第五章 ②④
2人が先生に怒られ廊下に立たされた後、弓弦の気持ちは急速に冷めて行った。
さっきまでは自殺した元彼、堀籠の暮らす施設にいるお姉さんの話に1人夢中になっていた。
けれど、雷鳥と蓬原が教室から出て行ってから直ぐ、アホな事考えとったわと弓弦は思った。
今更、勉強に集中出来る程、切り替えが上手な弓弦ではなかったがやっている振りをしていれば、多少なり現実と向き合える事を弓弦は知っていた。
どっぷりとまではいかないが、先生の話も頭には響いてくる。
それが身になるかならないかは、又別の話だった。
「授業中の態度はすこぶるええんやけど、テストとなると、血脇はてんであかんのです。本番に弱いのか、それとも予習や復習といった授業以外の所での勉強の取り組み方が間違っとるのか、私にはようわからんですよ」
「それでも、稀にびっくりする程、点数が良い時、ありますよね?」
「そうなんですわ。血脇の本気の力って、多分、そういう結果が出た時と思うんやけどいかんせん、それが滅多にない」
「勘頼りって事でしょうか?」
「勘?」
「ええ。いわゆる、山が当たったとかいう」
「けど、本原先生、漢字テストではそうはいかんでしょ?」
「あ、まぁ、確かにそうですね」
「算数だって同じ。本原先生のいう山が当たったと言っても、算数の答えは1つしかない。それを勘や直感なんてもんで当てられるとは思えませんがねぇ」
授業に向き合うと、ごく稀に2人の先生が教員専用のトイレで自分の事を話していた時の事を思い出す。
この時はたまたま、急にお腹が痛くなり、仕方なく教員専用のトイレに駆け込みウンコをしたのだけどそのタイミングで本原先生と沢田先生が2人で連れションをしながら自分の事を話し出したのだ。
だからウンコをし終わった後も、中々、外に出る事が出来なかった。
2人と鉢合わせたくなかったし、他の先生にもこのトイレを使っている事を見つかりたくなかった。
だから弓弦は次の授業のチャイムがなるまでトイレの中で身を潜めていた。
出たウンコも流さずそのままにしていたせいで、鼻の穴の奥も何だかウンコ臭かった記憶がある。
2人の先生が言っている事を、弓弦は自分なりに説明する事は出来なかった。たまたま全部出来る事もあったし、全くわからない事もあった。
そっちの方が多いけど、かといって予習や復習は今まで1度もした事がなかった。
家にいても勉強しろとか宿題はやったのか?とかお父ちゃんやお母ちゃんに言われた事もない。
まして爺ちゃん婆ちゃんが口出す事はなかった。
だからこうして真面目に授業を聞いていると、どうしてそんな事が起きたのか不思議でならなかった。
きっと、いや多分1度や2度は授業で教わっているからきっとその事を覚えていて、たまたまテストの時に正しい答えを上手く自分の中から引き出す事が出来たのだろう。
人間というものは聞いた事はほぼ記憶出来る生き物だというのを、何処かで聞いた事があった。
テレビだったか爺ちゃんが話していたのか、全くわからないけど、もしそれが本当だとしたら自分はそれを上手に引き出せるタイプではないという事だろう。
だから今、先生の話を聞きながらノートに書き写しているけどこれだってテストに出てきたら、全く思い出せないのではないか。
もしくはより完璧に近い程の答えを書けるかも知れない。
どちらにしろ弓弦にとって勉強や授業、テストなんてどうでも良かった。
どうせ中学を卒業したら、家業を継ぐ事が殆ど決まっている。だから真面目に勉強した所で、自分には意味はない。
ただだからといって、他の奴等の邪魔をするような真似はしなかった。自分がされたら嫌だし迷惑だ。
それに余計な噂話を捏造されたくもなかった。
友達は雷鳥だけだけど、最悪、その雷鳥まで自分を無視せざる負えなくなる状況に追い込まれてしますかも知れない。
そうなったら自分は雷鳥に対してどんな感情が生まれるだろうか?
反対に雷鳥は自分を守ってくれるかも知れない。
そうなれば雷鳥1人が虐めの対象にされてしまう事だってあり得る。そうなったら、ワシは雷鳥を庇うだろうか?
2人で力を合わせて虐めに抗うだろうか?
わからない。そうなってしまわなければ何も答えなんて出やしない。
守るにせよ守らないにせよ、雷鳥はたった1人の友達だった。
チャイムが鳴り、授業が終わると蓬原が背伸びしながら教室へ入って来た。
それを見た先生が、蓬原と雷鳥に職員室へ来るように言った。
蓬原は不満な表情を浮かべ、雷鳥は小声で「はい」と返した。
「私達、うるさくした罰受けたじゃん。なのにどうして職員室へ行かなきゃいけないわけ?」
蓬原は頬っぺたを膨らませながら、
「小野乃木もそう思わない?ねぇ?思うよね?」
と詰め出した。
「とにかく行けばええんや。行って先生の前で泣く真似しながら、先生、私反省しちょります。もうせんですけぇ。許してくださいって言えば直ぐ返してくれるんやないか?」
「私、そんな喋り方しないし。けど、まあ、血脇、それ、中々良いアイディアだわ。生徒を泣かせたってなったら先生も立場、ヤバいだろうしさ」
蓬原は凄い悪そうな顔をしながら、雷鳥を従え教室から出て行った。




