第二章 ⑨
「僕、昨日、ヒヨリさんに友達が火事で死んだって話しましたよね?」
「はあ?朝から何よ?」
ベッドの上で胡座をかき、ヒヨリさんは半開きの瞼を擦っている。寝癖のついた髪の毛に触れながら、もう朝じゃないよ。とっくに昼過ぎてるけど?という言葉は返さず、僕は再び同じ質問をヒヨリさんにぶつけた。
「あーはいはい。居酒屋の火災事故ね」
「事故じゃない。放火です」
「どっちだって私は構わないんだけど」
「その放火によって僕の友達が死んだって言いましたよね?」
「言ったんじゃない?よく覚えてないけど」
ヒヨリさんはいい、信じられないくらい大きく口を開きあくびをした。
「聞きたい事ってのは、その時僕がヒヨリさんに何て言ったか知りたいんです」
「言った事?モリーあのさ。今私達がいるここが何処かわかってる?」
「僕の家」
「正解」
「それが?なに?」
「あのね。火事が起きてから私達が出会って何時間経過した?おまけに私はモリーの家に泊まってるわけね。その間、私達どんだけ会話したと思ってるの?そんなの一々覚えていると思う?」
「思います」
「何でそう思うかなぁ」
「だってヒヨリさん、日課のように死者の数を数えてるって言ってたじゃないですか?そんな人が目の前で現在進行形で燃えさかるビルの中で友達が焼け死んだであろう僕から直接聞き出した話ですよ?覚えていない筈がないじゃないですか?」
「あ」
ヒヨリさんはいい、オシッコと続けて部屋とユニットバスと小さなキッチン、そして洗濯機スペースがある廊下に続く引き戸を開けて出ていった。
しばらくして戻って来るとヒヨリさんは僕に向かって細く長い少し赤みかかった手の平を突き出した。
「水。飲んだら思い出す」
僕は冷蔵庫からペットボトルを取り出し上向きに広げられた手の平に冷えたペットボトルを乗せた。受け取ったヒヨリさんはキャップを捻り一口、二口と水を口へと運んだ。
「思い出しました?」
「まぁね。私が知り合いでもいたのって聞いたらモリー、友達が、5人の友達が5階の居酒屋にいたって話してくれた。けどその時のモリー、殆ど錯乱状態だったからなぁ」
「それ間違いないですか?」
「ん?あぁ。そうね。間違いない。モリーは駄々をこねるガキみたいに地面に座って手足をバタバタさせながら、友達5人がって言ってた」
「5人ですか……」
「……か、っ何よ。もっといたわけ?」
「いえ、そういう訳じゃないと思います」
「思います?あのね。モリー、自分が何を言ってるか理解してる?」
「してます」
「ならどうして思いますってなるわけ?モリーはあの居酒屋で友達と飲み会だったんでしょ?だからあのビルの前にいたんじゃないの?」
「ですね」
「けど火災が起きて入れなかった」
「はい」
「で、そこに友達は何人来る予定だったの?」
「5、いえ、4人……は既に店の中にいて、その4人から早く来いって催促のLINEが来ました」
守親はスマホ取り、LINEのやり取りをヒヨリに見せた。
「4人は確かに店内にいたようね」
「はい。でも、僕はヒヨリさんに5人と言ったんですよね?」
「うん。言った」
「どうしてだろう?」
「さっきからモリーが言う事、意味不が多すぎ」
ヒヨリさんが僕から5人と聞いたというなら、それは恐らく間違いないだろう。けれど僕を待っていたのは悠人を除いた4人だ。錯乱していたから間違えたのか?いやあり得ない。何故なら火事が起こる前まで僕は皆んなが世界一会いたくない人間のTOP5だった……のだ。
いや、違う違う違う違う違う……4人じゃなくて……
「違うって何が違うのよ?」
そこに悠人は含まれていなかった。間違いない。
何故かはわからないけど悠人は外れていた。
思い出した。昨日まで悠人を除いた皆んなは僕にとって人生で1番会いたくないTOP4だったのだ。
でもそれならどうして悠人だけが外れていたのだろうか?
