐ろしい事言いよるなぁ。孫が聞いたらびっくりしよるで」


「ワシに孫はおらん。子供も旦那も皆んな焼け死んだわ」


「焼け死んだ?」


「そうや。ワシは元々、鹿児島に住んどった。やけどワシが胆石症ちゅう病気で入院しとった間に、家が放火にあってな。それが原因で家族全員が焼け死んでしもうた。誰一人炎から逃れられんでの。その事を伝えに来てくれた近所の人の話じゃ、娘婿や娘、旦那の叫び声や孫が大泣きする声が家の中からずっと聞こえとったらしい。そん時は既に家は炎に包まれとって、消防士も中に入れる状況やなかったようや。声は10分程度で聞こえんようになったらしい。やからワシには孫がおらんから、お前が言うよには蔵には入れられんのじゃ」


「そうやったんか……ババァ、ごめんなさい」


「ふん。お前にまだそんな気持ちがあるとはびっくりや」


「なんや?ワシだって悲しくもなるし、いけんと思ったら謝るで」


「それはこれからやろうとしちょる事でもいえるんか?」


「え?」


「お前、人を殺そうとしちょるやろ」


「……な、なしてババァが、知っちょるんか」


「知らん。やが、ワシには見えるんや。見えるいうても、幽霊とかそういう類いのもんやない。なんちゅうかな。映画、いや違う。絵や、絵画みたいのがお前の頭の上に絵が浮かんで見えるんや。1つは、2人の子供が、裸で床に倒れとる子供を見下ろしとる。その床は真っ赤や。もう1つは蜂や。えらいデカい蜂の絵や。何の蜂や?デカいからスズメバチやろうか。けど、違うな。顔はスズメバチやが身体は蛇のように長いわ。とぐろを巻いてこっちを睨んどる。長い胴体には多くの羽が、ついて、ん?おや?とぐろを巻いたあちこちの隙間に沢山の蜂の赤児がおる。やけど、とぐろの外側には赤児の死骸がたんまり転がっとるわ。そうか。つまりこの蛇のようスズメバチは雌っちゅう事やな。こいつは女王蜂や。そんで死骸があるちゅう事は残った赤児を育てる為に餌が必要なんかも知らん。そんな2つの絵がお前の頭の上に浮かんどる。つまりな。ワシが見えるんは未来なんや。信じられないちゅう顔しとるが、間違いない。お前には悪いが、ワシが見た絵は、当たるんや。現実に起こるんや。ただ、お前が裸の子供の場合もある。そこまではワシにもわからんのや。わからんのはもう1つの絵や。全く理解できん。じゃがな。間違いなく近い将来、スズメバチに関する事が、お前の身に起こる筈や」


拳法ババァはそのように一気に捲し立てた。


「で、お前はどうするつもりや?」


拳法ババァに詰められて弓弦は全てを打ち明ける事にした。


元々そのつもりで、拳法ババァがいるかも知れないとキリン公園に立ち寄ったのだ。


女王蜂の事も全て話した。軒下に出来た巣を取り焼き殺した事、それ以来、耳鳴りが始まり、酷くなると我を忘れるほどに暴れ出しそうになる事。


けど、止める方法は黙っていた。絵の話を聞いた後で生き物を殺せば治るだなんて言えやしない。


冴木の場合なら手伝いはするが、手は出さないとハッキリと伝えた。それでも拳法ババァは渋い顔をしていた。


「大体の話はわかった。悪い事は言わん。手伝いはやめる事や。けど、そのせいで、お前が、真っ赤な床に裸で倒れとる子供にならないとも言えん。細かな事がわからんのが本当に腹が立つわい。そしてもう1つや。女王蜂はお前に何がしたいんや。お前に殺された怨みを晴らしたいんか。それだけか?」


1人で喋っている拳法ババァの横で、弓弦はババァとは違った考えを持っていた。


とぐろを巻いた女王蜂の側に落ちている死骸は、スズメバチの巣を焼いた時に死んだ赤児と耳鳴りを止める為に殺して来た生き物とこれから殺すであろう生き物の数ではないかと。


それとは別にとぐろの隙間に挟まり守られているスズメバチの赤児は何となくだが、弓弦が死ぬまでこの呪いは赤児達に受け継がれて行くという女王蜂のメッセージではないのかと。


