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爆ぜる  作者: 変汁
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第八章 ④④

「少なからず私はつい先程、演説している姿を拝見させて頂きました。僅かな時間でしたが、その時間で私が感じた事を踏まえて言えば……」


「言えば?」


「生きていてよいとは思えませんでした。それが私の正直な気持ちです。じっくり話し合った訳でも、葉の雫という団体が一体、何をし、何処を目指しているのかも、そのような教義も私は知りません。つまり私は直感的にお婆さんの娘の事を毛嫌いしました。直感が全て正しいとは言いませんが、私の場合、概ね正しい結果が出る事が多いのも確かです。ですから私の返答にお婆さんが気分を害したのであれば、先に謝罪させて頂きます。申し訳ありません。ですが私の意見を知りたがったのはお婆さんの方です。そこの所は重々承知した上で私に意見を求めたのですよね?」


「勿論そうです。なので謝罪などしないでください。私が貴女に意見を聞きたいと尋ねたから、貴女は貴女の意見を言った迄の事。なので気分を害したりはしておりません」


お婆さんの返答に私はホッとはしなかった。

当たり前だ。私は私の気持ちに正直に従ったに過ぎない。謝罪に関しても本心ではない。


素敵なお婆さんだったから、出来るなら傷つけたくはないと思い、建前で言ったに過ぎなかった。


「なら私からも尋ねますが、娘である田浦寿子さんは生きていて良いと思いますか?」


意地悪だとわかった上で私は尋ねた。他人に聞くという事は反対に問われる事も厭わない筈だ。


そうでなければ、突拍子もない事を見ず知らずの私なんかに聞けるわけがない。


「娘は生きていてはいけないと私は思います。世間に迷惑をかけているとか、そのような理由で私は言っているのではありません。娘の事は愛しております。私は娘がまだ小学生の頃に主人を病気で亡くしまして、それからは2人力を合わせて生きて来ました。時代でしょうか。母子家庭の子はそれは冷ややかな目を向けられたものです。主人がいないというだけで娘にも随分辛い思いをさせました。ですが娘は私の前ではその事を愚痴る事は1度もありませんでした。幾度となく夜な夜な布団に潜り泣いている娘を私は知っています。きっと学校で父親がいない事を揶揄われたのか、いじめられたに違いないと思った私は、その時、私は娘と2人で世間が羨む程、幸せになってやると誓いました。そしてそれは叶いました。今でいうタワマンに住むとか外車を何台も所有し、松濤や三軒茶屋、目黒のような一等地に豪邸を持っているといった世間が羨む程の幸せは手にする事は出来ませんでしたが、それでも私達親子は歯を食いしばり力を合わせてここまで頑張って来ました。生き抜いて来たと言っても良いくらいです。勿論、この歳になるまで、娘は私以上に悔しい思いをしたと思います。能力があっても女だからと言上理由で男性と同じ立場で働く事は許されない時代でしたし、当時はまだ私も若かったので主人がいない事に漬け込み言い寄って来る男性も相当数いました。お恥ずかしいながら、お金で一晩を過ごした男性もいます。それもこれも生きて行く為でした。娘だけおやつがない、お弁当におかずがない、そんな事で他人から冷やかしを受ける理由などあってはなりません。なので私はどんな事をしてでも娘にひもじい思いはさせまいと必死に社会にしがみついて来ました。口には出さなくとも私が頑張っている姿を娘も見てくれていたと思います。そんなある日、職場で仲良くなった友人からお見合いをしたらどうか?言われました。私は断りました。例えお見合い相手がとても素晴らしい方だとしても、2度と結婚するつもりはありませんでした。娘も多感な時期でしたし、そんな中で、私だけ主人を得るような真似はしたくありませんでした。娘から見たら全くの赤の他人の男性を実の母親は貴方と呼んでいるのを聞きたいと思いますか?絶対に思いません。勿論、平気な方もいらっしゃるでしょう。ですが子供という存在は本心を隠す生き物です。だから私は実の親てまない他人をパパとかお父さんなどと呼ぶような子供はきっとそうする方が自分が得すると思っているに違いありません。絶対にそうに違いないのです。貴女だって言えないでしょう?」


