第三章 ①③
それは1年、いや2年前の夏の始めの頃だった。
夏休みに入って直ぐの頃、家の周りでやたらスズメバチの姿を見かけるようになった。
そのスズメバチが縁側の下へ出入りしているのを見た弓弦は駆けって虫取り網を取りに倉庫に向かった。
そして身体を屈め縁側の下を覗くと、そこには縁側の板の下にくっついたスズメバチの巣がぶら下がっていた。
見た感じ50センチ近くはあるだろうか。弓弦はスズメバチは人を襲うと聞いた事もあり、刺されたら死ぬ事もあるとテレビで見て知っていた。
だからこのまま放っておくと、父ちゃんや母ちゃんを襲うかも知れない。爺ちゃんや婆ちゃんが刺されるかも知れない。
そして母ちゃんのお腹を刺したら(中にいる妹が、多分妹だと弓弦は思っていた)死ぬかも知れない。
そう思った弓弦は直ぐにでも巣を取り除きスズメバチを殺そうと考えた。
その時、頭に浮かんだのがこの方法だった。
殺虫剤を吹き掛けながらそこに火をつけ、火炎放射器みたいにして焼き殺すという方法が、閃光のように凸時として弓弦の頭の中に浮かんで来たのだ。
だが、ただ巣に向かって殺虫剤火炎放射器を放っても、駄目だというのわかっていた。
その瞬間、餌を取りに出かけていたスズメバチが戻って来て襲われたり、中から出て来た奴に反撃を食らうかも知れないからだ。
その為には良い方法を考えなくてはならなかった。
スズメバチと言っても巣の近くにいる人間や動物などに対して見境なく襲いかかってくるわけじゃない。
それは最近よく見かけるスズメバチの行動で弓弦は理解していた。
ただ威嚇なのか普通に飛んでいる時よりも、稀に羽音が大きくなっている事に弓弦は気づいていた。
それはスズメバチの怒りだと弓弦は感じた。
当然だ。弓弦だって赤の他人がいきなりこの家を壊そうとしたら、怒るしそれを止めようとする。
それと同じでスズメバチからしたら家を壊されるのだから怒らないわけがない。
「小僧、いきなりは襲わないがそれ以上近づくとその顔に噛みついて唇を噛み切りその眼を刺すぞ?」と弓弦に対して羽音が言っているように思えた程だった。
その経験が、いきなり虫取り網で巣を取る事を弓弦に躊躇させた。
お父ちゃんかお爺ちゃんに言う事も考えたが、弓弦は1人でこの侵入者を殺したかった。
言えば、きっと縁側には近づくなと言われるに決まっている。そうなったら手出しが出来なくなる。
それは嫌だしどうしても避けたかった。
大体、家の縁側の下に許可なく侵入したのはこいつらだ。おまけに勝手に巣を作るなんて許せなかった。
スズメバチは弓弦を威嚇するが、それ以上に怒りたいのはこっちの方だった。ここはワシの家や。侵入者はぶち殺しちゃる。
弓弦は一旦、虫取り網を置いて倉庫からスコップを持ち出して来た。
そして巣がある正面の地面にスコップを突き立てた。
本当なら巣の真下を掘り、そこに巣をたたき落としてから焼くと言うのが1番だったが、さすがにそれは出来なかった。だから縁側の直ぐ前を掘る事にしたのだ。
掘った後のイメージもあった。スコップの先で縁側の裏にくっついている巣を支える軸のような部分を切り落としスコップを使って転がり出し、穴に落とす。
そして焼くだった。けど穴を掘っている最中に、それだけでは危ないと弓弦は気づいた。そのやり方だと巣の中にいるスズメバチや外から帰って来たスズメバチは自由に巣へと出入り出来るからだ。
巣を穴に落としたら直ぐに何かで塞ぐのが最善の策なような気がした。その為の蓋が必要だった。
弓弦はお爺ちゃんが裏の竹藪に捨てた昔使っていた小屋を壊した廃材の中に戸がある事を思い出した。それを持ってくれば穴を塞ぐには充分過ぎる程だ。
弓弦は頭の中で何度もその流れのイメージを作り上げながら地面に穴を掘り続けた。
余裕で巣が入るくらいに穴を掘った時、弓弦は全身から汗が吹き出していた。
スコップを放り出し、縁側に上り台所にある冷蔵庫へと向かった。
直接、麦茶の容器に口をあて、身体に潤いが広がるまで飲み続けた。
そして汗も拭わず麦茶もそのままにして再び穴がある縁側へ行き靴を履いて竹藪に向かった。
殆ど腐りかけていた戸を引きずりながら庭まで持ってくると、弓弦は殺虫剤とライターを取りに再び家へと上がった。
殺虫剤は居間から、ライターは仏壇から取って来た。
それを穴の側に置いた弓弦はしばらく立ち尽くした。
巣を落とした穴を塞ぐ戸が思った以上に腐っていて所々隙間があったり穴が空いていたりした。
塞ぐのはいいがそこからスズメバチが逃げ出さないとも限らない。
反対にその穴から殺虫剤式火炎放射器を噴射するには良い穴や隙間でもあった。
けどそうすれば、燃やされた事に怒ったスズメバチが他の隙間や穴から飛び出し自分に襲いかかって来ないとも限らない。そうさせない為にはやっぱり巣全体を一気に燃やすのが1番だと思った。




