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爆ぜる  作者: 変汁
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第十四章 ①⓪④

舌間(したま)さん、本当に良いんですか?」


胎中光流(たいなかみつる)は鉄格子の向こうで床に向かってぶつぶつと呟きながら自らの指を噛みちぎりその血で保護材に落書きをしている少年を見つめながらそう言った。


「これ以上、放っておくわけにはいかないだろう?」


舌間はいい、ビニール袋の中から36種類のクレヨンを取り出した。


「守親君?」


舌間は鉄格子に近づきながら中にいる少年に声をかけた。


だが少年は舌間の声に一瞬動きを止めたが、再び、自ら噛み切った指先から出る血で床に何かを描き続けていた。


冴木守親がこの精神病棟に入所したのは、先月の事だった。まだ幼いこの少年の身に起きた事は胸を痛めるだけでは足りない程、壮絶な事だった。


事件は大々的に報道され、冴木守親は一躍時の人となった。メディアはこぞって唯一の生き残りであるこの幼い少年の生の声を欲しがった。


当然、そのような事を両親を含め冴木守親を護る為に立ち上がった人道派として著名な弁護士事務所の弁護人が記者会見を開き行き過ぎる報道陣の取材や報道のあり方を糾弾した。


大人でも立ち直れないような壮絶な事件に巻き込まれ、それにより心に深傷を負った幼子の気持ちを少しは汲んで頂きたい。


貴方達の子供が同様の事件に巻き込まれたら、親として取材させますか?させる筈がないでしょう?と長テーブルを叩きながら力説した。


舌間もその記者会見を見ていたが、全茶番だと思った。偏にこの弁護士事務所のやり方はいつだって売名行為としか、舌間の目には映らなかった。


実際、裁判の結果だけ見ると、敗訴の方が多いのにも関わらず、依頼は後を絶たないとの噂だった。


人道主義を訴えている為、依頼者は裁判での勝利よりも、世間から同情を得る事を優先しているように見えて仕方なかった。


裁判での勝利以上に被害者が得られる物は無いのに、事務所同様、依頼する側も、勝利を後回しにしているとしか思えなかった。


裁判で重要なのは何をおいても勝訴以外にない。

けれどお涙頂戴な世界が好きな日本人が令和になった今でも数多く存在している事が舌間には信じ難かった。


今回もこの事件が報道されるや否や、この弁護士事務所は数名単位を四国へと送り込み、冴木家を取り込んだ。


この辺りの素早い動きは辟易するほど称賛に値するが、未だ犯人が逮捕されていない現状としては、やるべき事は冴木守親の人権を護る事だった。


犯人がいない以上、裁判に持ち込むのは不可能なのだが、被害者である冴木守親を前面に押し出す事で改めて弁護士事務所の名前を売る事に成功した。再び、人道派としてその存在を世間へと印象づけた。


今やその弁護士事務所の広告塔へと祭り上げらた冴木守親であるが、救出後、2か月の入院後、この病棟へ移送されて来た。


救出直後からその言動におかしな所は見受けられた。だが入院し体力が回復すれば、少なくとも気持ちの整理がつくのではと、警察も病院側もある程度、楽観視していた。


だがその思惑は大きく外れた。事態は深刻だった。隙あれば冴木守親は自ら額を傷つけた。


「穴が空いてるから僕の脳みそが出て来る」と叫び、あらゆる手を使い額を破壊しようと試みた。勿論、穴など空いていないし、行動としては可笑しな事ばかりだった。


空いているなら塞ぐのが通常な行動である筈が冴木守親は空いてもいない額から脳みそが出るといい、自ら空けようとしたのだ。


拘束衣を使用し両手を使えないようにすれば、額を壁やベッドの手摺りなどに打ち付け、何針も縫う羽目にも遭った。


ヘッドギアを使い頭を保護させたが、今度はそのヘッドギアの顎紐を外そうとし、拘束衣を噛み切ろうとした。そのせいで前歯と犬歯の3本を折る羽目になった。


強力な睡眠薬や安定剤などを使用し、冴木守親の精神を安定させようと試みたが、冴木守親は一切眠ろうとしなかった。


しまいには外科手術で使用する全身麻酔をしなければ、冴木守親の一連の動きを止める事は出来なかった。


そして2か月後に冴木守親はこちらへと送られて来た。薄々予想はしていた事だった。舌間の心の準備は出来ていた。


それでも冴木守親の異様な行動は舌間や胎中光流の想像を超えていた。話に聞いていたよりも、激しかった。


幾ら保護材で壁や床を保護しているとはいえ、鉄格子だけはどうにもならなかった。


本来であれば扉、床、壁、天井に至るあらゆる箇所に保護材を敷き詰めた部屋に軟禁するのが好ましい方法であるが、それは冴木守親をの迫害に値するすると弁護士が反対した。


外の情景を見えなくするのは冴木守親を人間として扱っていないとお叱りを受け、今はそこから出し鉄格子のある部屋へ移送させた。拘束衣も許されなかった。


お陰であのように自らの指を噛みちぎる始末だった。


「上手くすれば指を噛みちぎる事は無くなるかも知れないだろ?」


「ですが、患者に物を与えるのは禁止されています」


「そんな建前はクソ喰らえだ。いいか?胎中、このまま放っておいて冴木守親に死なれでもしてみろ?俺達はこうだ」


舌間は親指を立て自分の首の前を横切らせそして親指を下へ向けた。首を切る真似をしたのだ。


「そうですが、バレたら署長も黙っていないですよ?」


「あのババアなら平気だ。人道主義に傾倒し、例の弁護士事務所を信奉してるから、何が起きた所で、冴木守親に死なれなけりゃ平気だ。それにたかがクレヨンだ。武器にすらなりはせんよ」


