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爆ぜる  作者: 変汁
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第十章 ⑤⑦

「血脇君、少し時間ある?」


「ないわ」


「そっか。ならええわ。呼び止めてごめんな」


弓弦の腕を掴んでいた冴木の手から力が抜けていく。その手は震えていた。その震えが寒さから来るものではない事くらい、弓弦にも理解出来た。


ひょっとしたら、冴木はとても重要な話を自分にしようとしているのかも知れない。もし本当に自分が思っているように、冴木はわざわざ偶然を装って話をしようと近づいて来たのだとしたら、それはきっと冴木が仲間から虐められているのを唯一目撃した自分にだけしか話せない重要なものかも知れなかった。もしそうなら、待ち伏せだってするだろう。自分が冴木の立場だとしたなら、同じような行動を取るような気がした。

だから弓弦は信号が点滅し始めたのを見て漕ぎ出す足を止めた。


ここで別れなかったという事は、冴木も弓弦が話を聞こうとしてくれていると判断するだろう。


どれだけ長話になるかわからないが、弓弦は冴木守親の話を聞いてやろうと思った。大袈裟だけど、それは覚悟と言って良かった。


「お前、どしたんな?」


「ここじゃ話にくいから別な場所でええ?」


「ええよ」


弓弦が行った後、冴木は一旦、弓弦を河原へと誘った。そして自分がアイツらに裸にされ殴られ続けた背の高い雑草が生えた場所を弓弦に見せた。どうしてそんな事をする必要があったのか弓弦には理解出来なかった。だが血が付いた石を見せられた時、さすがに酷すぎわと弓弦は思った。その後で又、冴木は見せたい物があると言って出会った場所まで引き返す事となった。


弓弦は再び自転車を降りて冴木守親がこっちと言った方向へと進み始めた。そちら側は病院の方でなく、当然、弓弦の家がある方でもなかった。


この町が十字型とすれば病院と家は縦の方だ。学校もその途中にある。今、2人がいるのは大体、縦横が交わる地点だ。河原も中心部の近くにある。そこから冴木は十字型の横の部分、町の中心部から左側、つまり四国の下側、ずっと先に高知県がある方角へと進み始めた。


「お前んち、こっちにあるんか?」


弓弦もそうだが、雷鳥やヒヨリともこちら側へ遊びに来た事はない。普段、目にしない見慣れない光景に弓弦は少しだけワクワクした。


それを冴木に悟られるのは何だか恥ずかしい気がして、思わず冴木に家の事を尋ねたのだった。


「そうなんよ。僕、元々は高知出身やから」


「高知いうても、ここからは遠いやろ」


「産まれた時は県境に住んでたらしいんやけど、何か知らんけど、親が高知県よりはこっちがええってなって引越して来たみたいなんよ」


「ふ〜ん。そうなんや」


「うん」


「あいつらも高知出身なんか?」


弓弦が言ったあいつらとは当然、金木達の事だ。


「違うよ。こっち生まれや。で、皆んなこっちの幼稚園からの付き合いなんよ」


「幼馴染ってやつか」


「ま、そうやね」


「で、何処まで行くんや」


「良い場所」


「遠いんか?」


「40分くらい歩いたら着くと思う」


「そりゃ遠いわ」


言いながら弓弦は2人乗りを提唱しようとした。けどそれは直ぐに却下した。


自分が2人乗りする時は、後ろは雷鳥かヒヨリだけや。ましてや今日はヒヨリを乗せた。


その後に冴木なんか乗せたら荷台が腐ってしまう。そう思って弓弦は2人乗りの案を自己完結させた。


「ま、お前がいうなら、しゃあないから歩いてやるけんな」


弓弦が言うと冴木はとても嬉しそうな顔をした。


「ありがとう。血脇君」


「ここで少しだけ待ってて欲しい」


冴木守親は両手を合わせお願い、と言った。


「大丈夫なら、直ぐ呼びに来るけん」


そのように言い終わると冴木は掛けってまばらなに立つ、家の間を抜けていった。


冴木が中々、戻って来ない事に弓弦はイライラし始めた。そうなると人は余計な事に考えが行く。


冴木はワシをハメんやないか?弓弦が冴木を虐めているアイツらの事を先生に言うと言われたんやと、冴木が仲間に嘘をついていたなら、どうなる?言わせない為に、こうして呼び出すんじゃないのか。弓弦に余り警戒されない冴木を利用し、来た所にアイツらが現れ、冴木と同じ目に遭わせる。そんな考えが頭に浮かび、中々離れていかなかった。弓弦はいい加減、我慢出来なくなってこのまま黙って帰ろうかと思った。その矢先、冴木は現れた。


