第十四章 ①⓪⓪
お昼前に雷鳥から電話があった。目と鼻の先に互いの家があるというのにわざわざ電話をしてくるなんて、どういう事やと弓弦は思った。
確かにまだ雨足は強いけど、傘をさして来れない距離じゃない。そんな事を思いながら弓弦は部屋を出た。受話器を取ろうとして弓弦はその手を止めた。
電話?雷鳥から電話?おかしくないか?と弓弦は思った。雷鳥の家はあらゆるライフラインが止められている筈だ。
支払いが滞り、そのせいで何ヶ月分も料金が未納の為、止められた。それを開通させる為に家財道具などをリサイクルショップへ売ったのだ。
結局、騙された形になったけど、水道だけは復活したと雷鳥から聞いていた。でも電話の事は何も言っていなかった。
「ほんまに雷鳥から?」
母親に尋ねると母親は
「当たり前やないの。母さんが嘘ついて何の得があるんや」
確かに母親が雷鳥の声を聞き間違えるとは思えなかった。
それに雷鳥は生活費もままならないから、良く飯を食わせる為に家へと呼んでいる。
そんな身近な人間を間違える訳はないか。
弓弦は受話器を取り耳にあて保留ボタンを解除した。
「もしもし」
「弓弦?」
「うん。どうしたん?」
「この雨の中、行くの?」
あぁと弓弦は思った。
そう言えば雷鳥とヒヨリの2人には殺人立ち合い人の日にちを伝えとったわ。
「いや、いかん」
「だよね。この雨やし」
「そうやな。まだ避難警告解除されとらん所もあるみたいやし。ていうか、雷鳥、電話代払うたんか?」
「うん。実はさ。昨日の朝、ママがいきなり帰って来たんよ。で、家の中がこんなやろ?ママはそれをみてしばらく呆然としとった。その姿がおもろくてさ。弓弦にも見せてあげたかったわ」
雷鳥はいいクスクスと笑った。
「これからはずっと居るつもりなんかな?」
「みたいな事は言ってた。でもさ。出て言った事についてはパパが悪いんだからって全然、謝ってくれなかったよ」
「おばちゃん、ちょっと変わりもんやしな」
「まぁね」
「それなら、風呂も入れるんやな?」
「うん。ママが帰って来た後、直ぐパパに電話してさ。お金、振り込んで貰ったみたい。それで溜まってた未納分全部払ったって。支払いを終わらせて帰って来たらずっとパパの悪口言いながらさ、僕が死んでたらどう責任取るつもりだったのよ!って又、怒り出して、頭に来たから、雷鳥、買い物行くわよって、昨日は散々、付き合わされたんよ」
そう話す雷鳥の声が何処となく嬉しそうで、弓弦は良かったと思った。
きっと雷鳥自身、相当無理をして生きて来たのだろう。ご飯を食べさせたり、風呂に入れたりしたけど、やっぱりそれだけじゃ完全に雷鳥の心を安心させられた訳ではなかったようだ。
わかっていた。わかっていたけど、今更ながら、どんな母親でも子供にしてみれば、心の全てを曝け出せる数少ない存在なのかも知れない。
弓弦は雷鳥の穏やかな話し声を聞きながら自分ももう少し、母親に感謝の言葉を伝えないといけないなと思った。
「ヒヨリの家は大丈夫やろか?」
「10時くらいにワシが電話したら、ヒヨリの奴、今水着に着替えたんやけど、泳ぐ為の水中眼鏡がどっかいって探してるんよ。弓弦?あんた盗ったんやないの?って。アイツ無茶苦茶やで」
「ヒヨリ、本気で泳ぎそうやもんね」
2人ともヒヨリの冗談だとわかっていたが、かと言って冗談とも取れない所が、ヒヨリの良さであり、危なっかしい所でもあった。
「そうよな」
それから他愛のない話をした後で電話を切った。
雷鳥には言わなかったが、ヒヨリに電話をしたのは堀籠の連絡先を聞く為だった。確か、堀籠はスマホを持っていた筈だ。
「朱音?良いけど、弓弦が朱音に用事?あんた、朱音の事、好きなの?」
「好きやで。けどヒヨリの考えとるんとは違う好きや。いうとくけど友達としてっていう意味やからな」
ていうか女子ってのは電話番号聞いたくらいで好きやら好きでないやら言うのだろうか。他の用事だとどうして思わないのか弓弦には理解出来なかった。
電話を切って直ぐに堀籠にかけた。留守電だった為、聞いてもらいたい話があるから、電話欲しいとメッセージを残した。だが未だ、お昼を過ぎても堀籠からのコールバックはなかった。




