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爆ぜる  作者: 変汁
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第一章 ①

炎はとても甘い香りがする。雷鳥は理科室で拾った100円ライターを使い、体育館裏にある焼却炉の側で見つけた蟻の行軍に火をつけた時、そんな風に思った。


その香りはしばらくの間、雷鳥の鼻腔内に留まり続けた。


香りが薄れてくると、雷鳥は再び蟻に火をつけた。


四つん這いになり蟻の行軍に顔を近づけ、チリチリと炎に炙られ死んで行く蟻の姿を見つめながら、雷鳥は鼻から胸いっぱいにその香りを吸い込んだ。


繰り返し行うその行為を、誰かに見咎められる事はなかった。用務員のおじさんも既にこの場から去っていて、今頃は用務員室で休んでいる頃だ。


先生達も職員室に集まっているだろうし、しばらくはこうして甘い焼け焦げた蟻の香りを嗅いでいる事が出来る。


餌を運び巣へ戻る蟻や巣から出て行く全ての蟻を雷鳥は燃やした。


焦げた死骸を遅れて出て来た蟻達が巣へと持ち帰ろうとする。


雷鳥はその蟻にも顔を近づけライターで燃やした。


ライターを付けるのはいいが炎が真っ直ぐ蟻へと向かってくれない為、何度か親指にあたり熱くてライターを放り出したりもしたが、それでも雷鳥は小さな身体で行軍を続けていた殆どの蟻を燃やし尽くした。


雷鳥は起き上がり静かに辺りの空気を鼻から吸い込んだ。何匹蟻を焼き殺したかわからないが、再び嗅いだ甘い匂いに雷鳥は充分過ぎる程の満足感を得た。


雷鳥はライターをポケットにしまい、体育館を半周した。下駄箱側の廊下に起きっぱなしにしていたランドセルを取り、背負うと下駄箱の方へと足を向けた。


上履きから外履きに履き替えながら、雷鳥は自分も少しはアーティストに近づけただろうかと思った。


あの夜、出会った人影は今の僕をアーティストだと認めてくれるだろうか。


答えを得られなくとも、雷鳥は自身へ問いかけるだけで、勝手にあの人影に近づけていると感じていた。


「雷鳥くん、君は最高のアーティストになりつつあるね」


あの人は、今日の僕を見たらきっとそう言ってくれるに違いない。雷鳥は心の中で自己完結した想いに思わず笑みを溢した。


だが、当然、まだ認めて貰えないかも知れないという気持ちも無くはなかった。


何故なら貰ったジッポライターをまだ使えていなかったし、燃やしたものは所詮、昆虫やさっきの小さな蟻くらいのものだからだ。


幾ら沢山の蟻を燃やしてもあの日の夜に目撃した大きな炎のように、その対象である物がまるで生き物のように動きながら燃え盛る事はなかった。


ただ、小さな身体が炎によってより焦げ小さく丸くなっただけの事だった。


果たしてその死骸を見て、あの人影は美しいと言ってくれるだろうか。蟻の死骸が美しいものだと言えるだろうか。


雷鳥はつま先を地面にぶつけながら靴を履くと、学校を後にした。


いつか大きな炎を作り出す為に、雷鳥は帰宅後に必ず、自転車で山へ向かうのを日課にしていた。


自転車の籠の中には一枚のゴミ袋と、ママが洗い物をする時に使っているゴム手袋が入っていた。

ゴム手袋もゴミ袋もママに黙って盗って来た物だ。


パパとママは共働きだから、夜にならないと戻って来ない。2人とも決まった時間に戻ってくる訳ではないから、夕方はある程度、自由にしていられる。


けれど勝手に盗ったゴミ袋だから、ママに見つかる訳にはいかない。だから、なるべく早く家に戻らないといけなかった。


その為に雷鳥は全力で自転車を漕ぎながら、山の方へと自転車を走らせた。


落ち葉や枯れ枝を集め出したのはつい最近の事だった。そのきっかけを作ってくれたのは切り開いた山の上にある公園で焚き木をしているのを見たからだった。


公園内にある四角い建物の中にいる人達が公園の周りに落ちている落ち葉を拾い集め燃やしていたのだ。その炎はさほど雷鳥を喜ばせなかった。


けど、稀に勢いよく燃え上がる炎の大きさは雷鳥の身長くらいあった。それ以上に煙が酷くて炎自身の美しさや、強さのようなものは、焚き火から感じる事は出来なかった。


それでも雷鳥は火力という部分で、落ち葉や枯れ枝等は役に立つと思った。蟻やゴキブリ等をライターで炙った所で炎は全くと言って良いほど火力上がらない。


その為に雷鳥はこうして公園へ来ては遊歩道から逸れて落ち葉などを集めて回っていたのだった。


拾い集めた落ち葉などは自分のベッドの下や、クローゼットの中に隠していた。


ママ達は雷鳥が部屋を綺麗にしている事もあり、わざわざ掃除をしに来るような事もなかった。


というより、お休みの日は、2人ともお昼過ぎまで寝ているし、用事もあって忙しくしていた。


週末になればパパはゴルフに出かける事が多かったし、ママは派手目な格好をして出かける事が多かった。


そういう個人的な用事などもあり、雷鳥の部屋の掃除まで目が届かないというの現状のようだった。


雷鳥にとってはそんなパパ達の存在は有り難かった。出歩けるからだ。だから夜も1人で食事する事が殆どで、大体食べるのは冷凍食品ばかりだった。


だが雷鳥は全く気にもしていなかった。昔から食事といえば、レンチンかインスタント食品だったし、それを不味いと思った事もなかった。


それでもたまにママが早く戻って来た時などは、2人でファミレスやサイゼリアで食べる事もあった。


パパとママの3人で食べる事は殆どなかった。まだ僕が今より少しだけ小さな頃、一度だけママと早い夕食を済ませた後、車で少し遠くのデパートまで連れて行って貰った事があった。


その時、偶然、パパを見かけた。パパら知らない女の人と腕を組んで歩いていた。僕が見た事ないような笑顔をその知らない女の人にむけていた。


雷鳥は足を止めそちらを眺めて、ママを呼び止めた。


「あれパパじゃない?」


「そうね。パパだね」


「隣にいる女の人誰だろう?ママも知ってる人?」


「知らないわ」


ママは言うと、普段全く握らないのにその時だけは、いきなり僕の手を握った。ママの手は異常なくらい熱くて汗ばんでいた。汗でベタベタするから手を離したかったけど、ママがそれを許してくれなかった。ママは半ば無理矢理に僕をその場から離れさせ別な場所へと向かった。


あの日以来、ママと一緒にデパートに出かけるという事は無くなった。パパとは今まで通り一緒に何処かへ出かけるという事はなかった。


パパがいつもより早く帰って来た時、デパートで見かけた女の人の事を尋ねてみた。


パパは


「クライアントだ」


と言った。僕にはクライアントというものがわからないから、ふーんと答えた。


「だからママは知らなかったんだね」


そういうとパパは


「ママも見たのか?」


と言った。


僕が頷くとパパは


「そうか」


と言った。


それ以来、パパとママは家の中にいても


会話をする事は一切無くなった。


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