「遅くなってごめん」


「何してたんや」


「アイツらがいないか確認して来たんや」


「アイツら?」


弓弦が尋ねると冴木守親は長らく誰も住んでいない廃屋があると言う。先程、弓弦と会う前まで、冴木とアイツ達はその廃屋にいたという。


「あの中なら誰にも聞かれる事がないから」


つまり、その廃屋は冴木達の秘密の基地といった所か。そんな場所にさっきまでいたこいつが、どうして自分など?と弓弦は思った。やっぱり、冴木は弓弦をハメようとしとるとしか思えなかった。


そう話すと冴木は違う違う、誓って違うけん」


と必死に弁解し始めた。


「もし、そうやったらワシはお前を許さんけんな」


「うん。良いよ」


冴木守親はいい、弓弦を先導する形で廃屋まで来た。


「これはいかにもボロって感じの平屋やな」


「だから誰も住んでないし、住もうとしないんやないかな」


冴木は1度だけ素早く辺りを見渡した後、こっちと言い、裏手に回った。


どうやら玄関から入ると人に見られる可能性があるらしい。


冴木の話によれば裏の勝手口であれば付近の家々からは見られる心配は無いらしかった。


弓弦は中へ入ると勝手口を閉めた。しばらくするとアンモニア臭が鼻をついた。


その臭いに混じり生魚が腐ったような臭いと鉄錆の香りがした。


冴木が室内へと入る。土足のまま入ったのを見て弓弦は脱ぎ掛けた靴を履き直した。


確かにここは廃屋らしいから最初から靴を脱ぐ必要はないようだ。そのまま冴木の背中に続いた。


入った場所はキッチンのようだった。

真っ先に目がいったのはキッチンテーブルで、そこには真新しい血痕と思われる物があちこちに散らばっていた。


1箇所だけ鮮血が飛び散って綺麗な流星群のような跡を残していた。その血は床や壁までに及んでいた。


弓弦は思わずキッチンテーブルから目を逸らした。怖いというより、ここで行われたであろう事を思い、腹立たしくて直視出来なかったのだ。


視線を逸らした先の床に目をやるとキッチンテーブルよりも、多くの血の跡があった。黒ずみ乾いている。


という事は随分前からここで血が飛ぶような争いが行われていたという事だ。いや、と弓弦は思った。違う。争いと言ってもそれはあまりに残酷な、一方的な暴力が振るわれたに違いなかった。


何故なら冴木がこの廃屋に人がいないか確認する為に自分を待たせたのは、つい数時間前にここで一方的な虐めにあった張本人だからだ。


あいつ等がまだだべってないか確認する為に、自分を待たせて調べに行ったのだ。


つまりこの場所は河原とは違って全く人目につかない分、暴力を振おうが多少大声で叫ばれようがわざわざ見に来る者はいない。


隣の民家と言ってもかなりの距離があるから、余程タイミングよくアイツらが中に入るのを見かけない限り、警察に通報するような真似をされる事もないのではないだろうか。


冴木守親を虐めるにあたり、これほど条件が整った場所はそうはないだろう。  


アイツらにとってはここは絶好の場所だった。

冴木にとってはその逆で、まさに地獄の場所だ。


「お前が話したい事ってこの家の事か?」


弓弦に確信はあったが、あえてストレートに聞く事は避けた。そうする事が良いのかどうかはわからない。けど恐らくは冴木も弓弦が敢えて触れようとしていない事に気づいてはいるだろう。


「それもあるけど、でもこの廃屋について話したい事はごく1部でしかないよ」


「そうなんか。ならどんな話や。わざわざこんな場所まで連れて来てまで話すような事なんか?」


「ある」


冴木守親は真っ直ぐ弓弦の目を見て言った。

声を聞いた弓弦は言葉の強さと響きが、それまでの冴木守親とは別人のように感じた。


ずっと胸に秘めて来た決意を、弓弦にだけ話すと決めた覚悟が冴木の声の中に満ちていた。


弓弦は黙ったまま冴木を見つめ返した。

それを見返した冴木は着ていたジャンバーを脱いだ。その下に着ているチャンピオンと書かれた白いトレーナーが、現実と異なった冴木の本音を語っているようで少し辛くなった。


