第七章 ③⑨
綺麗な顔をしていた。その表情には1つも陰鬱な所はなく、爽やかで清々しい、晴れやかな笑顔だった。
昨日の夕方、河原の雑草の陰で裸にされあちこち殴られ蹴られていた生徒と同一人物だとさ到底思えなかった。
冴木守親を見かけたのは3時間目が終わってトイレに行った帰りだった。
冴木守親は昨日、自分の腹を散々蹴っていた金木真弘と教室の中で戯れあっていた。
教室の廊下側の窓ガラスを通してみる冴木守親の表情はとても楽しげで仲の良い親友と遊べている事が心底嬉しいというような、そんな表情を浮かべていた。
冬の到来が近いせいか、首筋や頬がほんのりと赤く染まっている。
そんな2人をベランダ側の1番後ろの席で柔和な笑みを湛えて眺めている生徒がいた。
確か、古里と言ったか。弓弦はその生徒の下の名前は知らなかった。
この3人は同じクラスなのか?と、気づいたら足を止め教室内を見入っていた弓弦の背中がいきなり突き飛ばされた。
つんのめり、転びそうになるのを何とか踏ん張ると突き飛ばされた後ろ側へ視線を移した。
「怖い怖い。弓弦、その目はマジ怖いから」
自分を突き飛ばしたのはどうやらヒヨリのようだった。
「クラスの中でそんな目してたら、もっと人が近寄らなくなるよ?」
「元から誰も近寄っとらんわ」
「ま、それもそうだったね」
ヒヨリはいい、弓弦にさっきはごめんね?と顔の前で両手を合わせた。
片目だけ閉じてはいるけど、もう片方の目はしっかり弓弦を見据えていた。
明らかに反省など感じられない目だったが、弓弦はそんなヒヨリの表情が嫌いではなかった。
邪悪とまではいかないけど、ヒヨリの表情や仕草は小悪魔的でどうしても憎めなかった。
突き飛ばされた事は驚いたし、イラッとした。けど、これをやられると何故かヒヨリを怒る事が出来なかった。
「ええよ」
弓弦が言うと、ヒヨリは満面な笑みを浮かべて弓弦の肩に手を回した。
「あれ?ひょっとして弓弦、背伸びた?」
「どうやろ。測っとらんしようわからん」
「何か伸びた気がするんだよね」
その理由としては肩に手を回した時の高さにあるようだった。
違和感を感じる前までは平行に手を伸ばせていたらしいのだが、今は少し高く感じるそうだった。
昨日や一昨日だって同じ事したやろ?と返した弓弦だったが、ヒヨリは肩に手を回した記憶はないと言う。
「ま、あれや。その内、ワシと雷鳥が身長伸びてワシらの肩に両手を回そうとする時には、ヒヨリ椅子に上らんといけんようになるで」
笑いながら弓弦が言った。
「それって私がこれ以上背が伸びないみたいじゃん?」
「そうやないって。ワシと雷鳥は190センチ近くまで伸びるからな」
「そうなったら椅子いるかもだけどさ。弓弦のお父さん身長何センチよ?」
「160ちょいやないかなぁ」
「お母さんはお父さんより小さい?」
「うん。小さいな」
「なら私が椅子を使う事は一生ないな」
ヒヨリはいい弓弦の肩に回した手で、弓弦の肩をポンポンと叩いた。
「落ち込まなくていいから。人の偉さは身長では決まらないからさ」
ヒヨリは弓弦を慰めているのか、イジっているのか、わからなかった。けどきっとその両方なのだろう。
「てかさ。弓弦」
自分達の教室へ向かい歩き出すとヒヨリが言った。
「あいつのクラスに何か用事でもあった?」
ヒヨリのいうあいとは金木の事で間違いない。
金木はワシらがいる前でヒヨリにこっぴどくフラれた。ウザいとも言われた筈だ。
それ以来、うちのクラスに顔を出す事はなくなった。それを一部の生徒は喜び、反対に一部の女子からは反感を買っていた。
自分の事を棚に上げていうのもなんだけど、ヒヨリの言うように金木はイケメンでもフツメンでもない。
どちらかといえばブサメンの部類に入る。けど面白いという理由で一部の女子のウケは良かったのだ。
そのウケの良い女子からヒヨリは嫌われている。それを話すとヒヨリは平然と「そんな知ってるよ」と返した後、言葉を継いだ。
「ま、その前から嫌われてたし。だって私って関東出身でオシャレで可愛いじゃん?そりゃ四国の女子からしたら、私に対して嫉妬心しか生まれないわけ。わかってる。うん。そんな事はわかってるし、私に対する気持ちも痛いほどよくわかるからさ。だから嫌われても平気だよ」
ヒヨリの言った言葉が本心なのかどうか弓弦にはわかりかねた。
けど、きっと違う気が弓弦にはしていた。
そうでなければ、一部以外からヒヨリちゃんヒヨリちゃんって話しかけられる筈がないからだ。
そのような言い方をするのは、ヒヨリ自身、関東にいる頃、容姿に関して嫌な事でもあったのかも知れない。
「あ、いや、得にないで」
「なら、何でジッと教室の中、見てたのよ?」
「アイツら楽しそうにはしゃいでるなぁって思ったからや」
「私には楽しそうには見えないけどね」
「そうなんか?なんでや」
「アイツら、この間、河原で誰かを虐めてたんだよ」
「そうなんか?」
弓弦は少しびっくりした感じを装った。
「いつの事や?」
弓弦はわかっていながら、知らない振りをした。
ヒヨリは正解にあの日の日付を答えた。
「弓弦も雷鳥も私と一緒にいたじゃん。手紙焼いてる時からうるさかったんだよ。弓弦、気づかなかった?」
「うん。気づかんかったわ」
当然、嘘だった。
「アイツら、人気者で通ってるけど、陰じゃ誰かを虐めてるんだよ。だから、弓弦、アイツらとは絶対に仲良くしない方が良いからね?」
「お。おう。ま、そんな気はないけど、わかったわ」




