第九章 ④⑧
雷鳥がこのように痩せ細っていった理由はまだ、雷鳥以外、誰も知らなかった。
痩せて行く事自体、雷鳥は気にも止めなかった。確かにお腹が空きすぎて眠れない夜も沢山あった。
その度にベッドの枕元付近においたペットボトルの水をがぶ飲みしそれで空腹をしのいだ。
平日ならお昼まで耐えたら給食が食べられるから、いつもそれまで我慢だと自分に言い聞かせていた。
当然、土日や祝日が絡むと雷鳥はより不安になった。3連休なんてこようものなら、きっと死んでしまうんだろうなぁと漠然と思ったりもした。
だがそのような辛さより雷鳥にはもっと考え無ければならない深刻な事があった。
それは電気代が支払われていない為、数日後には電気の供給を停止するというピンクの紙が入った封筒がポストに挟まれていた事だった。
それを読んだ時は、空腹なんて楽な物だと思った程だった。何故ならこれから季節は真冬に突入してくる。
いくら自分が住んでいる場所が四国だからと言って寒く無い訳ではなかった。
電気代が払えないとなれば、日中はまだしも、夜は下着やシャツを二枚重ねに着て布団に潜り込むしか寒さをしのぐ方法はない。
「もう、パパもママもなして払っといてくれんのや」
雷鳥はとりあえず家に入り濃いピンク色の警告紙を下駄箱の上に置いた。
ランドセルを背負ったまま靴を脱ぎ、その足で冷蔵庫へ向かった。
ママがいる頃は、帰って来たら直ぐ手洗いうがいをしなさいと半ば怒鳴るような口調で言ってきた。
けど、今はママはいないから、雷鳥は気兼ねなくそのまま冷蔵庫からパックのリンゴジュースを取り出した。
半分ほど飲んでそれを手にし部屋に戻った。ランドセルを机に置いて教科書やノートを取り出す。明日の時間割表を見ながらそれらを用意した。
玄関に戻り封筒を掴んでリビングへ向かった。テレビをつけながらソファーに座った。
封筒の表に重要なお知らせと記載されているのが、少しばかり雷鳥を不安にさせた。
その不安を掻き消すかのようにテレビから馬鹿笑いが聞こえた。中身を確認しようとしてピンク色の紙を取り出し、パッと目を通したら、近々に電気を止めるという。その時点では電気代が幾ら溜まっているのか雷鳥にも見当もつかなった。
ママに、パパが知らない女性と一緒にいた事を話してから直ぐ、パパは家には帰って来ていない。
それからしばらく経ってママは良く遊びに出かけるようになった。深夜まで帰って来ない事もあって、帰って来た時は大体が酔っ払っていた。
気分が良いと寝ている僕を起こしては
「ママはね。女として生きていたいの」
とお酒臭い口でそう言った。
「ママは女やろ?女で生きとるやん」
「雷鳥はまだ子供だからわかんないわよねぇ」
そう言いながら僕の頭を撫でて部屋を出て行った。
そんな夜がしばらく続いたある日、それまではどんなに夜遅くになっても帰って来ていたママは突然、帰って来なくなった。
だから何度もママの携帯に電話をかけたが、全然連絡がつかなかった。
パパとは、その日の夜には連絡が取れた。
数日、ママが帰って来ない事を話すとパパは知らないといい、一応、連絡をしてみると言ってくれたが、それだけだった。
つまりママと連絡が取れたのか、取れなかったのか、それさえもパパは連絡をくれなかった。
そんなパパに対し、もどかしい気持ちになったけど、最初にこの家から出て行ったのはパパの方だから、僕とママの事などどうでもいいのだろうと、その時は思った。
むしろ、口煩い2人がいない分、好きなだけ枯葉を集める事が出来たし、それをベッドの下に隠す必要もなくなり、雷鳥としては気が楽だった。
拾って来た枯葉を入れたゴミ袋は庭にまとめて置いていたのだけど、つい先日、そのゴミ袋が無くなった。
これでは枯葉を集める事が出来なくなる。バケツに入れて持って帰る事も考えたけど、持ち帰れる枯葉の量の差が余りに違っていて、バケツでゴミ袋に入った分を持って帰るとしたら山と家を四往復はしないといけなかった。それは余りにも面倒だと雷鳥は思った。
だから雷鳥はパパに電話をかけた。ママと連絡がついたかどうかさえ無視されていたけど、雷鳥にはゴミ袋がない方が重要だった。けどパパは
「生活費のお金はママの銀行口座に入金しているから、お金の事はママに言いなさい」
「ママ、まだ帰って来てないんや」
「そうなのか?」
「前にパパに電話した事あったやろ?あれからずっと帰っとらん」
