第五章 ②⑤
終礼が終わり先生が教室から出て行くと、蓬原ひよりが堀籠朱音の席へと向かって歩き出した。
ランドセルは背負っているから、一緒に帰らない?と誘うつもりかもしれない。
けど、堀籠は施設の人が迎えに来る筈だから一緒に帰る事は出来ない筈だ。
少し前までこの学年にも堀籠と同じように施設で生活をしている男子が別のクラスにいたが、そいつは転校してしまい、今は堀籠が施設の人の迎えの車に1人で乗って帰っている。
下級生とか上級生の事は知らないけど、多分、施設からの通学をしているのは堀籠だけの筈だ。
一度、迎えの車に堀籠が1人つまらなそうな顔をしながら窓の外を眺め学校から遠ざかって行くのを弓弦は見た事があったからだ。
なので例え蓬原が誘ったとしても、一緒に帰れるのは校門までだろう。
おまけに蓬原と堀籠が話しているのは見た事はない。初めて会話する第一声が「一緒に帰ろう?」は何か違う気がした。
そんな事くらいわかっていそうなもんやけどな、と弓弦は後ろ姿の蓬原を目で追いながら思ったが。
「弓弦、どないかしたん?」
雷鳥が弓弦に問いかけながら、弓弦の視線の先の方へと顔を向けた。
「いや、なんでもない。帰るで。帰る」と慌てて言い弓弦はランドセルを背負った。
正直、この後の2人がどうなるか弓弦には気になって仕方がなかった。雷鳥もタイミングが悪すぎるわ。
教室の後ろの戸から先に出ていく雷鳥の後頭部を見ながら弓弦は思った。
教室を出ると一旦、中を振り返った。堀籠が椅子から立ち上がり、蓬原と何か話している。
頷いた蓬原をみて、堀籠は周りにいた他の生徒に向かって軽く手を振った。
周りにいたのは堀籠から勉強を教えて貰いたがっている連中ばかりだろう。
柏木雫が東京へ転校する前は堀籠はいつも柏木と一緒に帰っていた。施設に入ってからも、それはしばらく続いていた。いつ頃からあの2人が仲良くなったかは知らないけど、どうせそのきっかけは堀籠のおかしな趣味のせいだろう。
そう考えると、柏木も少し変わった所があったような気がする。気にかけていた訳じゃないから細かい所までは知らないけど、多分その筈だ。
「蓬原って、ちょっと変やない?」
2人並んで廊下の左端を歩いていると、雷鳥が、そう言った。廊下側にいる弓弦が雷鳥の方を見て頷いた。
「蓬原、授業中いうのになんややたら雷鳥に話しかけとったしな」
下駄箱に向かう2人の斜め前に、ポケットに両手を突っ込みニヤニヤした顔で歩く生徒がいた。その生徒はある教室の側で止まると窓を開け、誰かしらに手招きしていた。
雷鳥がそいつを見て小声で囁いた。
「なんやあいつ1人で笑うとる」
雷鳥の言葉に弓弦が生徒の方をチラッと視線を向ける。古里宗太郎だった。
古里は弓弦の視線に気づかないのか、未だニヤけた顔で自分達の仲間の名前を呼んだ。
「こんな時間までどこおったんな?」
教室の奥から木下が現れ古里の方に近寄りながら声をかけた。
「ちょっと具合が悪うてから、保健室におったんや」
「もう大丈夫なんか?」
「おう。大丈夫や。保健室には守親もおったからのう」
古里はいい、その顔を見て木下がニヤけた。
弓弦は古里の肩越しに見えた木下の顔に嫌悪感を覚えた。
まるで巣を開いた時に現れた女王蜂を見た時に似た感情がヘソの下の方から込み上げて来る。
弓弦は直ぐに視線を戻し、前を向いた。
木下も、火事で焼け死んだ田原隼人や、リーダー格の冴木守親、そして古里、お調子者の金木や栗林のグループの仲間の1人だ。なんやかんやあいつらの噂は絶えなかった。
