第四章 ①⑨
「普段通りに振るまえって言ったやろ」
昨日のアトラクションで出来た火傷は今朝になるとみみず腫れになり、あちこち水ぶくれが出来ていた。
オシッコをする為チンコを掴まないといけないのに、あまりの痛さに触れる事さえ出来なかった。
お陰でオシッコの的がズレてあらぬ方向へ飛ばしてしまった。掃除の後、寝ている時は気にならなかった痛みがパンツを履いて歩く度に感じた。普通に歩く事がかなり困難だった。
腰を落としガニ股で歩けば、少しは楽だった。
下着やズボンが火傷した箇所に殆ど触れない為、その体勢であれば痛みも殆どなく歩く事が出来た。
けど、怪我のない状態の時のように自然と歩こうとするとチンコは痛み、無意識に前屈みになってしまう。股関節付近の太腿もズボンに擦れて、顔を顰める程の痛みが守親を襲った。
まともに歩くのもキツい為、学校に着くまでいつもの倍以上の時間がかかった。遅刻スレスレで間に合ったが、校門で待ち構えていた先生に煽られ走らざる終えなかった時は、死ぬかと思った。
勿論、痛がっている姿を他の生徒に見られる訳にはいかない事くらいわかっていた。
そんな僕の姿から余計な噂が流れるかも知れないから、周囲には充分すぎる程、気を配った。
生徒の姿が見えた時点で守親は普通を装った。それがどれほど大変で苦痛を伴ったか、アイツ等にも教えてやりたかった。
だからだろうか。上履きに履き替えホッとしたのか守親は思わず廊下の手摺りを掴みながら教室までの廊下をゆっくり歩いてしまっていたのだ。
すると背後からあのような言葉を投げかけられたのだった。
守親を見つけた悠人は、直ぐさま近寄りあの言葉の後に耳打ちをして来た。
「早退なんかしてみ。もっと酷い目に遭うからの」
その言葉を聞いた瞬間、これ以上、学校にはいたくないと思った。
それ以上にいつも学校には行きたくて仕方がないと感じている自分がそこにいた。
何故なら校内にいれば、アイツ等と仲間として接する事が出来るからだ。
今の僕の状況から脱出するには学校内での時間を有効に使い、アイツ等の気持ちをほぐして宥め、最終的に許して貰うしかなかった。
正直、深夜に抜け出して来なかった事を責めただけで、アイツ等があんなに怒り根に持つとは思わなかった。
言い過ぎたかも知れないけど、それはちょっとした行き違いだと守親は思った。
耳打ちした悠人が守親から離れ自分の教室へ向かっている。その後ろ姿を見ながら守親はそのように考えていた。
そして再び、普通に歩き出すと痛みが全身を駆け抜けた。と同時に悠人に対する怒りが腹の底に芽吹いた。それはどす黒い煙のように守親の腹の中をぐるぐると漂った。
昨日、悠人がヘアアイロンなんて持って来なければ、
こんなに苦しむ事はなかったのだ。
アイツだけは許せない。守親は拳を握り締めた。痛みによる苦痛な表情が更に強張って行く。
いつか、同じ目に遭わせてやる。守親は自身に誓いを立てた。だがそれは直ぐじゃない。
怒りと赦しを請う気持ちの狭間で、守親の心は暴風雨の中で揺れる一隻の小舟のように大きく揺らいでいた。
その怒りを鎮めながら守親は教室へと入って行った。結局、今の今まで、自分がアイツ等から虐められている事は誰にも話せずにいた。
でもその気持ちも、もはや我慢の限界に近かった。近日中にアイツ等と仲直り出来なければ、自分もヘラヘラと笑いながら、アイツ等からの虐めを耐え続ける事は出来ないと思った。
数では勝てないから、やはり一緒に帰る事は避け逃げるのが1番だと思った。
こんな身体の状態で今日もあの平屋へ連れ込まれたりしたら、自分はもう笑ってなんかいられない。アイツ等の前で辛くて泣き出すかも知れない。
1人1人に縋りつき、虐めをやめてと懇願するかも知れない。でも、それだけは嫌だった。
それをやった時点で、僕達は同等の関係ではいられなくなる。仲間という枠の中で格差が出来てしまう。
そんなのは友達でも仲間でもない。ただの奴隷だ。そんな所へ落ちたくはなかった。
守親は普段と同じように、クラスメイトに向かっておはようと言った。
「寝坊したから危なかったわぁ」
そのように軽口を叩くと、隣の席の女子が笑った。
「守親君でも、寝坊するんやなぁ」
「するするぅ。ワシ、毎日、寝坊しそうやもん」
こんな会話はつい最近までは当たり前の事だった。だが、守親からしたら今は違っていた。
クラスメイトと会話をする度に、現状の苦しさが心に募って来るからだ。
でも周りからしたら自分は何も変わっていないと思っているだろうが、それは上手く振る舞えている証でもあった。
