第八章 ④③
「お婆さんは私が会員だと思って話しかけて来られたのでしょうか?それはもし私が会員だとしたら、お婆さん自身が葉の雫に入りたくて、私に紹介して欲しいと考えたからですか?それとも反対に葉の雫という団体に私が入っているのなら辞めさせようとして私に声をかけて来られたのでしょうか?」
「どちらでもないわ」
「では何故?」
「貴女のような若い方から見た葉の雫の代表の女性の印象を聞きたかったの」
「代表の、ですか?」
「ええ」
「その方って……」
ヒヨリは一旦、折り畳んだビラを広げて見せた。
先程、演説をしていたおばさんの右上端に顔写真が掲載されてある。名前は田浦寿子とあった。
ヒヨリは顔写真を指差した。
「ええ。この女性」
「正直言っていいですか?」
「勿論」
「私、さっき演説を見たといいましたけど、実はその演説中に、一般の人と葉の雫のメンバーが何やら揉めていました。互いに掴み合って罵り合っていました。私は偶々その場面に直面したのですが、その時、この田浦寿子という女性は揉めているメンバー達を止めるでもなく、壇上の上に立ったまま、私に向かって微笑みかけて来ました。目の前でそんな事が起きているのをまるで他人事のように捉えているようで、少し怖かったです」
勿論、怖かったというのは嘘だった。
印象操作というのだろうか。葉の雫の噂は良い物でないらしいから、ヒヨリはわざと噂に近い風を装いお婆さんに話してみせた。
「そうですか。確かにそのような状況で代表である寿子が止めに入らないというのはいただけません」
「私もそう思います」
即答した後でヒヨリはお婆さんが田浦寿子を下の名前で呼んだ事が引っかかった。
まさかこのお婆さんは田浦寿子の母親なのではないだろうか?そのような考えが頭を過った。
そんなヒヨリのちょっとした表情の変化を読み解いたのかお婆さんは穏やかに微笑んだ。
「恐らく今、貴女が思った事は正しいのでないかしら」
ヒヨリは一旦、咳払いをした。
「まさか。本当に葉の雫の代表のお母様ですか?」
「ええ。そうです」
このお婆さんの言っている事が本当だとしたら、私に話しかけて来た事も納得が行く。
けれどお婆さんは私が問うた2つの事を否定した。
ならば何故、私に話しかけて来たのだろう?単なる娘自慢の為か?言葉使いや居住まいを見る限りそのような事をするような人には見えなかった。
それに葉の雫の噂は決して良い物とは言えない。そんな嘘が世間に広まっている中で、ましてや電車の中で娘自慢なんてする筈がない。
一般社会的に倣えば否定するのではなかろうか。
けれどこのお婆さんはそうはしなかった。周りに聞こえないような小声で話しかけて来たわけでもなかった。
堂々と私に聞いて来たのだ。ヒヨリはその理由が知りたかった。俄然、興味が惹かれた。
このままでは目白で降りる予定を繰り越ししなければいけないかも知れない。声をかけて来た理由を聞くまで下車出来る筈もなかった。
「なら、どう言った理由ででしょうか」
「そうね。余り良い言い方とは言えませんが貴女から見た葉の雫の代表である田浦寿子は、今のこの世の中で生きていて良い人間でしょうか?」
確かにお婆さんの言うように良い言い方ではなかった。見ず知らずの女の私にお腹を痛め産み、恐らくは溺愛して育てたと思われる愛娘の事をその存在がこの世の中に在って良いのかなんて、普通は聞けやしない。
何故なら真っ当な家庭で育っているのであれば、そんな考えには至らないからだ。
だが私や雷鳥のように親に対し、死ねば?と思う子供は星の数より多い筈だ。勿論、そう思う子供の気持ちには突発的なものと永続的な違いはあるが、それでも親の方から他人へ向けて娘の生命の是非を問うなんてあり得ない話だ。
そう言えるお婆さんも凄いが、もし私が葉の雫の噂を妄信するようなタイプの人間だとしたら、このお婆さんはどうするのだろうか。
生きていてはいけないと思います。被害者家族が可哀想です。一刻も早く親御さんの所へ子供達を返し組織は解散するべきです。そうすれば私を含め、死んでいなくなれと思う人は少なくなる筈です。当然、ゼロにはなりませんよ。だってそうでしょ?僅か数ヶ月、数年かも知れませんが、家族の反対を押し切って葉の雫のメンバーとなり、日々、新たなメンバーの勧誘の為に街頭で演説をしたりするなんて、家族や親戚からしたら、恥晒しもいいところですよ。でも続けるというのでしたら、田浦寿子はこの世の中にいてはいけない人だと思います。ええ。葉の雫よりも悪質な団体もあるでしょうね。けれど今話をしているのは他の団体の事ではありませんよね?今、世間でそれなりに話題になっているのは他の団体ではなく葉の雫なんですよ?わかっていますか?話題になるって事は全てとは言いませんが、良からぬ事があるからじゃないですか?火のない所に煙は立たないと言うじゃありませんか?つまり私から言わせれば、田浦寿子もそのメンバーも碌な人間ではないと思いますね……
こんな風に言われる可能性も考えずにお婆さんは、純粋に私に田浦寿子の存在意義を聞きたかったのかも知れない。
でなければ娘の事を公共の場で聞ける筈がなかった。
車両の中には葉の雫に対し反感を持っている人だっていないとは限らないのだ。




