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爆ぜる  作者: 変汁
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第六章 ③①

口癖は「死ねば?」だった。


私が物心ついた頃から家中でのお父さんの口癖がそれだったと記憶している。


その言葉はお母さんに向けられていたのは私にもわかっていた。


けどごく稀にお父さんは私に向かっても「死んだ方がいいぞ?」という時もあった。


また幼かったせいもあり、死ぬという概念がまだなかった私はお父さんの言っている意味が良くわからなかった。


けど、私に向かって死んだ方がいいぞ?と言ったお父さんに対し、その時ばかりはお母さんが劣化の如く怒っていたのは憶えている。


けど、その後は決まっていつもの音がリビングに響いた。


その音が1回、2回と響く時、私のお腹の中がブルブルと震え、尿意を覚えた。


精神的にも不安を煽られたが、私がその場から動けずにいると決まってリビングの床に倒れたままのお母さんが私にトイレに行きなさいと怒鳴った。


私は震えるお腹を押さえながらトイレへと駆け込んだ。鍵を閉めるのも忘れなかった。


私はトイレのドアに耳を押し付け、まだまだ増え続けるあの音を数えた。


1回音が増える度、お母さんの金切り声がお父さんへ向けられる。


向けられたお父さんはそれに対する返事はしなかった。数秒後に再び、あの音がリビングに響くだけだった。


その日の夜は私が憶えている限り11回だった。


それ以降はお母さんの声も聞こえなくなった。


そしてしばらくしてからトイレのドアがノックされた。


このノックの音がしたら、私は決まって鍵を開けた。


ノックに従うしか私には出来なかった。1度鍵を開けなかった時、カナヅチでドアが叩き壊されたからだ。


その事が起きて以来、私はお母さんにお願いされ、ノックをされたら鍵を開けて外に出るようになった。


そうしなさいとお母さんに強く言われたからだった。


理由は、更に新たな怒りのスイッチを入れさせない為だ。


私がトイレのドアを開けなかったあの日、壊されたドアから引きずり出された私は、リビングの床にうつ伏せ身体をヒクヒクと動かしているお母さんの側へ突き飛ばされた直ぐ後、私はあの音を私の耳の側で聞いた。


凄まじい音と痛み、そして強い衝撃により、恐らく私は数メートルは吹っ飛んだ筈だ。


その衝撃のせいで私の耳は半月くらい耳鳴りが治らなかった。


あの夜から何年過ぎただろう。


私が四国に転校して1カ月も経たない内に、お母さんは私の部屋で首を吊って死んだ。


見つけたのは私だった。と、最初は思った。けど、実はそうではなかった。


弛緩した裸のお母さんの身体の前に、胡座をかき、飛び出した両目やだらし無くヨダレを垂らすお母さんの死に顔をお父さんは目を輝かせながら見上げていたのだった。


最初、私は何が起きているのか分からず、「お母さん?」と呼んだ。返事はなかった。


嫌な予感がした私はベッドライトをつけた。お母さんは素っ裸のまま私の部屋の天井の梁に打ち付けられた無数の曲がった太い釘にロープを巻きつけ、てるてる坊主のように吊られていた。


足下にはブルーシートが敷かれ、そこにはお母さんの足を伝い糞尿が垂れ落ちていた。


しばらくの間、その光景から目が離せなかった。


ふと視界の隅で何かが動いたような気がした。


ベッドライトをつけたせいで、その動いた何かが、私には直ぐ理解が出来た。


お父さんだった。


「ヒヨリの部屋を汚したら悪いからね」


お父さんは私の視線に気がつくと、まるで、今目の前にある惨たらしい光景が、さも自分の手柄と言わんばかりに、私に微笑みかけた。


その微笑みを見た瞬間から、私はお父さん、いやこの男と口を聞く事はやめようと思った。


当然、それをやり続けられるとは考えてもいなかった。いつかは無視し続ける私にキレて、お母さんにしたような事を私にもやるだろう事は容易に想像出来た。


それでも私は出来る限り、お父さんには近づくべきではないと思った。


あからさまな無視という態度を取る私は、勿論、お父さんの存在に心底怯えていたし恐れてもいた。


だから余計に近づいたらいけない、無視し続けないといけないと半ば強迫観念と言えるほどの頑なな何かが私の中で渦巻いていた。


私は小学生で、後、数年はお父さんの財力に頼らざる負えない事もわかっていた。


それは心底苦痛ではあったけれど、人1人の平均的な人生の年数を考えると、私がお父さんの存在を無視するのは僅か数年に過ぎない。


たったその数年ね我慢だ。と、私はひたすら自分に言い聞かせた。


勿論、その数年の間に、私が死なないとは限らない事も、当時の私はちゃんと理解していた。


だから部屋のドアの向こうから甘い声で私に赦しを乞いながら、手紙を入れて来るお父さんの書いた便箋を見る度、私はあの日の夜、裸で首を吊ったお母さんの姿を眺めているお父さんのねっとりとした笑みを思い出さずにはいられなかった。


その表情を頭から振り払おうとして私はイヤホンから流れる音楽のボリュームを上げるのだった。


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