第六章 ③⓪
部屋のドアの下から入れられた手紙は絶対に開封しなかった。
そして毎夜、お父さんから入れられる手紙が溜まると血脇弓弦と雷鳥と連れ立って学校が終わった後、河原へ行き、そこで燃やした。
ライターは雷鳥から借りた。
「中は見んでええん?」
受け取ったライターを手にした私を見て雷鳥がそのように聞いて来た。
私は雷鳥の問いに黙って頷いた。
この手紙の中にどんな事が書かれてあっても私には関係ない。
毎晩こんな手紙を入れて来るのはお父さんなりに私を気遣っているつもりなのだろうけど、本当の所はそれはただの素振りにしか思えなかった。
今後、お母さんのいないこの家で2人で暮らして行かなければならないのだから話し合いをする事は、お父さんにとってはかなり重要な事らしい。お父さんにとっては。
そんなお父さんは、私に合わせる顔がない事くらいわかっている筈だった。
だから私も出来る限り、お父さんとは鉢合わせないよう行動する事を心掛けた。
けれど家の中にいたら、少なからず嫌でも鉢合わせる事がある。
当然のように私はお父さんを無視し続けた。
お父さんは私の姿を見つけると、何か言いかけて止めた。
その時のお父さんの顔といったらなかった。
苦虫を噛み潰すという言葉の通り、お父さんは私に対し微かだが憎しみを帯びた眼差しを向けていた。
その視線は痛いほど私に突き刺さった。
私の全身をくまなく刺し貫く程の激しい視線はいつしか床へ向かいやがてテレビへと向けられる。
そんなお父さんを私は雰囲気で感じ取り、構わずに目の前を素通りした。
私は私で、お父さんを空気のような存在として捉えようと来る日も来る日も呪文のように幾度となく頭の中で繰り返し唱えていた
でもやはりお父さんの姿は目に見えるし、この肌が側にいる人間の存在を感じてしまうと、嫌でもお父さんを意識してしまう。
そんな自身に苛立った。
それでも会話がない家の中で、私は何とかやっていけていた。
家事全般も自分の分だけを支度し、部屋で食べ片付けるようになっていった。
元々ゴミ出しはお父さんの役割だった為、家の中にゴミが溜まる事はなかったが、掃除に関してはどちらもやらなかった。
それはまさにこの家におけるお母さんの役割だったのだ。だからゆっくりと時間をかけて塵や埃が溜まっていった。
学校から受け取る行事に関するしおりや通知表などはお父さんのいない隙をみてキッチンのテーブルの上においておいた。
こうしておけば仕事から帰って来たお父さんが目にするからだ。
私はそれ以上望む事をしなかった。授業参観や運動会にも来てほしくなかった。
お金が必要な時だけ、その用意だけしておいてくれれば私はそれで良かった。私がお父さんに望む事はそれだけどだった。
それでもお父さんは、どうにか私と話をしようと試みているようだった。
最近は私の部屋のドアに向かって、
「ヒヨリ、お父さんを許してくれないか?」
と話しかけて来る。無視しているとその後で手紙が入れられて来るのだけど、この時はそれだけではすまなかった。
「お母さんがあのような事になったのは、全部お父さんの責任だ。わかっている。それについては認める。ヒヨリがお父さんの事を怒っている事もわかっているよ。今後の事もあるから一度ちゃんと話し合わないか?お父さん、ヒヨリの顔を見て謝りたいんだ。だからこのドアを開けてくれないか?」
私はイヤホンの音量を上げ、かつ両手で耳を塞いだ。絶対に部屋のドアは開けなかった。
怒ってる?お父さんはまだその程度の事だと思っている事に私は心底呆れ果てた。
この時ばかりは大人になんてなりたくないと思ったし、それ以上に絶対結婚なんてするもんかと誓った程だった。




