4 お茶会は一応成功?
「……ねぇ」
誰かの声がする。
片方は肌寒いのにもう片方は暖かい……
(ん? こっちは暖かい?)
「……っねぇ、ってば……」
誰かに呼ばれる声が聞こえて意識がはっきりとしてくる。
(誰……?)
「ねぇ、ちょっと。もうお茶会終わっているから、起きなよ」
その声はすぐ近くで聞こえて目を開けた。
「ん……?」
起きたばかりで焦点が合わない。
どうやらぐっすりと寝ていたようで返事をしようとしたのに、声にならなかった。
「ねぇ、ねぇってば。帰る時間だよ!?」
「…………帰る?」
「そう、帰るの!! いい加減に起きなよ」
『帰る』という言葉に反応して私は目を大きく開けた。
「え?」
私は今の自分の状況に愕然とした。
なぜか私は男の子の腕に絡みついていて……しかも!!
「よだれ!? 申し訳ございません!! 本当に何とお詫びをすればいいのか、本当に申し訳ございません」
私は男の子の肩によだれを垂らしてしまっていたので私は立ち上がって必死で謝罪した。
昨日は男装してお茶会に行って上手くいくだろうか、と色々考えてしまってほとんど眠れなかったのだ。
「あの上着、綺麗にしてお返しします!!」
さらに頭を下げると、男の子が心底面倒と言った様子で声を上げた。
「……いいよ。返すってことはまた君と関わりを持つってことだろう? できればもう、君とは関わりたくない」
言いたいことは良くわかる。こんな得体もしれない人間にまとわりつかれた挙句に、よだれで服を汚されたのだ。
関わり合いたくないだろう。
「……本当に申し訳ございませんでした」
私は再び深々と頭を下げた後に、顔を上げてしっかりと男の子の顔を見た。
藍色の髪に少し色素の薄いブラウンの瞳……
恐ろしく整った顔で高貴な雰囲気が漂っていた。
「いいって……僕はもう行く。君も早く家に帰りなよ」
私は咄嗟に男の子の袖口を掴んでいた。
男の子は驚いた顔をして「な、な、何?」と言ったので私は、はっとして大きな声で「起こしてくれて、ありがとうございました」と言って手を離した。
すると男の子は戸惑った後に小さな声で「別に」と言って今度こそ去って行った。
私はじっと去って行く男の子の背中をしっかりと見送った。正確に言うと、見送ったというより動けなかったのだが……
「今のは……大丈夫だったのかな? 一応……無事に終わったし……帰ろう」
そして少し風が冷たくなった中を馬車乗り場に向かったのだった。
◇
男装してジェイドと名乗っていたブランカと別れた男子が庭から歩いて来ると、城の入り口にこの国の第二王子のアルフレッドが立っていた。
アルフレッドのロイヤルブルーの髪色と、黄金に輝く瞳は遠くからでよく目立つ。
(フレッドはどこにいても目立つな……)
男の子はアルフレッドに気付かれないように溜息をついた。
アルフレッドは、金色の瞳を男子に向けた途端に声を上げた。
「ランベール。どこに行っていた? なぜ途中でいなくなった?」
ブランカが先ほどまで一緒にいた少年は、第三王子のランベールだった。
ランベールとアルフレッドとは同じ歳で戸籍上でも兄弟だが、両親が違う。
元々ランベールは国王の弟の息子だ。
王弟夫婦は国王を補佐するために王都内で暮らしていた。そして国王の代わりに出向いた公務の帰りに事故で命を失った。
そのため国王が、両親を失ったランベールを自分の息子として引き取ったのだ。ランベールも国王の弟の子なので王位継承権を持つ。だから議会でも国王がランベールを引き取ることを異を唱える者はいなかった。
ランベールはアルフレッドを見ながら静かに言った。
「悪かったな……」
そんなランベールの態度に、アルフレッドは溜息を付きながら言った。
「悪かったなんて……思ってないくせによく言う。父上が言っていただろう? 将来俺たちを支えることになる令息との親睦を深めろと」
アルフレッドの言葉を聞いて、ランベールは心の中で毒づいた。
(それはフレッドだけだろう? 僕には関係ない……)
王位継承権を持ち、国王の養子になったランベールは王宮内でもかなり危うい立場だった。
国王の弟が亡くなった時、王家との結びつきを強めるためにランベールを養子にしたいという家も多かった。
国王の養子になってからは誰も何も言わなくなったが、それでも野心を持って彼に近づいて来る者は多い。
ランベールは小さな声で言った。
「僕だって、親睦を深めていたさ。まぁ……話をしたのは一人だけだけど……」
アルフレッドは目を細めながら尋ねた。
「へぇ~~そいつは誰だ?」
ランベールは言葉に詰まってしまった。
ずっと隣で寝ていただけなので、相手の顔は知っていても名前まではわからない。
どうせアルフレッドもわからないだろうと、ランベールは先ほどまで一緒にいた男子の特徴を口にした。
「白銀の髪で、透き通った青い目の子だよ」
アルフレッドは眉を寄せながら言った。
「白銀の髪に透き通った青い目……ああ、リンハール家の……確かジェイドだったか……」
まさかアルフレッドがあの子を覚えているとは思わず、ランベールは素で驚いた。
「え? 覚えているのか? 一瞬自己紹介されただけで? それともどこかで会ったことあるのか?」
いつも以上に反応が良くて、アルフレッドが少しだけ言葉を詰まらせながら言った。
「今日が初めてだ……人の顔と名前を覚えるのは得意だ」
いくら顔と名前を覚えるの得意だと言っても、今回のお茶会の招待客は30人近くはいた。それなのに覚えていたなんて……もはや自分とは頭の構造自体が違うとしか思えない、とランベールは思った。
「僕はフレッドと違ってすぐには覚えられないんだ」
ランベールの言葉を聞いたアルフレッドが慌てて声を上げた。
「私だって全ての者を覚えたわけではない。たまたま覚えていただけだ。ジェイドという名前の割に、髪も瞳も翡翠色ではなかった。むしろサファイアのようだった。名前と顔に違和感を覚えたし……それに随分と顔の整ったヤツだったからな」
ランベールは確かに翡翠という感じではないな……と思いながらも、幸せそうにぐっすりと眠るジェイドの顔を思い出してなんだか心があたたかくなり小さく笑った。
「ああ、そうだな……随分と可愛い顔だった」
気が付くと、アルフレッドが驚いた顔でランベールを見ていた。
居心地が悪くなって、ランベールは眉を寄せながらアルフレッドに尋ねた。
「な、何?」
アルフレッドは唖然としたまま答えた。
「いや、ランベールのそんなに楽しそうな顔は久しぶりに見たと思ってな……昔はそんな風に笑うこともあったのにな……」
ランベールは恥ずかしくなって顔を真っ赤にしながらアルフレッドの隣を通り過ぎた。
「とにかく、悪かった。次からは気を付ける。今日はもう休むから」
「あ、ああ。そうしてくれ……」
アルフレッドは、去り行くランベールの背中を見ながら呟いた。
「ランベールにあんな顔をさせる男か……」
そして、今日のお茶会の手配を頼んだ者の元へと向かったのだった。




