第七章 ③④
2人から離れるには最高のタイミングだった。
耳鳴りはヒヨリが手紙を燃やし尽くした頃から始まっていた。この感じなら家まで持つと思い、2人の前で生き物を探す事はしなかった。それが思いの外、遅くなり耳鳴りも酷くなり始めていた。
その時、会話の流れからタイミングよくヒヨリが弓弦を殴る真似をした。自分1人だけ先に帰るには最高のタイミングだった。
ヒヨリの行為を帰るきっかけにすればいい。そう感じた弓弦は2人を置いて駆け出した。手を振る2人を見た後、弓弦は少しばかり走った。その間も耳鳴りは大きくなり続けていた。家につく頃にはほぼ最大値の耳鳴りに近かったと思う。完全に自分を見失う前に生き物を捕らえ焼き殺さなければならない。ましてや爺ちゃんや婆ちゃんがいる家の中で錯乱状態のような姿を見せるわけにはいかなかった。もしそのような自分の前に2人が現れでもしたら……考えるだけでゾッとした。
訳もわからぬ衝動にかられ暴れる自分は何をしでかすかわからない。下手すると爺ちゃんか婆ちゃんのどちらかを殺してしまう可能性だってあるのだ。それだけはなんとしても避けたかった。
弓弦はどちらかというと、爺ちゃん婆ちゃんっ子だった。普通は爺ちゃんっ子とか、婆ちゃんっ子てなるのだろうが、弓弦の場合は違っていた。
どちらからにも甘やかされ、どちらにも甘えた。勿論、悪戯が過ぎたり、いけない事をしたりしたらこっびどく叱られた。幾ら弓弦が孫だからと言っても、その辺りの事は2人は絶対に曖昧にしなかった。それが良かったのだろう。弓弦は素直で良い子に育った。というのは外側から見られた意見だ。特に女王蜂を焼き殺した後と前では、弓弦はまるで別人のようにその内面は大きく変化していた。
最近まで深い眠りの檻の中にいた別な自分が、その隔絶されていた檻から解き放たれたかのように生き物を焼く事に喜びと高揚を感じ取り始めていた。
勿論、それが出来なけれ弓弦は我を失う羽目になり見境なく暴れまわってしまうのだから、やもえないと言えばそうなのかもしれない。
それに弓弦はまだ子供だから良いがこれから大人になるにつれ変な知恵もつけば、悪事を囁いてくる輩なども増える筈だ。そんな奴等に関わり合わない為にも付き合う人間は自分のこの目で選別しなければならなかった。そんな弓弦のお目にかかったのが雷鳥とヒヨリの2人という事になるのだろう。
勿論、女王蜂を焼き殺した後に起きたあの不可解な耳鳴りのせいで、より強くそう思うようになったのは確かだった。見境なく暴れ出してしまうような自分を見たら、誰一人友達になりたいなんて思わない筈だ。
けど、弓弦はあの2人なら自分が侵されているこの病を受け入れてくれるような気がした。話をするのはまだ抵抗があるから、言えずにいるが、
弓弦は出来るだけ早く打ち明けようと考えていた。
何故、雷鳥とヒヨリならこ病を受け入れてくれると思ったのかと言えば、あの2人は、何かを燃やすという行為に抵抗すら感じていないからだ。
そこに生き物を加えるだけで自分の発作的な行動を止める事が出来る。ヒヨリは女子だから生き物を焼き殺すという行為に抵抗を感じるかもしれないが、もしそうなら最悪な自分の姿を曝け出すしかない。それでも駄目ならヒヨリとの友達ちゃん付き合いは諦めるだけだ。
それに弓弦は未だ逮捕に至っていないこの町に身を潜めている放火魔に憧れ始めているなんて話を出来るのは、雷鳥とヒヨリくらいなものだろう。だって自分達は燃やすという行為とそれに必要な絶対的な力を持っている炎で繋がっているのだから。たかが100円ライターの小さな火であってもその力は絶大だ。風雨や消化作業さえされなければ、その炎はより大きくなる。周囲に燃える物さあえあれば、その炎は永遠に燻る事も消える事もない。人が朝が来たら目が覚めるように、炎は当たり前のように全てを燃やし尽くしてくれる。
2人にこんな話をすればドン引きされるかもしれないが、いつかは話したかった。引かれる覚悟もしている。だとしても、自分はいつその気持ちを2人に話すだろうか。今ではないのは確かな気がした。だから、その話をする時期がいつになるかは弓弦にさえわからなかった。
にしても木下達には虫唾が走った。リーダー格の男子、何ていったか。あぁ。そうだ。冴木守親だ。数ヶ月前までは奴を中心としていた6人グループだったが、1人火事で焼け死に、今は5人となっているが、その5人の中で何やら問題が起きているらしい。
裸にされ殴られていたのは、顔触れからしてどうやらリーダー格の冴木守親に違いなかった。
正直、それにはびっくりした。今日だって、学校の昼休みに木下と仲良くはしゃいでいる姿を目撃していた。
その木下が裸の冴木を蹴り続けている姿は、虫唾が走った。勿論、木下に蹴られている奴の顔をハッキリと見た訳ではないからやられているのが冴木だと断定するには早すぎるけど、それでも弓弦はそれが冴木だと自信を持って言えた。
何故なら、仲間の1人が焼け死んだ後、アイツらのグループの1人1人の雰囲気が変わったし、それにアイツらが誰かを虐めるというのは今までなかった事だから。となれば虐められているのはグループの外の生徒とは弓弦には思えなかったのだ。
冴木が虐めに遭おうが、それによってどうなろう
が弓弦には関係はない。けど、1人に対して4人がかりというのは気分が悪かった。
おまけにそいつは仲間の筈だ。アイツらの中で何が起きて、拗れたかは知らないけど、どうにも気分の良いものではなかった。
だとしてもアイツらと関わるつもりもない。後々、面倒な事になるのは目に見えていたからだ。
わざわざ自ら関わりに行きアイツらに振り回されてたまるものか。漠然とした未来の自分の姿に弓弦は唾を吐きつけたくなった。これから先の人生に自分の前に再びアイツらのような連中が現れないとも限らない。そんな風に考えるだけで、憂鬱になりそうだった。
ただ、懸念があるとすれば、やはり耳鳴りの事だった。それを抑える為に弓弦は生き物を殺さなければならない。
コントロール出来ない自分を抑える為に、生き物を殺しはするが、だからと言ってそれをいつまで続けなければいけないのか。
弓弦は自宅を前にして、やはり一度は病院で診察するべきなのかもしれないと思った。




