第三章 ①⑥
蓬原ヒヨリ。転校生。千葉県から来たらしい。
おかっぱ頭に顔全部が目と言っていいくらいの大きな目が特徴的な女子だ。
5時間目が始まった今、親の仕事の都合で東京へ転校していった柏木雫が前に使っていた席に座っている。
まだ教科書も用意出来ていないせいか隣の席の雷鳥の机に柏木が使っていた机をくっつけ、雷鳥の教科書を共有しながら授業を受けている。
後ろから見る限り、雷鳥はかなり緊張している風だった。普段から女子と会話する雷鳥なんて先ず目にしない。恥ずかしさが先行し、話して行く内に直ぐ耳が赤くなっていく。
そんな事、当人は全く気づいていないようだけど、それだけ雷鳥にとっての女子はハードルが高い存在なのだろう。
そんな中、うちのクラスに転校生がやって来たという事を耳にしたのか、午前中の休み時間に別のクラスの金木真弘がやって来た。
蓬原をみるなり、いきなり可愛いといった。そしてその特徴的な大きな目をみて、金魚に似ていると話していた。
その言葉に弓弦は一言注文をつけたかった。
金魚は金魚でも蓬原はデメキンに近かった。
別に目が飛び出てる訳じゃなく、顔の半分以上を2つの目が占めているそんな印象だった為、弓弦は普通の金魚よりデメキンに似ていると思ったのだ。
だが勿論、金木相手に話しかけたりはしない。あいつらはいつも6人でつるんでいた。
その6人の内の1人、田原隼人が放火による火事によって死んだ。3ヶ月前?半年?いや1年前だったか。興味のない人間が死んだのだから、別にいつだって構わない。けどこの場合、放火という話だから、殺されたという方が正しいのだと思う。
そんな仲間の死を簡単に乗り越えたように見える金木のチャラさに弓弦はウンザリした。
もし自分の唯一の友達と言ってもいい(雷鳥が友達と思ってくれているとして)雷鳥が殺されたとなれば、1ヶ月はショックで立ち直れないと思う。
けど、弓弦の目には、金木を含めた他の仲間は田原隼人の死は別段気にしている風には映らなかった。
その態度をみて、友達というのは所詮その程度の物なのかと思った。家族が1番なら、友達は何番目に大事な存在なのか、弓弦にはわかりかねた。
その金木達のリーダー的存在は冴木守親という。足が早く運動会ではいつもアンカーを任せられていた。クラス対抗のドッチボール大会でも1人だけ残り、相手は6人もいたのに全て避けたりキャッチして優勝した。
勉強が出来るのかは知らないけど、所謂、スポーツ万能って男子だ。
その守親が声をかけると重信悠人、古里宗太郎に木下康太と栗林蓮、そして金木真弘が集まって、何をしているのか知らないけど、帰りはいつも一緒だった。冴木なんか運動神経がよいからクラブ活動に誘われているようだったけど、他の奴と遊ぶ事の方が楽しいのか、クラブには入る事は拒んでいるようだった。
そしてその6人グループ、いや1人死んだからその5人グループは別なクラスだけど、雷鳥や自分と違いそれぞれクラスの人気者だった。だからだろう、転校生が来たという事で金木がうちのクラスへ来ても、女子は金木に対し文句を言ったりするが、全く嫌そうではなかった。
こんな事を言えばひがんでいると思われるけど、そんな事は一切なかった。自分にはあいつらのようにチャラけたり、芸人のネタを真似したりする事はやりたいとも思わなかったし、出来なかった。
話し相手と言えば、雷鳥くらいなもので、後は掃除の時間に女子とちょっとの会話を交わす程度だ
その掃除だけど、今日は理科室となっていた。
その為に、弓弦は家からライターを持って来ていた。
理由はここ数日、雷鳥に不審な動きを感じたからだ。気になり数日間、雷鳥の後をつけ、遠くから監視してわかった事はあいつは、やたらに枯葉や落ち葉を集めているという事だった。
雷鳥の行動は弓弦の好奇心をくすぐった。何の為に?とかどうでも良かった。ただ集めたそれをどうするのか知りたかっただけだ。
庭に新たな植物を植える為の腐葉土にするのか。
いやおばさんじゃないからそれはあり得ない。
弓弦は、ひょっとしたら雷鳥も、自分と似た症状に侵されているのでは?と考えた。その為にライターを持って来たのだけどこれは賭けでもあった。
ライターを落とすのは良いが、それを雷鳥が見つけるとは限らない。見つけたとしても先生に落とし物として提出するかも知れない。もしそうなれば、雷鳥は友達ではあるけど、より深い関係性を気づく事は出来ないと思う。
それでも弓弦は雷鳥に期待せずにはいられなかった。幸いな事にそれは上手く行ったようだった。
