3 義務的なお茶会
今日のお茶会は王族が主催ということもあり城で開かれる。
貴族とは家柄が《《全て》》だが、逆に言えば、皆家柄に《《しか》》興味がない。
どの家に誰がいるのか?
家族構成を全て知っている者などほとんどいないだろう。
皆の興味は人ではない。
――家の名前だけだ。
だから私がジェイド・リンハールと言って参加しても皆、《《リンハール》》の部分にしか興味がない。
――自分にとって有益か、そうでないか?
皆そう考える。
この国の貴族とはそういうものだ。
もしも男女のお茶会ならば、見た目なども気にするだろうが、同性同士なら見た目というよりも皆が気にするのはなおさら家柄だけだ。
「招待状を」
「はい」
私は受付で執事に招待状を渡した。
「確認いたしました。本日はようこそお越し下さいました。さぁ、中へどうぞ」
(お父様やお兄様の言う通り、あっさりと中に入れた……)
私のことを女だと全く気付いていない。
他の人も私をチラリと見るが、特に目を止める様子はない。
今日のお茶会は庭園で開かれるようで庭園の内部に入った。
さすが城の庭だ。花や芝生全てが生き生きと美しく咲き誇っている。
花の匂いに包まれながら会場になっている庭園に到着すると、すでに多くの人が来ていた。
(すでに何人かで集まっている人もいるけど……一人の人も結構いる……よかった……)
一人で立っている人たちも結構いるので、私だけが一人で浮いているわけではない。
もっと『あいつ誰だ?』というような視線を向けられるかと思ったが、意外にもほとんど見られている様子はなかった。そのまま大人しく立っていると、人がかなり多くなってきた。
時計を見ると、すでに開始時刻は過ぎていた。
(そろそろ始まるかな……?)
そんな風に思っていると、文官が中央に現れて声を上げた。
「アルフレッド殿下と、ランベール殿下の御入場」
アルフレッド殿下とは、乙女ゲームの攻略対象でもある第二王子だ。
第一王子は数年後に王太子になられるルーク様だ。第二王子のアルフレッド殿下とは結構離れていると聞いていた。
だが……
(ランベール殿下って、誰?)
ゲームにはランベール殿下という人物は登場しなかったのでわからない。
「第三王子殿下もご出席されるのか……」
「そうみたいだな……初めてお会いしたな……」
近くで名も知らぬ令息たちが噂話をしていた。
(第三王子……そんな人がいたんだ……)
乙女ゲームの攻略対象キャラは4人。
・第二王子アルフレッド
・文官を目指すモーリス
・騎士を目指すクラウス
この会場内を先ほど見渡したが、攻略対象はアルフレッド殿下以外は見当たらなかった。
乙女ゲームは基本的に主人公ブランカが優秀な婿を迎えるというのが目的だったので、攻略対象は次男や三男ばかりだ。もしかしたら今日の出席者は嫡男が多いのかもしれない。
「本日はお集まり頂き感謝いたします。今後、様々場面で会うこともあるでしょう。皆の親睦の機会になれるようにと願っています」
私が他のことを考えているうちに第二王子アルフレッド殿下の話が終わった。
そして招待を受けた貴族があいさつをすることになったが……
(あれ? 第三王子はあいさつをしないの??)
すでに招待状は受付に渡してしまったので、主催が第二王子だけだったのか、第三王子との連名なのか確認のしようがない。
こんな場合は家柄の高い順に名前を呼ばれる。私は伯爵家なのでまだまだ名前は呼ばれない。
あいさつを終えるまで基本的に食事もできないし、移動もできない。
私はすることもなくぼんやりと待っていた。
「リンハール家」
「はい」
私はようやく家の名前を呼ばれて第二王子と第三王子の前に出た。
第二王子は水色の髪に、黄金に輝く瞳の顔の整った男性だ。私はすぐにあいさつをした。
「はじめまして、ジェイド・リンハールです。本日はご招待頂きまして感謝いたします」
家庭教師の先生から学んだあいさつを思い出しながら頭を下げた。
「はじめまして、ゆっくりしていって下さい」
第二王子は私に向かって微笑んでいるが、第三王子は下を向いて目も合わなかった。
(殿下はやっぱりジーク・リンハールを招待したわけではなく、リンハール家の者を招待したんだ)
本当に誰が来てもいいのかもしれない。
ただこうして皆の前で名前を呼ばれた時に、誰も王子殿下にあいさつに行かなかった。
それだけのことで兄はゲームの中で酷いことを言われたのだろう。
心の中に霧がかかったように感じたが、私は頭を切り替えることにした。
(よし、これでミッションコンプリート!! 後は目立たず、騒がず隠れていよう)
私は計画通り、会場から離れると人のいない場所のベンチに座った。
「ここでしばらく時間を潰そう」
見上げれば抜けるような青い空。
風も心地よく、周りの花や葉を風が揺らしているのを見ると癒される。
(はぁ~~こんなに……のんびりと過ごすのは久しぶり……気持ちいい……)
気持ち良くて、目を閉じた……ところまでは覚えていたが……
どうやら私は眠ってしまったようだった。
◆
(つ、疲れた……人前、慣れない……)
ブランカが休んでいた静かな場所に人影が見えた。
フラフラと酷く疲れた様子でブランカの寝ているベンチに近づき驚いた。
(いつもの場所で時間を……誰かいる!? え? お茶会で昼寝!? 信じられない。こいつ……の心臓は鋼で出来ているのか!?)
男の子はベンチで眠るブランカを見て呆れていた。
「……っしゅん!!」
(こんなところで寝るから……風も出て来たし……仕方ないな)
男の子は眠りながらくしゃみをするブランカを気遣って隣に座った。
(これで風除けくらいにはなるかな……ところでこの子、誰だろう? フレッドと仲良くならなくていいのかな?)
男の子は座って空を見上げた。
みんな今頃は第二王子のアルフレッドに群がっているだろう。
そう思うと、自分は気楽な立場で少しだけほっとする。
(今日も空は青いな……)
ぼんやりと空を眺めている時だった。
突然、片方の肩に重みを感じて、男の子は自分の肩を見てぎょっとした。
(うわっ!! びっくりした……え? え? 俺を枕にしてるのか?? 誰かに寄りかかっても気付かないなんて……まさかかなり疲れているのか??)
ブランカはいつの間にか男の子の肩に頭を乗せていた。
「ん~~」
しかもブランカは温かさを求めていたのか男の子の腕にしがみつくように身体を寄せていた。
(うわぁ……こいつ……俺で暖を取っているのか!? 図々しいヤツだな。もしかして起きてて俺をからかっているのか?)
男の子はブランカの顔を覗き込んで、鼻の前に手を置いた。
規則的に寝息が聞こえると共に呼吸も一切乱れていない。
(あ、寝てる。本気で寝てる……やっぱりこいつ心臓、鋼……隣に座らなければよかった……)
男の子はあきらめて、ブランカの毛布になることにしたのだった。