そのチャンピオンという文字を改めてみた。最初に見た時は文字に隠れて気づかなかったが、胸のロゴの付近が赤く染まっていた。


冴木は尚も黙ったままそのトレーナーを脱いだ。中に着ていたTシャツはトレーナーのそれとは比べ物にならないくらい、朱色に染まっていた。


「お、前、それ、どう、、し……」


弓弦の心の中の気持ちに動揺が走り、そのような言葉が口から漏れた。


冴木は返事をしなかった。そして朱色に染まったTシャツを脱いだ。上半身裸の冴木の身体には黒いあざが無数にあり、それに負けない程の切り傷があった。


冴木は両手を上げた。両手の人差し指を立て、自分の胸に向けて指差した。


弓弦は指さされた箇所から目が離せなかった。

何故なら、冴木の両胸にある筈の乳首がなかったからだ。


「それ、まさかアイツらが……」


「ついさっき、アイツらに両方ともハサミで切られた」


「マ、ジ、か……」


「厳密に言えばアイツらじゃなくて、重盛悠人に両方とも切断された。アイツらはそれを見てゲラゲラ笑ってたよ。逃げたかったけど手足縛られていたから無理やった」


「それで、あんなに血が……」


「うん。シャツにも部屋のあちこちにも飛び散ってね。けどそれだけじゃないよ」


冴木はいいリビングキッチンの近くの壁を指差した。弓弦が視線を向けた先には大きな模造紙が壁に貼られていた。


そこにマジックで人形の絵が描かれてありその人形の絵の胸の箇所にピンが止められてある。


よく見るとピンに止められてある先に小さなピンク色した丸っこい物があった。まさか?と思った弓弦はそちらに近づき、ピンで止められた物を凝視した。


直ぐにそれが何かわかった弓弦は、冴木の方を振り返った。上半身裸の冴木の胸なある筈の物がなかった。


弓弦は再び模造紙を見た。人形の絵の胸には、冴木のものだった筈の小さな2つの乳首があった。


瞬間、弓弦の頭の中に女王蜂が焼け焦げていく姿が浮かんだ。死にゆく女王蜂の悲痛な金切り声が弓弦の脳内へ響き渡った。


と同時にブォォォォンという耳鳴りが起き始めた。随分、久しぶりだった。雷鳥の異変に気づく前辺りから、自分自身、耳鳴りの事を忘れてしまっていたようだ。


そして雷鳥の事でやきもきしている中にあって、女王蜂を焼き殺した事すら自分の中ではなかったものと捉えていたようだ。


だが、今、こうして再び起きた耳鳴りに弓弦は苦々しく思った。この耳鳴りは女王蜂の呪いかも知れない。


弓弦は耳鳴りが始まる前に女王蜂を思い出した事で、耳鳴りとの繋がりを知ったと思った。


一連の流れからそれは恐らく間違いじゃない。だとしても今は不味かった。


直ぐ側に冴木守親がいる。耳鳴りが酷くなれば自分を制御出来なくなるからだ。


そうなれば間違いなく自分は冴木守親に襲いかかるだろう。


そうなる前にこの状況を何とかしたかった。

なるべく早く冴木守親と別れ、生き物を捕まえ殺さなければいけなかったもし冴木との話が長引いたりしたら、自分は冴木を殺してしまうのだろうか。


そんな事、考えたくもなかった。弓弦は人形の絵に向かって拳を振り上げた。


壁が凹む音がして背後にいる冴木がビクッと動いた気配がした。


弓弦が殴ったせいで人形の絵の腹部が破れ、微かに壁の凹みが見えた。


耳鳴りが少しだけ大きくなっていた。

ふと目を上げると絵の頭の部分の少し上に[冴木守親クローン計画www]と書いてある。ようするにアイツらは冴木の身体の一部を切り落とし昆虫採取キットのようにこの紙に貼り付けるつもりらしい。


さすがにそこまでしたら殺人を犯す事になる。それはしないと思われたが、現実に冴木は乳首を切られていた。重盛悠人の手によりハサミでチョキンチョキンと。


「アイツらは本気だよ」


「マジでアイツらがお前を殺すと思ってるんか?」


「全員じゃないと思う多分。けど悠人だけは絶対にこの紙に僕の標本を作るって息巻いていたよ」


「アホか。さすがにそれはないやろ。人生捨てるようなもんや」


「どうかな。僕は本気だと思う。他のメンバーは知らないけど、悠人は本気じゃないかな。だってこの絵を描いたのも、標本にしてクローン守親を作ろうと言い出したのも悠人だから」


「だとしてめお前、そのままやられるつもりなんか」


「さすがにそれはないよ。だってさ。血脇君が殴ったお腹の部分、貼り付ける内臓の種類も細かく書かれてるでしょ?あり得ないよね。悠人はきっとサイコパスなんや。だからさ。血脇君」


「何や」


「大切な話があるって言ったやん?」


「あぁ」


「それを今話すよ」


弓弦は瞬きを繰り返した。それが無意識に早くなる。耳鳴りのせいだった。


「重信悠人を殺すのを手伝って欲しいんや」


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