第九章 ④⑨
リサイクルショップの人が家に来る2日前に、ガスと水道が止められてしまった。
電気停止予告の時のような手紙に覚えがなかった雷鳥は、どうして良いかわからなかった。
家は新聞は取ってなかったから、ポストに入れてあればわかりそうなものだ。
完全に止まったという事は、電気のように前もって支払いと停止の連絡は来ていたという事だ。
けど、そのような物に雷鳥は覚えがなかった。
ポストに入っていたらきっとわかる筈だ。
だから水道局とガス局に文句を言いたかった。でもだからといってガスや水道が動くようになるわけじゃない。
改めて停止した2つの紙を見て電気代を含め、ゆうに5万を越えていた。雷鳥は3つの紙を1つにまとめて靴箱の上に置いておいた。
水道とガスが止められた今、後一回分だけ残っていた小麦粉での食事で空腹を満たす事が出来なかった。
今夜は完全に何も口にする事は叶わないという事だ。
まともに食事を取れなくなってしばらく経ったけど水さえ飲めない状況になるなんて考えもしなかった。
冷蔵庫の中身はとっくに空っぽだし、口に出来る物と言ったら宅急便の段ボールくらいだ。
一瞬、そう思った雷鳥は頭を振って段ボールは食べ物じゃないと思った。
金曜日の夜から日曜日の朝、11時までどのようにして飢えをしのごうか考えた。弓弦に助けを求めようか。言えばきっと何か食べさせてくれる筈だ。
特に弓弦のお爺ちゃんやお婆ちゃんは今も昔も変わらず僕を可愛がってくれている。
だから数日くらいなら全然平気だと思う。けど、こうなったのは僕のパパとママのせいだ。
それで弓弦の家族に心配させたくなかった。原因はパパが浮気をしたからだしそのせいで何故か、ママもある日出て行ったきり帰って来なくなった。
なのに弓弦に、弓弦の家族に迷惑はかけたくなかった。あの家族なら迷惑だなんて思わないというかも知れない。
けど、それはリサイクルショップの人に色々買い取って貰ってからの話だ。
炊飯器と洗濯機以外は売るつもりだった。テレビやDVDプレイヤー。電子レンジ、店内にはソファーも売っていたからソファーも売ろう。
雷鳥はとりあえず空のペットボトルを数個持ち、山に向かう事にした。
そこの山頂付近の休憩所のトイレで水を汲んでこよう。この辺りの近くに公園はあるにはあったが、水を汲んでいる所を知っている人に見られたくなかった。
だから少し面倒だけど、山へ行くのが1番無難だ。なので今日は枯葉を拾う事は止めるしかない。
数個のペットボトルを積み、そこに枯葉はおけない。そもそもゴミ袋もないのだ。バケツを使って枯葉を、なんて無理な話だった。
それに庭に置いてある枯葉の入ったゴミ袋も随分と貯まって来ているし、今すぐ必要という訳でもない。
けど、いつかは庭にある枯葉を使わなくてはいけない。実際、これだけの枯葉をいっぺんにに使うとどれくらい大きな炎が出るか、雷鳥には想像すら出来なかった。
人影さんがしたように家を丸ごと燃やすに充分だろうか。わからない。
が、いつかジッポライターのオイルを買って、自分のその願いを、叶えてみたかった。
あの夜、家の外で観た火事の景色から、随分と自分も大きくなった。だから放火という言葉もその意味も知っていた。
けど、人影は雷鳥に炎のアーティストになれると言ってくれた。
だから誰にも自分の気持ちは言わないけどなれるなら是非、自分もあの人影のように炎のアーティストと呼ばれるような存在に、絶対そうなりたいと真剣に思っていた。
けど、そうなるにはまだ自分にはやらなきゃいけない事があった。お金を用意して人影からもらったジッポライターのオイルも手に入れる。
空腹の事はその次でいい。100円ライターを拾った事で、炎で焼け焦げた後にあるものこそが本当に素敵なもだという人影が話してくれた、その事すら忘れてしまっていた。
昆虫やヒヨリの手紙を燃やしてニヤけている場合じゃなかった。
でもそれは自分が作ってしまった原因でもあった。
ヒヨリにあげたからヒヨリはそのライターで手紙を燃やすようになったのだ。
そんなヒヨリに雷鳥はいつも思っていた。燃やすのはいいけど、それを河に流すのはやっぱり間違っていると。
初めてヒヨリが手紙に火をつけ河へ流した時、心の中では、「どうして?」「このまま河原を燃やしてしまえばいいのに?」と思ったくらいだった。
でも後々、考えると火のついた手紙をそのまま河原に置いたら、自分達もその炎に巻き込まれる可能性があった。
それを避ける為にヒヨリは河の水の側で手紙を燃やしたのだ。それ以来、雷鳥は燃え盛る炎を遠目から眺める為に、炎で自分が燃えない方法を考える必要があると思うようになった。
あの夜に見た炎を思い出すんだ。人影から聞いた言葉を思い出せ。雷鳥は部屋に戻り、隠してあったジッポライターを手に取った。
集中して瞼を閉じれば、あの夜の事が昨日の事のように思い返された。
「このライターに必要なオイルを君が手に入れる事が出来るまで、君はあらゆる場所で、あらゆるものがその手から生み出された炎によって世界が変わる事を想像しなければならない。良いかい?君はアーティストになるんだ。炎というアーティストにね。そして世の中の人へ、焦げ跡に残った本当に美しいものを見せてあげるんだ。そうするべきだ。いつか君は世界が認める炎のアーティスト、芸術家になるよ。きっとね」
人影は僕に向かってこういった。きっとね、と。
雷鳥は自転車の籠に入れれるだけの空っぽのペットボトルを入れて家を出た。
この水は僕がアーティストになる為に生きる為に必要な水だ。
炎を消す為の水なんかじゃない。
だとしても僕がつけた炎は絶対に水なんかじゃ消えやしない。とても大きな大きな炎だ。
視線の先にある山も、何故か激しく燃えている気がした。それは再び雷鳥の命に漲った炎が見せた幻影だった。




