第一章 ⑤
集めた落ち葉をゴミ袋に入れ口を結んだ。それを持って山を降り自転車の籠に入れ家に帰った。
パパとママは帰って来ていない。こうして戻って来た時、雷鳥は少しばかり緊張している自分に対し、いつも苦笑いを浮かべる。2人が帰って来ていないとわかっていても、もしパパかママのどちらかが、何かの拍子で戻って来ていて、雷鳥の手にした落ち葉などを見て、その事について咎められる事を恐れていたのだ。だからこの時ばかりは僅かに緊張するのだった。玄関の鍵が開いていない事を確認すると胸を撫で下ろした。
持ち歩いている鍵で玄関を開け自転車の籠からゴミ袋を持ち上げる。一旦、家の中に入れてから所定の場所に自転車を置きに行った。
玄関を閉めた事を確認してから自分の部屋がある2階へと向かう。だがいざゴミ袋を持って帰ったは良いが、雷鳥はいつまで集め続けるのだろうと自分の行いに疑問に思った。このような事を繰り返すのいいが、やがて置き場所も無くなって来る。その日が遠くない事は集めた大量の落ち葉が入った袋を見れば明らかだった。
少しずつ使っていかないといけない。
雷鳥は思い手にしたゴミ袋を持ったまま、階下へ降りて行った。
家の庭はそんなに広くない。用具箱のような物置が1つ、後は前にママが気まぐれで買って来た小さなサボテンの植木鉢が5つあるが、どれも既に枯れていた。雑草が生えなくて良いだろうとパパがよく行くゴルフの練習用の人工芝が敷き詰められてある。打ちっぱなしのゲージもあるが、最近使っているのを雷鳥は見た事がなかった。
きっと家でゴルフの練習をするより、クライアントとかいう名前の女の人と会う方が楽しいのかも知れない。
持って降りたはいいが、ここで燃やすと煙が上がってしまう。近所の家とはそれなりに離れてはいるけど、誰かが煙を見でもしたら、火事だと勘違いされかねない。近所の人達は未だに火事には敏感だった。何故なら雷鳥が今より随分と幼い時に近所の家が火事になり住人である老人1人が焼け死んだ事があったからだ。その火事のせいで他の家にも飛び火した。飛び火した家は全焼にはならなかったようだけど、家のあちこちが燃えたようだった。過去にそんな事があった為、近所の人達は煙には敏感だし、過剰なまでに反応する。
だから庭で煙なんて上げようものなら、誰かしらが大騒ぎするに決まっていた。
その火事のあった家とは、雷鳥が夜中に目を覚まし、人影と出会いを果たした家の事だった。
火災原因は放火だった。後々わかった事だけど、その家の人は放火によって焼け死んだのではなかったようだ。
何者かの手によって殺害された後、家に火をつけられたようだ。その何者とは恐らくあの夜、雷鳥が出会った人影の事だと思う。
あの時、燃え盛る炎を背にしながら人影は焼かれた後に残るものこそ美しいと僕に言った。炎そのものよりも焼け跡に残る物こそが、美しいと語ったのだ。単純にそうなのかと思った。幼過ぎたせいもあってか、僕は素直に人影の言葉を信じた。そして今もそうだと信じている。
それは僕が未だに焼け跡という物をこの目でじっくりと観察した事がないからかも知れない。だから人影の言葉を疑う理由はなかった。
当時、人影が燃やした家の焼け跡に僕は近寄る事が出来なかった。パパやママがそれを許してくれなかったからだ。遠目から眺める事しか出来なかった。焼け跡なんてだだ焼き過ぎた魚の骨みたいだと思った。人影のいうような美しさなんて感じなかった。これの何処が美しいのだろうと思った。
その思いから数年が過ぎた今、美しいと感じるには自らの手で炎を作り出さなければ、燃え跡こそが美しいと思う事は出来ないのかも知れない。
だから僕はまだ人影の言葉を信じているのだろう。
ゴミ袋を持ったまま突っ立っていると、
「雷鳥」
と呼ぶ声が聞こえた。声のした方を振り向くと石塀から半分顔を覗かせた血脇の顔があった。
「どうしたん?」
僕はゴミ袋を地面に置いて血脇の方へと歩み寄った。
血脇は直ぐに顔を引っ込ませ、家の入り口の方へと回った。自転車を押しながら現れた血脇は、僕に向かって手を上げ「よう」と言った。
血脇は自転車を石塀に立て掛け中へと入って来た。