「どうですかね。その立場になった事はないので良くわかりません」


ヒヨリはいい、私の部屋で裸で首を吊った母親の事を思い出した。


あれは間違いなく父親の犯行に違いない。今からではどうにも出来ないが、あの父親の恍惚とした表情を見た私だからこそ、母親の首吊りは父親の犯行だと断言出来る。


ヒヨリはさも苦労して生きて来た自分達親子を美しく語り出したお婆さんに少しずつ苛つき始めていた。


もし、私が母親の事を言ったらこの人はどう思うのだろうか。何と返すのだろうか。聞いてみたい気持ちもあったが、そんなものは誰得だって話だ?だから言わないでいた。



「でしょうね。無理もありません」


この言葉が私に対し決定的な仕事をした。目白はとっくに通過したが、もう付き合っていられない。次の駅で降りようとヒヨリは決めた。


「娘が葉の雫を設立すると言った時、私は反対しました。娘の旦那が癌で亡くなって49日の法要も済んでいない時にそのような突拍子もない事を言い出したものですから、反対もします。ですが胸は聞き入れませんでした。翌日、私に置き手紙を残し家を出て行ったのです。それからは一度も連絡はありません。住んでいる場所も私は知らないのです。ですが最近になり世間で話題になったでしょう?そのお陰で私は娘が生きている事を知る事が出来ました。住んでいる場所まではわかりませんが、時々、インターネットを見て演説をする場所を調べ娘の姿を確認しております」


このお婆さんもあの演説を見ていたというのか。ならきっと一般の人と揉めているのも見たのだろう。それを見てどう思ったのかヒヨリは知りたかった。だからもう少しだけ話をしようと思った。ヒヨリがその旨を尋ねるとお婆さんは言った。


「あの文句を言っていた人が、娘を刺し殺さないかと思いながら見ておりました」


「え?」


「驚くような事はないでしょう?私は言いましたよね?娘には死んで欲しいと」


「ええ、確かにそうですね」


「ですが、娘は刺し殺されませんでした。揉めた方も意気地がないですね。揉めるなら生命を奪るくらいの覚悟を持って欲しいものです」


「あの、すいません、ちょっと良いですか?」


「ええ」


「何故、自分の娘なのに殺されて欲しい等と思うんですか?」


「あの子は家を出る時に置いていった手紙に書いておりました。私のせいで散々恥ずかしい目に遭って来たと。売女な母親からようやく離れられると思うと気分が良いと。ええ。きっと今貴女の考えている通りですよ。娘は私が生活の為に仕方なく身体を売った事を恥じていたのです。私の気持ちなど知らずによりによって売女などと母親の事を呼ぶなんて私は許せません。その事が何故か学校で噂になり虐められた事もあったようです。

きっと娘と同級生か、もしくは教師の中に私を買った人がいたのかも知れません。手紙を読むまでそんな事があった等知りませんでした。知っていれば辞めていたかも知れません。出来なければ他の街へ引っ越ししていたでしょう。ですが私は気づかなかったのです。私がしていた事は犯罪で違いありません。売春ですからね。ですが私は好きで身体を売っていた訳ではないのです。娘を幸せにしたい一心で、身体を売ってでも不憫な思いをさせたくなかった。なのに娘は私を売女呼ばわりしました。そんな子供に育てた覚えはありませんでしたが、胸は良い大人になり、私は1人では生きて行けなくなる年齢に近くなりつつありました。娘は仕事もあり、生活には何の苦労もありませんでした。きっと私が動けなくなるのを待っていたのでしょう。ですがお陰様で私はまだまだ健康ですし、年齢の割には足腰もしっかりしております。それを見て、娘は諦めたのでしょう。本当であれば私が寝たきりになった時点で家出をする計画を立てていました。そのように置き手紙に書かれておりましたから」


「それはお辛いですね」


「ええ。愛娘から売女呼ばわりされる謂れはありません」


そうかも知れないが、娘はそのせいで虐められたのだ。下手したらこのお婆さんを買った男に性的な嫌がらせを受けた可能性だって無いとは言えないのではないか。


もしそうならきっと置き手紙に書いた筈だ。ヒヨリがその事を突っ込んで話そうとした時、お婆さんは遮るように言った。


「娘を、いえ、葉の雫の代表である田浦寿子を私の代わりに貴女、殺してくださらない?」


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