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車中の地

作者: 太川るい

 車が走ってゆく。


 運転する男は無言で前方を見つめている。


 音楽はかかっておらず、エンジンの音と道路の上を走る音がこの車の中の全てである。


 男はまったく自分が無くなったかのように運転を続けていく。


 時折、道を横切る鳥とおぼしき影がこの車の前に現れては消えてゆく。


 後部座席に座る男は、そんな前の男の様子を何とも不安そうに見守っていた。


「なあ、もうすぐなのか」


 後ろの男は沈黙に耐えられなくなったかのように、前の男に話しかけた。


 前の男は答えない。


 そのまま男は道を横に行くため、無表情で右のウインカーをつけた。


 車が曲がる。また、沈黙が車中を覆いだす。


 後ろの男は居心地が悪そうに、苦い顔をして窓の外を見た。


 暗い夜である。外には民家の明かり一つ見えず、ここがもといたところから遠いのか、近いのかもすぐには判別がつかない。もうどれほどこの車は走ったことだろうか。走り始めの時から較べて、ガソリンのメーターはずいぶんと減っている。


「なあ」


 再び後ろの男が口を開いた。その語勢にはいくらかの苛立ちが含まれている。


「いい加減にしてくれないか。説明もなしだ。一体いつまで車を走らせるつもりなんだ。もうこんな夜更けだぞ」


 男は運転席に手をかけた。シートが男に振動を伝える。


 前の男は、ミラー越しにじろりと後ろを見た。不快そうに、何も言わずにいる。


 そんな前の男に、後ろの男はややおびえた様子を見せたが、意を決したように、シートをつかむ手に力を込めた。


「ふざけるな、人を馬鹿にするにも程がある。俺は降りるぞ!」


 そう言って、男は無理にドアを開けようとした。


 そんなとき、いきなり車が減速して、後ろの男は体勢を崩した。


 そのまま男は車を停止させた。


「着いたぞ」


 前の男は振り向きもせずに、そう告げた。


 言った矢先に車が止まり、後ろの男は少し面喰らったようだった。彼は再び窓の外を見た。相も変わらず外は暗い。音さえ吸い込まれていきそうな暗闇である。


 後ろの男はこれまでの道中とは別種の、しかし確実に深くなっていくある思いにとらわれていた。男はいままでとは違う不安の表情で運転席を見た。前の男は依然として表情を変えない。こちらを向くこともない。


「何をしている。早く出ろ」


 前の男は無機質な声で促した。


 後ろの男は躊躇した。先ほどまでの勢いが今はない。


 しかし出ていかないわけにはいかない。彼はおずおずと、車から足を踏み出した。


 足が地面を踏む。コンクリートではない、やや固めの土の感触が伝わってくる。


 思わず男は後ろを振り向いた。車はそこにある。空きっぱなしのドアから、車内のライトが運転席に座る男をほの暗く照らしているのが見える。男は無言でエンジンを付けたままにしている。




 不意に鳥が鳴いた。木からはばたく音が、どこからか聞こえてくる。


 夜の闇はますます濃くなり、男の周囲を取り巻いていった。


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