自分でそう思ったくせにゾッとしてしまった。

爺ちゃんの歳まで生きるとしたら、自分はどんだけの数の生き物を殺し続けないといけないのか。考えただけで溜め息が出る」


「とにかく、手伝うにしろ、手伝わないにしろ、真っ赤床に倒れているのが、お前の可能性はある。ワシは人殺しは絶対に許せん。やけどお前が殺されるのはもっと許せん。悪いのは冴木ってガキを虐めとる奴等や。暴力は暴力を生む。生まれたからにはお前と同じように、成長する。暴力も、同じや。成長するんや。それが育ち切る前に大人が何とかしてやらんといけんのやが、親も先生も気づいとらんようやしな。だからお前はくれぐれもより最悪な事に巻き込まれんように」


拳法ババァはそこで一旦口を閉じた。


「こん世界にあって生きとる者が受ける1番最悪な事は人殺し以上にないわな。ったくワシももうろくしたのう」


「拳法ババァ……」


「どうするかは自分で決めるんや。ワシが出来るんは、お前の未来にはそれが起こるいう事くらいや。冴木っちゅうガキは信用するやないで。

絵の中で倒れとるのが、お前ではないちゅう確信はワシにはないし、証拠も自信もないけんな。やから常日頃から自分の身を守る事だけを考えや。わかったか?」


弓弦は頷いた。拳法ババァが言った時、弓弦は自分は拳法ババァに殺人の手伝いを止められ冴木の家に行き冴木の両親に虐めの事を話しそしてアイツらの家や学校にまで乗り込む事を、何処かで微かにではあるけどそのように望んでいたようだった。


それが拳法ババァの長い話を聞いた後、思った正直な気持ちだった。


でも拳法ババァは弓弦の思い通りにはならなかった。


自分で選べと突き放した。


そして弓弦は女王蜂の事もあってか、今は止められても、やがては自分の手でアイツらを殺すかも知れないと思った。


「けど、拳法ババァ。昔から人の持つ絵がみえたん?」


「いや。放火で家族全員を失ってからや。言うたら鹿児島を捨てて四国に引っ越そうと決めた日に、初めて人の頭の上に浮かぶ絵を見たんや。最初意味がわからんかった。いうて家族全員が殺されてしもうたから、頭がおかしくなったんやと思ったわ。けど、すれ違う人や近所の人の頭の上の絵を見てからは少しずつわかっていった。

理解するのは随分と時間がかかったが、四国に越してきてからやな。その絵がそん人の未来を頭を上に掲示しとるちゅうんがわかった。ようは人は美術館であって画家や。そして自分の未来の絵を、鑑賞してくれって頭の上に展示しとるんや」


拳法ババァはいい、弓弦の頭を撫でた。


「えらい長話してもうたな。悪かったわい」


「大丈夫」


「もし帰ってお母さんやらに怒られたりしたら、ヨモギハラのババァに捕まって拳法を練習させられとったって言えば、許してくれるわ」


「拳法ババァ、名前、蓬原っていうんか?」


「そうや。旧姓やがな。旧姓ちゅうんは……」


「ワシの友達にも蓬原って子がおるで。拳法ババァの親戚かも知れんな」


「苗字が同じちゅうんはよくある事や。佐藤や鈴木って苗字の子がクラスにもおるやろ?その子らは皆親戚か?違うやろ。やからお前の友達のヨモギハラとワシは親戚やないわ」


「なしてや。可能性はあるんやない?」


「ないわ。ワシは産まれてからずっと天涯孤独や。旦那も天涯孤独やった。お前はまだ子供やからわからんだろうが、ワシや旦那は原爆孤児なんや。長崎に落とされた原爆で親戚共々みな死んだ。そん時、ワシや旦那はまだ、赤児やった。どうやって生き延びたかはワシにもわからん。けど、話によると兵隊さんに助けられたそうや。そんなワシを孤児として引き受けてくれたんが鹿児島の家やった。そんでワシは鹿児島で育った。ワシの元々の苗字がヨモギハラって知ったんは12の時や。ワシを助けた兵隊さんが母親の持ち物を見つけ、それを引取先の養父と養母に渡しとったらしい。ちゅうことで、残念ながらお前の友達とワシは親戚でもなんでもないで」


拳法ババァはいい、ちょいしばらくは病院に通院せんとやからキリン公園には来れんでのと言って1人歩き出した。


弓弦はそのゆっくりとした動きに、今までこのキリン公園で見てきた拳法ババァより、幾つも歳をとったように感じられた。何故かは弓弦にはわからなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