第八章 ④②
どさくさに紛れて取って来た葉の雫のビラを電車の座席に座りながら目を通していると、
「貴女、葉の雫の方?」といきなり声をかけられた。
ヒヨリはビラを手に持ったまま、顔を上げた。正面に立っているのは70代後半と思われるお婆さんだった。
「いえ。違います」
「そうなのね」
「どういう意味でしょうか?」
お婆さんはヒヨリの問いに答える事なく、
「隣、良いかしら?」
と座席を指差した。
「ご自由にどうぞ。指定席じゃありませんから私に断る必要はないですよ」
「それもそうね」
お婆さんは笑みを浮かべそういった。
「では遠慮なく」
お婆さんは薄いピンク色のベレー帽を被り、両手にはグレーの手袋をしていた。
両の足に置いた茶系のバッグは所々、傷んでいた。
きっとこの人はこのバッグがお気に入りで長年使用しているのだろう。
歳の割には座った姿勢もよく、ヒヨリに良い家柄の人なんだろうなと思わせた。
実際、そんな事はないかも知れないが、化粧は濃くなく、歳を取ると陥りがちな思わず顔をしかめたくなる程の強い香りの香水もつけていない。
座るまでの一連の所作を思うと歳を取る事を全く恥じていないようにも感じられた。その姿がヒヨリに良い印象を与えた。
「葉の雫をご存知なのですか?」
「ええ」
お婆さんはヒヨリの目を見ながらそう言った。
「有名なんですか?」
「どうでしょう。私より若い方の方がご存知ではなくて?」
「いえ。私は今し方、噂を耳に挟んだ程度です。どうやら会員の方は若い人が多いようですね。さっき駅前で演説をやっていたのですが、その時、このビラを配っていた人達も若い人ばかりでした」
「あらそうなのね。私はてっきり貴女は会員の方だと思い、つい声をかけてしまって。なんだかごめんなさい」
「いえ、全然大丈夫です。気にしないでください」
「ありがとう」
「あの、1つ聞いても良いですか?」
「遠慮なんてしなくて構わないわ」
「なら」
とヒヨリはいい姿勢を正した。
「どうして私が葉の雫の会員だと思われたのでしょうか?普通、ビラを持っていたら、手渡されたか、勧誘を受けたのかな?と思うと思うんです。会員の方がビラなど持ったりしないでしょうから。勿論、街頭演説でこのビラは配られた訳ですから、一概にビラを見てるだけの私が会員ではないとも言いかねますが、先程、お婆さんの、あ、失礼な言い方してごめんなさい」
「いいのよ。実際、お婆さんですもの」
お婆さんはそういい微笑んだ。
目尻や口元に出来た多くの皺は決して醜いものではなかった。
弛んだ頬もむしろヒヨリにこんな風な歳の取り方をしたいなと思わせた程だった。




