《 プロローグ 》
一日の終わりを独りで見つめていると果てが知りたくなる時がある。
想像は一種の形を造りだすから、わたしは考えてみた。
世界が終わる日はきっとわたしが生きているうちには来ない。
途方もない仮定の話。
けれども世界が終わる日は明日かもしれない。一秒後に訪れるかもしれない。本当はもう終わっているのかもしれない。
一緒に一日の終わりを見つめたあとに微笑むあの子がとなりに居ないわたしは、終わりを望んでいるのかもしれない。
まるで仮定の話。
曖昧過ぎる感覚は心の中から救い出してあげたくても形がなくて手に取れない。
自分の深い深い心の底まで覗きたくても、どんなに俯いてみても、きっと果てなどない。
わたしの人生が終わっても、世界が終わっても、きっと知られたくなくて、深い深い奥底にひっそりと隠れ続けるものもあるかもしれない。
日が落ちて行く。次第に街を照らしていた橙が消えていく。青と黒の狭間の透き通った色で深く染め上げられて、最後には真っ暗な静寂が訪れる。
さらさらと流れる川の向こう側の土手の先には遠い街並みが小さく佇む。空の色と共に色合いを変えていき、暗く静まる街には明かりが少ない。深窓のような空に星が瞬きはじめる。
変わり往くさまを、わたしは家の裏の土手に座ってじいっと見つめる。
この一日の終わりのように、いつか世界が無くなる時、ゆっくりとゆっくりと沈んでいき、最後に闇が満ちるのだろうか。きっとその時わたしはそこに存在しないから、闇が満ちるかどうか確認できない。
これも仮定の話。
夕方の土手で膝を抱えているこのひと時はさまざまな物事を脳裏に呼び込む。
いつか世界がなくなる、なんて。いつか世界がなくなる時にわたしがそこに居たら、どんな感覚を覚えるのだろう。
もしも世界が終わるその日、永遠に見ることが出来なくなるこの景色を、誰かと一緒に見届けられたなら幸せを感じることだろう。
きぃという自転車のブレーキの音が小さく聴こえた。
いつもよりもう遅かった。
川の向こう側には微かな太陽の跡すら残っていない。完全な静寂が訪れてしまう一歩手前。一番星が夜の喜びを謳っている。
隠れた太陽の残した跡を、目を凝らして探しているかもしれない。
本当のところはわからない。わたしは振り向けない。振り向く勇気がまだ持てないのか、もう持てないのか、よくわからない。
振り向けないくせに、耳慣れたこのきぃというブレーキ音が聴こえてくると、このひと時にほっとする。
わたしの好きなこの音が聴こえると、大切な一日を今日も無事に仕舞い終えられたと安心する。
「天音ー、ご飯よー」
母の呼び声にすくっと立ち上がって土手を駆け上がった。
立ち止まって見つめた道の先、もう自転車は見えない。いつだってわたしの目にあの自転車が映ることはない。