2 BADエンド回避は根本から
父は一瞬言葉に詰まった後に声を上げた。
「ブランカ!! 何を言っているのだ!? お前が代わりにお茶会に出るなど……」
私は真剣な顔で父を見ながら言った。
「お父様。お父様の近年手掛けた鉱山事業……反発も多いのではありませんか? 王子殿下のお茶会に参加しなかったとなれば……他の家からの攻撃の的になります」
ゲームでも何度も出て来たこの言葉!!
――リンハール家の鉱山事業。
これから数年後に隣国で新しい加工技術が開発されて、これまで価値のないと言われていた鉱石が最高級の輝きを放つ宝石と呼ばれるようなるが、今では価値はほとんどない。
父はリンハール伯爵領から採掘される鉱石には価値があるはずだと信じて、貧乏な伯爵領の収入を増やすために鉱山事業を始めたが周りの貴族たちにはバカにされているのだ。
父は私に指摘されて黙り込んだ。
「もし、お兄様が王家のお茶会を欠席されれば……そのことで我が家を攻撃する者が必ず現れます。その時、つらい思いをするのはお兄様です。病み上がりは身体も心も弱っています。そんなお兄様を言葉の刃に晒したくはありません」
兄が息を呑み、小さく呟いた。
「ブランカ……私のためにその美しい髪を……?」
「………………」
父は相変わらず口を閉じたままだ。
兄はじっと何かを考えるような顔で私を見ていた。
「招待状には、『リンハール伯爵子息』としか書かれていません。お父様、私……令嬢辞めます!! どうか、このリンハール伯爵家の未来のために私を息子として、この王家のお茶会に行かせて下さい!!」
お父様は私をじっと見つめるとゆっくりと口を開いた。
「ブランカ……本気なのか?」
私もにらむようにお父様を見ながら答えた。
「もちろん、本気です。このお茶会はリンハール家の者として参加することに意義があります」
先ほどエイミーは私は10歳になったばかりだと言っていた。
10歳からお茶会に参加するようになるので、私はまだお茶会には行っていないはずだ。
私が女性だと知る人はいない。
それに招待状にはリンハール伯爵子息と書かれていたのだ。
弟だと言って私が行っても何も問題はない。
それに恐らく招待状に誰を招待すると明確に記載しないのは、家によって王家と繋がりを持ちたい人物が嫡男だと限らないからだ。
例えば領地経営を行う嫡男よりも、文官や騎士を目指す次男や三男に位の高い貴族と繋がりを持たせたいという家も多いと聞く。
父は私を見るとゆっくりと口を開いた。
「ブランカ……頼む……」
「旦那様!! 本気ですか?」
母が珍しく大きな声を上げた。
そんな母に父が眉を寄せながら言った。
「ああ……本気だ。正直なところ、今、我が家はかなり危険な状況だ。分家などに代理出席を依頼するのも我が領は王都からかなり距離があり、これから要請しても間に合わない。だから欠席しようと思ったが……欠席してもブランカの言う通りの事態も充分に考えられる」
「そんな……ブランカは女の子なのに……」
母が私を抱きしめた。
しばらくお母様に抱きしめられた後に、兄が小さな声で私を呼んだ。
「ブランカ、こっちに来てくれる?」
「はい」
私は歩いて兄のベッドの側に言った。
すると兄が私の短くなった髪に優しく触れながら言った。
「折角、綺麗な髪だったのに……ごめんね、ブランカ……」
「お気になさらず」
令嬢として生きてても、兄や母を失い……リンハール伯爵家のために絶対に優秀な男性と結婚する必要があるので無理をしなければならない。
だが、無理はどうしても歪みを生み……
happyエンドとBADエンドの割合がおかしくなるような結末にしかならないのだ。
それなら、もう根本的な原因を断つしかない。
兄が追い詰められる未来と、私が令嬢として奮闘する未来。
そんな二つの不幸な未来を断ち切る!!
これで大きくBADエンドは回避できるはずだ。
そして私は、男性として第二王子殿下のお茶会に参加することになったのだった。
◇
「ブランカお嬢さ……申し訳ございません、今はジェイド様でしたね……はぁ、こんなに短く切らなくてもよかったのではありませんか? それに剣の訓練までされて……」
お茶会当日、私は貴族の子息が着るような服を着て、しっかりと整えて切ってもらった髪をエイミーに梳いてもらっていた。
私の男性名は"ジェイド"。これはブランカのミドルネームだ。
悲しそうなエイミーを鏡越しに見ながら尋ねた。
「え~と……似合わない?」
するとエイミーが力強く言った。
「すっごく素敵です。お嬢様に心を寄せるご令嬢も絶対に現れます!!」
「エイミーったら、今日は男性ばかりの集まりだから令嬢は来ないわ」
そう……
今日は男性だけのお茶会。
一体どんな会なのか皆目見当もつかない。
――参加者として受付を済ませて、名前を呼び上げられた後に、主催者の第二王子にあいさつを済ませれば後は時間が来るまで人のいない場所に隠れていればいいよ。
兄から一応説明や、あいさつの仕方を聞いて練習もしたし、話題についていけるように剣術の訓練も受けたので問題ないだろう。
「出来ました……」
エイミーが櫛を置いたので、私は振り返って「ありがとう」と言って立ち上がった。
貴族男子の正装は、普段の服装よりも装飾がたくさんついて若干動きにくいが、ドレスに比べれば断然動きやすいこの服装を私は嫌いではないと思えた。
「それじゃあ、エイミー。行ってくる!!」
「お気をつけて!!」
私は緊張しながら馬車に向かったのだった。