「何しとんや」
血脇はゴミ袋を指差した。
「ほかすんか」
雷鳥は捨てるのかと聞いて来た血脇の言葉を無視して、逆に尋ねた。
「血脇こそ何してん」
「暇やったからドライブしとった」
「ドライブ?」
「そうや」
「自転車に乗る事はドライブとは言わんのやない?」
「自転車にも、車って漢字ついとるけん。ドライブやろ」
「それはサイクリングというんと違う?」
「サイクリングちゅうのは、大勢でくっちゃべりながら、ダラダラと自転車に乗る事や。だから俺のはドライブやろ。1人やし、喋っとらんし」
1人自転車に乗りながら喋っている人がいたら、きっとそいつは頭が可笑しいに決まっている。
雷鳥は血脇が1人喋りながら自転車を漕ぐ姿を思い浮かべ、プッと吹き出した。
「何が可笑しいんや」
「あ、いや、ごめん。なんでもない」
「なんでもないなら、なんで笑うんや。笑う方が可笑しいで」
「そうやな。俺、可笑しいんかも知れん」
「今頃気づくんは、遅すぎるわ」
血脇はいい、僕の側を通り過ぎてゴミ袋の前で立ち止まった。
「自転車に乗る事をドライブしとるというなら、やっぱ、転がさんといかんやろ」
「雷鳥、まだその話かい」
「血脇、だって考えてみ?自転車って字は、自分で転がす車って書くやろ?」
「そうやな」
「なら、自転車でドライブっちゅうんは、自転車自体を転がさんとドライブしてるとは言わんのやない?」
「ん?雷鳥の言っとる事がようわからん。どういう意味や」
「やから、自転車を転がすんや。乗るんやなくてさ」
雷鳥はいい、両手で自転車を倒す真似をした。
「こうやって何度も何度も自転車を転がしながら移動するのをドライブっていうんや」
血脇は雷鳥の言葉に呆れた顔を見せた。
だがその顔も直ぐに笑顔に代わり、笑い出した。
「アホやな」
「自動車は、自分で動かす車って書くから、ドライブでええんよ。けど自転車に乗って走る事をドライブと言うには、転がさんといけん。そうやろ?」
雷鳥自身、言っている事が馬鹿げた事だとわかっていた。けど、その言葉も言い続けていたら、本当にそうなのかも知れないと思えて来た。
「なら、自転車で隣街までドライブしよや、いうたら、転がさんといけんちゅう事か」
「そうや」
「そんなんしてたら隣街に着くのに何時間かかるんや」
血脇は笑いながらそう言った。
「やから、そういう時は隣街までサイクリングしようやって言えばええんよ」
雷鳥はいい、笑顔の血脇を見返した。目が合いしばらく後、2人は同時に笑い出した。
「雷鳥、ほんまお前アホやなぁ」
「アホやないやろ」
「アホやって。大体、隣街まで自転車でドライブしようなんて言わんし。隣街まで遊びに行こうって言うやろ」
「そうやな」
雷鳥が笑い出すと血脇も釣られて笑い出した。
しばらく笑っていた2人が落ち着き始めると、血脇が言った。
「で、何してたんや」
話が降り出しに戻ったが、雷鳥は又、無視するような事はしなかった。
「枯葉やから燃やそうかと思ったんやけど、ここやとダメやなって思ったけん。何処がええかなぁって考えとったんよ」
「そんなん、河原にほかせばええやろ」
「河原で燃やしてええんか?」
「ええよ」
血脇はいい、ゴミ袋に手を伸ばした。
実際、河原で燃やして良いとは思えなかった。
けど、血脇の自信たっぷりな表情を見ると、いつの間にか良いと思えて来るから不思議だ。
けれど念の為にその理由を尋ねると血脇は
「側に水があるからや」
と答えた。
「花火をやる時やってそうやろ?水の入ったバケツを側に置いとくやろ?つまり側に水がある場所なら燃やしてもええちゅう事や」
花火と枯葉を燃やすのは全然意味合いが違うと雷鳥は思った。花火は火をつけても手に持てるけど
枯葉はそうはいかない。燃える火力だって違う。
けれどそんな事は血脇にはどうでもいい事なのだろう。
「行こうや」
血脇がいい、雷鳥は頷いた。
一旦、家の鍵を取りに入り、閉めてからゴミ袋を自転車の籠へ載せた。
押しながら家の外へ出る。血脇は既に自転車に跨っていた。一度、雷鳥がいる後ろを振り返り、雷鳥が自転車に跨るのを確認するとペダルに足を乗せ、踏み込んだ。