ネコミミはいろいろイタイ
猫耳カチューシャを引っ張ると、なぜかもう、そこには耳にかけていた柄の部分すらなかった。腰まである長い髪の毛を掻き分けて、耳元を確認するが、カチューシャの部分が消えていた。
「え、ウソ」
何かの間違いだろうか。
慌てて猫耳の方を引っ張ると、グニッという肉のような感触がした。
「痛い痛い!なんで?なんで痛いの?」
これは単なる猫耳のカチューシャだ。なのに痛覚があって、それではまるで自分の頭から生えてきているみたい。すごく慌てるものの、鏡の中の猫耳は意志に反して突如動いた。
ピコピコ
「ほぉう。お前はエリザベスというのだな」
「!?」
急に声が聞こえてきた。
闇がかかっているような、低い声だ。辺りを急いで見渡すけれど、誰もいない。
「勘違い?」
「いいや、勘違いじゃないさ。我はここにいる」
その時、私の髪の毛の色と完全に同化した猫耳がピコピコ動いた。
悪い夢を見てるのよ、フォンティーヌ。私はこんな幻覚を見てしまうぐらい、疲れたんだわ。
「この我を疲れで見る夢と同じにするな」
「だ…だったら、あなたは誰なの?」
「フッハハハハハハ!よくぞ聞いてくれた。我は第三百二十代魔王、キャットイヤーさ」
キャットイヤー。そのまま過ぎる。
「おいそこ、そのままだって思っただろ?」
「な、なんで分かるの?」
「聞こえるさ。我は心を読める魔王ぞ。ま、こうして猫耳カチューシャに魂を封印されてしもうたからには、どうにもならんがの」
いやいやいや……ちょっとツッコませてほしい。
カチューシャに、魔王の魂を普通、封印するの?
それに加えて、ガッツリ私の頭から抜けてくれない。ぐぬぬぬ、と格闘するように耳を引っ張ると頭蓋骨をそのままグイグイ持ち上げてるようで頭痛がする。
「イタタタ!お前、何してくれてるんじゃ!!」
「抜けない!」
「そりゃそうだろ!我がお主の魔力に反応して、完全に同化を始めました〜。それに呪いが発動したんですぅ〜」
やけに鼻にかかる声で言われて、腹が立った。
「呪いって…まさか、このまま一生外れないとか」
「ご明察。なんだ、お前は賢いな」
そんなの…そんなの……ヤバ過ぎる。二十四のいい年した大人の女が、こんな猫耳をつけてニヤニヤしてたなんて。誰にも知られたくない。
「どうした?ナイフなんか持って」
「切る」
「は?」
「切り離す」
「待て待て待て!」
私は右手にナイフを持っていた。鏡台にいる自分は頭の上についた猫耳を取ろうとするが、耳はつかもうとすると垂れたり、つり上がったりして避けられる。
何とか掴んだかと思えば、ぷにっとしているせいで、逃してしまうのだ。
「お前、さっきから言ってるだろ。我はお前と同化した。つまりな、もう一心同体なわけ」
「………切る」
「そうすると、今度はお前の聴力がなくなるぞ」
嘘だ。
魔王とか、キャット何とか言うやつだから、人間の私をだましてこのまま頭について来るつもりなだけだろう。私は自分の耳があることを確認するが、そこにあるはずのものがなかった。
「え……私の耳は」
「だから言った。お前と我の魂は混じった。これでお前が、次期キャットイヤーだ」
「こんなの……こんなの駄目よ」
鏡の前で泣き崩れかける。
猫耳カチューシャのような可愛いもの、私にはやっぱり早かったし似合わないのだ。
本当は女の子みたいに可愛いものをたくさん着たいし、小物も買いたい。でも私はグラキエース辺境伯家の娘。私の家は節約家で、イフリート公爵家に嫁いできたのは父がすごい業績を納めていて、公爵様の功績にかなうだろうとされたから。魔力もほとんど持って産まれなかった私は、どこかに嫁ぐための道具にすぎなくて。ずっと引け目を感じながら生きてきた。
せめて公爵家に嫁いだら、立派な妻になろうと思ったけれど。相手にはその気すらない。
それもツリ目な容姿だけではない。女の中でも背が高くて、声が落ち着きすぎている。可愛い女の子みたいに小さくなくて、声も高くない。
だからカチューシャをつけてみたくなった。可愛いものに憧れていることは、ずっと幼い頃から変わらないから。
それに…次期キャットイヤーなんてダサすぎる。
「お前、我のことをばかにするなよ?それにむしろ、良かったではないか。我のような猫耳をつけれて」
「全然っ良くないわっ。こんなのつけてたら、絶対に笑われるもの」
「そうだな。おまけに我の力もお前に受け継がれてしまったようだ」
「どういうこと?」
尋ねるも、ノックする音で魔王の声は消えてしまう。
今、部屋に入ってこられるとかなりマズいので扉の先にいる人に鍵をかけたまま答えさせた。
「奥様、ご無事ですか。先程悲鳴のようなものを聞いたので」
「だ、大丈夫よ。そっとしておいて」
「かしこまりました」
(あー仕事サボりてぇ)
「え、ララってそんなふうに思ってたの?」
「はい?」
彼女の言動の後に続いた言葉に、私は耳を疑った。完璧に仕事をこなしていたララの涼しげな顔。いかにもできる女性だと感心していたが、心の内でサボりたいなんて思ってたなんて。
「なんでもないわ」
「そうですか」
部屋のそばから離れていく気配に、また猫耳がピコピコ動いて反応する。
「お前の魂に同化した我の力の一つ。心の声を聞こえるようになる」
「驚いたわ。あんなに真面目な子がサボりたいなんて。案外、あの子も普通の子だったのね」
機械じゃないのだから当然だ。今日働くことや、明日働くことに喜びを見つけながら生きている方が難しい。納得していると、魔王が話しかけてくる。
「エリザベス、リズと呼ばせてもらうが。お前、このまま世界征服しないか」
「は?」
「いやぁ、我、夢見たんだよね。世界征服。それができたら、もうオンニャノコ(女の子)に困んないでしょ?」
「……やっぱり切る」
ナイフを手に持って、切込みを入れようとした瞬間だ。
「いったああああああ!」
猫耳の付け根から血がしたたって、激痛が走った。それはもう、どこかで分かっていたことのはずなのに。
猫耳に痛覚も、感覚も共有するようになった呪いをかけられたのを受け入れられない。
私が猫耳をつけたまんまになってしまったら……絶対に笑われるのに。
グラキエース辺境伯家は、竜騎士になる家系。この公爵家と同じような家系だ。最も、私達は騎士団の副団長止まりで、イフリート公爵家は団長を代々務めているが。
これでは兄たちにも顔向けできなくなる。猫耳をつけた妹なんぞ、フザケているようにしか見えないだろうから。
ドタバタと足音が聞こえる。私の悲鳴に駆けつけた者たちは、扉を開けた。
「大丈夫か、エリザベス」
「奥様、無事ですか」
「悲鳴が聞こえましたが」
鏡台の前に座り込む私は真っ先に扉を開けた彼止めがあってしまう。アメジスト色の切れ長な瞳をした、私の夫。
結婚しても後継ぎを作る気すら私に対して起こらず、初夜を泣いて過ごすことになった。
「イフリート公爵様っ…」
今最もこの格好を見られたくない相手に、見られてしまったこと。