ヤンキーだから近寄らない方がいいというのも耳にした事もある。
中学生と5対5の喧嘩をして勝ったとの話も夏休み明けに噂になった。
本人達は否定も肯定もしなかったから、真実かはわからないけど、女子達は本当の事のように話していた。
何でもあいつらは田原隼人の家を放火した犯人を探していると言うし、その放火の犯人がその中学生の1人だったとの噂もあった。
けど放火に関しては、弓弦はデマだと言う事を知っていた。もし本当なら警察に突き出す筈だからだ。
それを田原隼人の恨みだからといって喧嘩だけで済ます筈はない。その点から考えて弓弦は放火は絶対に違うと思っていた。喧嘩なんてものもどうでも良かった。
にしても、あの2人のニヤけ顔は得体の知れない気持ち悪さがあった。
下駄箱で外履きに履き替え校舎を出る。校門を抜けた時、ガードレールの向こう側に一台の車が止まっていた。
多分、堀籠を迎えに来た施設の車だろう。そう思っていると、雷鳥も同じような事を言った。
「蓬原、待ってみる?」
雷鳥の意外な言葉に弓弦は拍子抜けしたが、
「アホか。何でワシらが待たんといかんのや。それより雷鳥、今日は山行かんのか?」
「あ、そやった。家に隠してた枯葉も、のうなったしな。さすが弓弦、ええ事いうわ」
「ええ事とは違うやろ。それに雷鳥が今日、学校終わったら山に枯葉拾いに行かんか?って言うたんやん」
弓弦が返すと雷鳥は頭を掻きながらごめんなと照れながら返した。
「なら、雷鳥は家で待っとれな。ワシ、自転車取ってか行くから」
「わかった」
2人はその間、蓬原の話をしながら帰路を歩いて言った。
2人で呼び出しを食った職員室内で蓬原が泣き真似をしてそれを見た先生が話し相手を雷鳥に変更し蓬原さんは転校して来て間もないし、町の事も殆ど知らんのやから、隣の席の小野乃木君が色々教えてあげんと駄目やろ?と説教された事を弓弦に話して聞かせた。
「蓬原、あいつおもろいな」
弓弦がいうと、雷鳥はええ迷惑やわと、満更でもない砕けた表情で返した。
まぁ、雷鳥は自分以上に女子とは喋らないから、意外と蓬原の存在って雷鳥には良い影響を与えるかも知れない。弓弦は頭の片隅でそんな事を思いながら、ポケットからライターを取り出した。背負っていたランドセルを外し、その場で足を止めた。短距離走のスタートのような格好でランドセルの中から、溜まったプリントを取り出す。親に見せる事になっている物だけど、特別必要だとは思わなかった。それらを数枚取り出し、折りたたむとライターと一緒に握った。
「弓弦、どないしたん?」
何も言わずに立ち止まったものだから、雷鳥は弓弦より数メートル先に立ちこちらを振り返っている。その僅かな距離の間、雷鳥は自分が側にいると思い喋っていたのかと思うと何だか笑えて来る。立ち止まる前まで2人で何を話していたかは思い出せないけど、今、自分を見返す雷鳥はまるで、親に2人の子供の内、1人だけ捨てられた子供のような表情をしていた。物悲しげな表情の中には複雑な感情が入り乱れている。冗談だと思いたい気持ちと薄々感じていた現実に思考が振り回され自分が何を言いどう行動すれば良いのかさえわからない、そんな表情だった。さしずめ、今、雷鳥の親は自分という事になる。そんな雷鳥を見て弓弦は、そんな怯えた顔すんなやと思った。
ワシらにはライターがあるやないか。不安なんてない。
もし不安があるなら、そいつを燃やせばええ。
のう、雷鳥。たったそれだけや。簡単な事やで。