それとも単に火事のせいで錯乱状態ぽかったから、ヒヨリさんに5人と言ってしまっただけなのか?
「単に、悠人って子がたまたま来られなくなっただけじゃないの?」
ヒヨリさんの言葉に僕はびっくりした。
「どうして、悠人の事を知ってるんですか?」
「今、自分で馬鹿みたいに1人喋ってたじゃん?モリーまさか頭の中で考えていると思っていた訳じゃないよね?」
「すいません。思ってました」
「怖っ。怖いんですけどぉ」
そんな風には全く見えないヒヨリさんが続けた。
「モリー、独り言キモいからさ。とっととその悠人って子に電話しなよ。んで火事で亡くなった友達の事も伝えてあげたら?」
ヒヨリさんはいい握っていた僕のスマホを僕の方へ突き出した。黙ってそれを受け取ると僕は電話帳を立ち上げた。けれどそれから先へと進めなかった。
「何してんの?早くかけなよ」
ヒヨリさんが急かすように言うが僕は電話帳に人差し指を向けたまま動けずにいた。
何故ならこの時、僕のスマホの電話帳の中に悠人の番号が入っていない事に気づいたからだった。
「ったく」
ヒヨリさんが守親の手からスマホを奪い取った。
「名前は?」
「……ん?モリチカ」
「テメーの名前なんか聞いてないっつうの。わ、た、し、は、モリーの5人目の友達の名前を、聞いているの。僕ちゃんわかった?」
「し、重信悠人」
「重信ね」
言ってヒヨリさんはスクロールした。がその細くて長い指が止まる事はなかった。
何回か繰り返し見た後でヒヨリさんが、手を止めた。ペットボトルに手を伸ばす。飲んでから言った。
「お客様がお探しになられているのは重信悠人様でお間違えないですね?」
守親は頷いた。
「こちらの方ですが、検索した結果、お客様のスマホには該当する人物は見当たりませんでした」
「……」
「番号も名前もないよ」
「そ、うですか」
「わかってたんでしょ?」
「何が、ですか?」
「しらばっくれんなって。モリーが電話帳立ち上げた時、なんか態度おかしかったもん。あの瞬間、そんな人物はいない事に気づいたんじゃない?だから自分で検索出来なかったんじゃない?」
「いや、違います。悠人はいた、ううん。いるんだ。幼馴染でずっと友達だったんだから」
「ならどうしてその友達が電話帳にいないわけ?」
「きっと、あ、そうだ。悠人、機種変したんだ。だから番号が変わって……」
「それなら番号が変わる前のものがあるでしょう?」
ヒヨリさんに言われるまでもなかった。
「モリー?ねぇ。モリー大丈夫?」
守親は声がした方へとゆっくりと顔を向けた。その動きは古びて錆びついたロボットの首を無理矢理回した時のように、ぎこちない動きだった。
声がした所にはひまわりの種のような物が空に浮かんでいた。それがゆらゆらと揺れている。守親はハッとした。この光景は見たことがある。
同じような光景を最近目にした筈だった。いつだ?それに気づいた守親は慌てて背後へ振り返った。
「ちょっ、モリー!」
守親の背後に大きな眼があった。直ぐ目の前にあるそれはよく見ると眼ではなく食虫植物のそれだった……
クラクションが聞こえる。うるさいうるさいうるさいうるさい。人々や行き交う喧騒の大波が襲って来る。その中に微かに聞き覚えのある声がした気がした。とても遠くから聞こえてくるその声の主を守親は探そうとした。僕はここだよ。ここにいるよ。大声で叫ぶが聞こえる声の主に届いたかはわからなかった。だから守親は混雑した人混みの大波の中へ飛び込んだ。ただ1つその声だけを頼りに押し分け、ぶつかり、罵られながら進んで行った。だが喧騒の大波は更に高く強く押し寄せて来た。そのせいで、守親は声の主も、いる場所も特定する事が出来ず……
気がついたらベッドの上だった。