終礼の時、雷鳥は先生が話している間、机の下で
ずっと弓弦が落としたライターを弄んでいたかだ。
その行為をみて、弓弦は内心、飛び跳ねたくなる程、嬉しかった。だがこれは、あくまで雷鳥がスタート地点に立ったに過ぎないと、弓弦は終礼時間中、ずっと流行る気持ちを必死に抑え付け続けていた。
その気持ちを声に出したくて弓弦は一緒に帰りたそうな顔をしていた雷鳥に知らぬ振りをして、1人さっさと教室を後にした。
そして今日の夕方だ。生憎、羽音が鳴り始めたのは想定外だったけど、雷鳥は今、河原の水辺付近に集めた枯葉を山積みにしている。
その雷鳥には偶然を装って出会った振りをして話しかけた。
そんな弓弦は雷鳥に気取られぬよう生き物を探しながら、近づいていく。
枯葉の前で背中を丸めしゃがんだ後ろ姿だけみたら雷鳥はとても弱々しく映った。
けど、その手には自分が理科室の教壇下に置いて来たライターが握られていた。
それは雷鳥の秘められた強さの現れであり象徴だ。互いに友達のいない自分らからしたら、炎は温もりをくれ寂しさからも解放してくる存在だ。
そしてその力はあの小さな炎から想像も出来ない程、強大にもなる。弓弦は雷鳥にその偉大さを感じて欲しかった。けどそれはまだ先の話だ。
それよりも今、弓弦は雷鳥がライターを手にした理由を知りたかった。
その思考を邪魔するかのように耳の奥の羽音が大きくなっていく。今にも暴れ出し耳の中を食いちぎり飛び出して来そうな程だった。
弓弦は爪先でやたら地面を蹴飛ばしていた。石をひっくり返すが生き物は中々見つからずその間も異形の女王蜂は弓弦を煽り続けていた。
季節も冬に近いせいでか、昆虫などの生物は先ず見当たらなかった。このままだと、羽音はより大きくなり、自分の手に追えなくなる。
このような状況は、良い結果は訪れない。
仮に誰もいない山奥でなら気兼ねはいらないけど、側には雷鳥がいた。下手すると自分は我を失い雷鳥に襲いかからないとも限らなかった。
実際、そのような状態に陥った事は1度としてなかった。なかったからこそ、自分がどうなるかわからない為、怖かった。弓弦が焦り始めていた所に、雷鳥が弓弦に話しかけて来た。
「ねぇ。弓弦、みてよ。こいつ。超でっけぇよ」
雷鳥が振り返り30センチはあるだろうミミズを持ち上げてみせた。
弓弦は側へ行き座った。
「ほんま、デカいな」
「ね」
「雷鳥、そいつどうするつもりや?」
「ん?そうやねぇ……」
弓弦は雷鳥の次の言葉を待った。女王蜂が弓弦の中で喚き散らしている。自分にそのミミズを喰わせろと下顎をガチガチと鳴らしていた。
雷鳥は何も言わず枯葉の上に大きなミミズを置いた。
そして弓弦のライターを使い枯葉に向けて火をつけた。
「やっぱこいつにもチャンスは与えんといけんと思うんよ」
「チャンス?何やそれ」
「ミミズは人間の僕らには勝てんやろ?」
「そうやな」
「それやったら不公平やと思うんよ。ミミズと僕らとじゃ対等じゃないでしょ?」
「そんなん、当然な事や」
「やからチャンスをあげるんや。生き延びるチャンスをさ」
雷鳥と弓弦の目の前で枯葉についた火が徐々に広がっていく。白い煙が上がり、目に入ったのか雷鳥が目を擦った。
火は広がりながらその火力を増大していく。ミミズの身体に火が触れた。それまで大人しく枯葉の上にいたミミズが突如として身体をくねらせ暴れ出した。
「こいつ、めっちゃ頭悪いやろ」
弓弦が言った。言った後でここから逃げるなよと思った。お前は焼け死ぬんだ。女王蜂とワシの為に。
「そうやね。暴れるより、火から逃げれば良いだけなのに」
「そうやな。左側半分はまだ燃えとらんから、逃げれるんやしな」
「うん。けどさ。それじゃつまんなくない?」
雷鳥が言った。
「何がや?」
「だってさ。馬鹿にはもっと勉強してもらわないとダメやろ?みてよこいつ。火に焼かれたのにまだ逃げようとしとらんよ。そんな馬鹿はこうしてやらんとね」
雷鳥はいい、左側のまだ燃えていない枯葉の方に火をつけた。
「雷鳥、これやったら、こいつ逃げられんくなるで」
「うん。そうやね。けど逃げるチャンスは一回あげたからこれでええんよ」
その言葉を聞いた弓弦は雷鳥がライターを持って帰った理由などもうどうでもいいと思った。
それよりもミミズが火に焼かれていくのを嬉々とした表情で眺めている雷鳥を見て、弓弦はひとまずは安心した。
雷鳥も焼くという行為が好きだと知れたからだ。けれど少なからずそんな雷鳥の表情を見ていると燃やした先にある、雷鳥が見たい物と自分が見たい物とに大きなズレがある気がした。