宗太郎が仕向けた作戦のお陰か。何故、宗太郎がそのような真似をし始めたのか、わからなかった。
でもそれは僕に仲間としてチャンスをくれたものだと、昨日までは思っていた。
でもそれが間違いではないかと、昨夜、痛みに耐えながらお風呂に入っている時、思った。
自分で言うのも可笑しいけど、僕達は皆、それぞれがクラスや学年の人気者だった。
そんな奴等が仲間なのだから、周りからしたら羨ましいと思われているに違いなかった。
そんな仲間の1人、隼人が放火で殺され、それに続き、残ったアイツ等全員が、リーダー的存在だった僕を虐めていると知れたら、全員引くだろう。
表立っては言わないだろうが陰口は叩かれる筈だ。言うと自分も虐められる対象にされるかも知れないからだ。
宗太郎はそれを他の生徒達に知られるのを恐れて校内では守親には自由に、アイツ等と接する場合は今までと変わらぬようにさせているのかと思った。
仲間の1人が死に、又、別の仲間が虐められている。その僕が死んでしまったら、完全にアイツ等はヤバいという事になりかねない。
隼人の家に火をつけたのも、本当は宗太郎達じゃないの?と疑いさえかけられかねなかった。
宗太郎は賢い。頭も良い。だから僕が思いつくような考えにはとっくに行き着いているに決まっている。
それなら単に僕を虐めるのをやめて、距離を置けば良かっただけじゃないか。
そう思って、僕は笑い出した。虐められる前にアイツ等から距離を取られていたらどうしていた?
僕は怒っただろう。皆んなの前で宗太郎や真弘、蓮、悠人を名指しで非難したかも知れない。
僕にはそういう所がある。あるからこそ、放火魔を捕まえると意気込んで深夜、1人河原で待ちぼうけを食らった僕だったわけだが、その後、自分は何をした?アイツ等を非難しまくったじゃないか。
宗太郎は僕がそうする事がわかった上であえて絶交や、表面上では友達を止める方は選ばなかったのだ。
代わりに僕がアイツ等に逆らえないように誘導した。僕はアイツ等を信じ、微塵も疑わず着いていき、まんまと嵌められた訳だった。
そして僕に対する虐めが始まったのだ。数の有利や強さを盾にアイツ等は好き放題に僕を暴行した。
そしてそれは宗太郎や真弘、蓮に悠人の中にある何かを目覚めさせたようだった。
虐めや暴力、その事への喜びをアイツ等全員が感じ初めているみたいだった。その中でもとりわけ悠人が僕に暴行をする事に積極的のようだった。
でなければヘアアイロンなんて持ち出してくる筈がない。おまけにさっき廊下であった時のあいつの態度だ。それまでは仲間の中で1番大人しかった奴で、自分の意見や気持ちを言葉にする事は余りなかった。
誰かが決めた事に従うというスタンスが悠人だった。なのに校内にいる中で僕を脅して来た。
きっと悠人は自分に力がある、他人を虐げ従えられる能力があると思い込んでいるに違いない。
だからあのような態度が取れたのだ。もしあの場に宗太郎がいたら悠人は絶対に僕に何もして来なかった筈だ。にも関わらず、アイツは……
この苦しみは全部が悠人のせいだ。アイツがあのような道具を持ってこなければ、グーパンで腹パン程度で済んでいた筈だった。
絶対に僕に襲いかかる暴力がいきなりエスカレートなんかしなかった。その程度なら耐えられた。その間に守親は会話をする事でアイツ等と決着をつけたかった。
それが1番だと守親は思っていた。
お互い言いたい事を言って殴り合った所でこの問題は解決する所か、余計に仲を拗らせるだけだった。
全面的に僕が悪いとアイツ等は考えているから。
守親もそれがわかっていたから校内にいる間に、何とかアイツ等との仲を取り戻そうと必死になった。
学校にいる間は、皆んな、自分の仲間だからだ。
だが今、守親はそれが悠人の手により簡単に崩れかかっている事に気づいていた。
このままではいつか悠人は校内でも守親に襲いかかり殴るかも知れない。宗太郎もそんな悠人を止めないかも知れない。
そうなる前に守親は瓦礫となった友情の修復に全力を傾けるしかなかった。
自分次第で必ず元通りになると信じよう。朝礼中も守親はそう言い聞かせ続けた。
だがここへ来てさすがに身体の痛みに耐え切れなくなって来ていた。
その痛みこそが自分の現実であるというのに。なのに自分はこうなる前の自分でいようとしている。
そんなのはいつまでも隠し通す事が出来ないのに、過去の自分に縋り付くしか今は出来なかった。
その行為がやがて最悪を招く事を、この時の守親はまだ知らずにいた。