「それなら良いんですが……」


「この子は犯人の顔を見ている可能性が高い。つまり頭はイカれてるが、立派な証人なんだ。まぁそれが、証言出来ないからこんな所へ送られて来たんだけどな」


舌間はいい、鉄格子へと近づいて行った。


「ほら、守親君、指を噛み切ったら痛いだろ?代わりにこれを使って好きなだけ落書きすればいい。どうした?早く受け取ったらどうだ?」


聞こえていない筈はなかった。けど冴木守親は自ら見ている世界の中へ入り込んでいるようで、こちらの声に耳も貸さなかった。


「その袋を頭に被せて縛ってやりたいぜ。そしたら息が出来なくなって正気を取り戻すかも知れないな」


舌間はいい、笑った。


「舌間さ、ん」


「何だ?」


「あれ……」


胎中が鉄格子の中を指差していた。


その先には、こちらを向いている冴木守親があった。


全く睡眠を取れていないのか目が充血し、口の周りには血が乾きこびりついている。


頭と指先以外、全身は拘束衣で身動きが取れないようになっている為、冴木守親は尺取り虫のような動きで鉄格子まで這って来た。


舌間の差し出したクレヨンのケースを受け取ると、その場でケースを横へスライドさせた。ケースを部屋の隅へ放り投げる。


36種類のクレヨンを眺めた後、黒と赤の数種の色違い以外のクレヨンは取り出して齧り出した。


「舌間さん!」


「放っておけ。大方、監禁されていた頃の事を思い出してるんだろうさ。なんてったって自分のほっぺの内側の肉や歯を噛み砕いて食うほど飢えていたんだからな」


ウジやゴキブリの事を言わなかったのは胎中がまだこの病棟に慣れていないからだ。


先輩としての舌間のちょとした心遣いだった。冴木守親以外の患者の中には好んで糞尿を喰らう奴もいる。そいつには当然、口枷と後ろ手にされ手枷がされている。


精神病の度合いにもよるが、糞尿なんか食われた後の処理は吐き気を催すし、若い頃は患者に向かって嘔吐した事もあった。


それを喜んで喰らうものだから、数名で身体を押さえつけ口の中を濯がせ綺麗にするだけで大変な重労働だった。

その点、クレヨンなら楽でいい。放っておいても臭気に困らせられる事もない。


「ま、黒と赤は気に入ったみたいで良かったよ」


舌間は冴木守親に話しかけた。冴木守親は首を傾げ舌間を見上げた後、壁まで這っていき壁に身体を押し当てながら立ち上がった。


黒のクレヨンで人形を描き腹の部分に「ゆずる」

と書いた。2体目には「らいち」3体目は赤色に持ち替え「ひより」と書き込んだ。


「誰の事でしょうか?」


胎中が、舌間に尋ねる。


「友達だろうな」


「そうですかね。友達は皆、殺されたって聞きましたよ」


「小学生のガキだぞ?友達がそれだけって事はないだろ?」


「自分は小学生の頃は友達と呼べる人はいなかったですよ?」


「胎中、もしそうならお前は小学生から何も進歩してねーじゃねーか」


「酷いですねぇ。自分にだって友達の1人や2人、、、」


「いねーよな?」


「……はい。すいません。いないです」


「背伸びしたって良い事なんか1つもね〜から」


それから2人はしばらくの間、冴木守親を見ていた。観察と言えば良いだろうか。


そこに犯人に繋がるメッセージが隠されている可能性を刑事の三田という男が仄めかしていたからだ。


舌間は胎中にパイプ椅子を持って来させた。

取りに行っている間、冴木守親は4つの人形を描いた。


腹に又、名前を書くかと思われたが、冴木守親は4つの人形には赤色を使いわけ腹部や頭を赤色で塗りつぶした。その絵をみた舌間はハッとした。 


見る限り、冴木守親が殺害された友達の状況を描いているのは明らかだった。


続いては壁を移動し、大きな家が2つ描かれた。

家の中には大小3つの人形が、並んで横たわっている。


その中で1番小さな人形の腹に「はやと」「こうた」と描いた後、家全体を赤く塗りつぶした。


火事?かと舌間は思った。


それを描き終えると冴木守親はクレヨンから手を離し、身体を丸めて横たわった。


拘束衣を身につけているせいで、その姿はまるで何かの幼虫のようだと舌間は思った。


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