「わかった。パパから連絡してみよう」
パパはそういうと電話を切った。その日は土曜日で、夕方に小さな荷物が家に届いた。
パパからだった。このように荷物が送られてくるのは出て行ってからたまにあった。
中身はみんなカップ麺かレトルトカレーだった。けど、それらは皆んなパパからだった。
どうしてパパがそんな事をしたのか、最初はわからなかった。けど、きっとパパは僕から聞いたママが遊びに出かけて遅くに帰って来るという話を聞いて、荷物を送ってくれていたのだと思う。
それも最近は送られて来ておらず、最後に送って来た食料品もとっくに尽きてしまっていた。
お米もなかった。だから雷鳥は飢えを凌ぐ為に、小麦粉を水で溶かして中に砂糖を入れそれを焼いて醤油をかけて食べた。しばらくはそれで空腹を満たした。
だがそれもとっくに無くなったせいで、いつしかこんなに痩せてしまったのだ。
そんなある日、雷鳥は弓弦と自転車で遊びに出かけていた時、リサイクルショップという名を目にした。
店先には何でも買い取ると書いてあり、それなら雷鳥は家にある物を売ればお金が出来るんじゃないか?と考えた。
弓弦と別れた後、雷鳥は取り敢えずパパとママの寝室の棚や箪笥を漁ったが、時計や宝石類などは1つも残っていなかった。
実際、この中に時計などが入っている確証はなかったけど、開けてみた引き出しの中には宝石や時計が傷つかないようにと、クッション製の強いマットレスみたいな物が敷かれてあった。
そこには色んな物の跡が残っていた。つまりその跡こそが、この引き出しの中には貴金属類が入っていた事を物語っていた。
それ以上に雷鳥の心を追い詰めたのはママが身につけていた物も一切無くなっているという事だった。
まだパパが自分の時計などを持って出て行ったのは雷鳥も理解出来た。だって浮気がバレてこの家に居づらくなって出て行ったのだから。
けどママは違う。帰っては来なかったけど、たまに電話があり、留守電にメッセージが入っていた。
「雷鳥、ママ、今お仕事が大変で中々、帰る事が出来なくてごめんね」
いつもかかって来る時間も内容も変わらない、全く同じメッセージだった。
まるで録音したママの声を電話の向こうから流しているかのようだった。けど、一応は僕の事を気にしているんやと思っていた。
でも、家に宝石類まで無いというのは、2度とここには戻らないというママからの置き手紙のような気がした。きっと僕がいない昼間に戻って来て持っていったのだろう。雷鳥は引き続きクローゼットも開けてみた。
あるのはお父さんのスーツや服だけで、お母さんの物は1着も残って、いや、派手な下着が数枚あるだけだった。
やっぱりそうだ。ママは僕に会いたくないのだ。ママだけじゃない。パパもだ。
本当に僕の事が心配なら、家にはママさいないのだから、パパが様子を見に来てもおかしくないじゃないか。それすら無いのはやっぱりパパも僕には会いたくないのだろう。
やっぱり2人はもう2度とこの家に帰って来る気はなさそうだ。
そう思った雷鳥の頭に、一瞬、堀籠の顔が浮かんだ。その内、僕も堀籠のように施設に入れられてしまうのか。それは嫌だった。
何より、枯葉を集められないのが嫌だし、それだとあの夜出会った黒のパーカーを着て顔を黒くペイントしていた人影からもらったジッポライターを隠して置く事も出来ないかも知れないからだ。
そう思った雷鳥はオイルを買う事をおばさんに拒まれてから、すっかりジッポライターの事を忘れてしまっていた事に気がついた。
理科室で100円ライターを拾ったお陰で、枯葉やヒヨリのお父さんからの手紙、蟻やその他の昆虫、野良猫の尻尾や肉球など、色々な物を燃やす事に苦労しなかったせいだ。これじゃいけない。
早くオイルを買わないとダメやと雷鳥は思った。電気が止められたら最悪、枯葉を家の中に持ち込んで、焚き火をすればいい、煙たくなるかもだけど、寒い夜に外でするよりはマシだと思った。
雷鳥は随分と痩せてしまったその身体が弓弦に見つかる数日前に、雷鳥は弓弦やヒヨリ、堀籠に隠れてリサイクルショップに行った。
そしてお店の人に話をしたら今週末の日曜日に家に来て査定というものをしてくれるという事になった。
何を買い取ってくれるかわからないから、とりあえず電気代とゴミ袋を買えて、お米と食料品を貯め込めるくらいの金額に、そして余ったお金でジッポライターのオイルも買いたいなと雷鳥は思った。




