第八章 ④⑥
「やっぱ血脇君の側に来るとゾワゾワするわぁ」
4日ぶりに学校へ現れた堀籠朱音が教室に入ってくるなりランドセルを取りもせず雷鳥の左手の席に勝手に座ると、雷鳥と弓弦の2人へ向けて両腕を突き出した。
「恋じゃない?」
ヒヨリはニヤニヤしながら雷鳥の背中越しから顔を覗かせながら堀籠朱音へ向けて言った。
「うわっ。恋ですとな?怖い怖い」
と堀籠はいい両腕に出来た鳥肌を、一生懸命摩った。
あんな風に言うのは本当、弓弦に対して失礼だし怒っても良さそうなものだけど、堀籠の醸し出す変な子というキャラが手伝ってか、いつしか弓弦も弓弦で「ワシのどの辺まで近づいたら鳥肌が立つんや?」等と惚けたりたりもしだした。
堀籠は堀籠が微塵も悪気がないようで、平然と雷鳥とヒヨリを証人に立てて、その距離を測って弓弦に見せたりするようになっていた。
日によってその鳥肌が立つまでの距離が違うのも、又、興味深いものだった。距離が近い時なんか堀籠は弓弦に対して「今日、変な事した?」なんて尋ねるほどだった。
「何やその変な事って」
「目が見えない人と一緒に横断歩道を渡って上げたとか、オレオレ詐欺を未然に防いだとか、政治家の汚職事件の証拠を掴んだとか?」
「一個は有り得ん話やないけど、後の2つはなんや。んな事ワシに出来る訳が無かろうが。つか、堀籠、お前が言った事は全部ええ事やないか。それをなしてワシが対象になったら変な事になるんや」
「あ、そうやね。ごめんな。なら言い換えるわ」
「当然やで」
「血脇、あんたまさか良い事でもしたん?」
それを聞いてヒヨリは爆笑した。一体、堀籠の思考回路はどうなっているのだろうか。全く理解出来なかった。
まるで弓弦に近づくにつれ鳥肌が立つのは弓弦が悪い事をしているからであって、側まで来ないと出ない時は、それは弓弦が良い事をしたお陰で自分の腕の鳥羽も治まっているんよと言わんばかりだった。
当然、雷鳥や弓弦は、堀籠の言葉に驚き互いを見やった。堀籠が本気で言っているのはわかっていた。
実際、確かに鳥肌は立っているのだ。一度だけ、実験をした事がある。ヒヨリと雷鳥が下駄箱で堀籠と待ち合わせて2人一緒に教室へ入って来たのただ。
勿論、ヒヨリは堀籠の両腕から目を離さなかった。すると確かに弓弦に近づくにつれ鳥肌が出始めたのだ。
その時は教室の後ろのドアを開けた瞬間、一気に鳥肌が立ったのだが、正直驚いた。弓弦から距離を取れば確かに治まり、近くにいたら鳥肌は出ずっぱりだった。
つまり堀籠は授業中も鳥肌が出続けている事もあるというのがこの実験でわかった事だった。
全く出ない時もあるんよと堀籠が口にした時、一瞬だけ弓弦がホッとした表情を浮かべた時、雷鳥はホッとしたのだろうとは思わず、反対に弓弦には思い当たる事が
あるのではないかと考えたくらいだった。
だから堀籠が弓弦に対して突拍子もない事を言い出しても、皆んなは笑っていられたのだ。
「何かのアレルギーなどの理由も考えられるかもね」
とヒヨリが言うと、
「それなら、ワシらだって鳥肌が立つやろ?」
「そうとは限らないよ」
ヒヨリは知っている限りのアレルギー体質の話をした。ナッツ、蕎麦、埃などだ。花粉だって似たようなものだろう。だとしても鳥肌が立つというアレルギーなんて聞いた事がない。
寒い時や驚いた後や、怖い思いをした時に鳥肌は立つものだから、アレルギー体質にこじつけるには無理があるようだった。それでも弓弦に近寄れば必ず鳥肌が立つだけであって、皆は堀籠の体調を気にし始めた。
散々、鳥肌が立っているのを見て来たけど、どうやら堀籠の身体に影響を及ぼすような事はなかったようだ。
それで安心したのか、雷鳥達は今日の鳥肌と銘打って毎朝、堀籠の鳥肌を確かめあった。それはいつしか朝礼前の恒例行事のようなものになっていった。
だから堀籠が休まない限り、朝一から鳥肌を見せられた弓弦も、又か?というような顔をしながらも、堀籠が学校に来るのを楽しみにしているようだった。
そんな堀籠朱音だったが、何故、学校を休みがちなのか誰も知らなかった。モデルの仕事のせいなのかもしれないし、その他の事が原因なのかも知れなかった。
この頃になるとヒヨリと朱音は良く話すようになっていた。たまに堀籠の席で給食を食べる時もあった。
勿論、それまで一緒に食べていた女子には最新のファッションの事を聞いてくると言う理由を付け加える事も忘れなかった。
「あの子達、何かしら理由がないと私が朱音と一緒に給食を食べることに良い顔しないんだもん」
「なんやそれ。女子って面倒やな」
「そうだよ。女子って自分以外は頭に来るほど面倒だって思ってるもん」
「堀籠の事もか?」
「んー朱音は面倒とは違うかなぁ」
「なら何?」
遅れて歩いている雷鳥が背後からそう言った。
「面倒というか、呆れるって感じ。わかるかな?」
雷鳥と弓弦は頷いた。
堀籠朱音は変な本が好きだ。変というのはそれが幽霊に関わる話が殆どだからだ。
一度、雷鳥が幽霊って本当にいるのかな?っと聞いた途端、堀籠は雷鳥の両手を取り、強く握った後で雷鳥の目を覗き込むように見返しながら「おるよ」と言った。
そんな堀籠の態度に雷鳥は思わず身じろいだ。
雷鳥は別に幽霊がいるという事にビビった訳ではなく、堀籠の熱意と真剣さに気圧されたのだった。
「ほんまよ」
「そ、そうなんや」
堀籠は返事をする訳でもなく、頷く事でそれを答えとした。
「朱音は見た事あるの?」
この時のヒヨリはまだ知らなかった。堀籠が幽霊を見た事があると言った話を朱音がいない所で弓弦や雷鳥に話していた事を。
だから何気なくヒヨリは聞いただけだったのだが、そのせいで、堀籠は話す相手を雷鳥からヒヨリに変えて昼休みが終わるまで幽霊の話をし続けた。
施設の人間が心霊スポットへ行ってせいで、幽霊に呪われて酷い目に遭った事も忘れずに早口で捲し立てた。
そんな堀籠だからヒヨリのいう呆れるというのはまさに的を得た答えだった。
雷鳥も弓弦も身体の前で腕を組み、じじ臭い仕草でうんうんと何度も頷いて見せた。




