ネコミミに惹かれて
「おはようございます、奥様」
今日も使用人たちは私に挨拶をする。深々と丁寧に。
隅々まで行き渡った掃除に、王族が食べている食事を提供できるシェフのご飯。この公爵邸に嫁いできて八年が経つが全く文句の一つも出ない。
「旦那様は竜討伐…よね?」
「はい、奥様」
「いつも通り、一ヶ月は帰ってこないものね」
後に控えている私の専属メイド、ララはきっぱりとうなずいた。模範的に結あげた黒髪は厳しいとされる屋敷の執事長から、咎められることを知らない。
朝食を無事に終え自室に向かう中、ララに忠告した。
「これから私は大事な書類を見るの。決して開けてはいけないわ」
「はい、かしこまりました」
念押しというより、ララにはそんなことせずとも決して私との距離を踏み外すことなど彼女はしない。この屋敷の者たちは旦那様と同じく優秀であるのは変わりないが、私との接し方も温度差はなかった。
この屋敷に十六歳で嫁いでもう八年。旦那様は未だに私と後継ぎを作るような様子もなければ、妻として扱う様子もない。
ラスティレッド・イフリート公爵様。
彼は竜騎士の中でも『隻眼の鬼神』と呼ばれるほどの異名を持つ。竜とは、暴れては国を害する甚大な被害をもたらす生き物。竜から取れる魔石や鱗、毛皮などには様々な用途があるから決してすごく憎い存在ではないのだけれど。竜は際限なく、山の奥や海の向こう側から湧いて出てくる。
そんな敵を倒すため、帰ってきても彼はすぐにまた遠征に行ってしまう。竜騎士は給料が高く、屈強な体を持つから女の子には少なからず人気があるのだけれど。公爵様はなぜか定評だった。
そんなところになぜ私が嫁いできたのかは、もちろん家のためだった。
「少しぐらい…贅沢してもいいでしょ?」
私はあらかじめクローゼットの足元に隠しておいた箱を机においた。古い誰かへのプレゼントの中身は、メイド服。最近、公爵邸を散歩していたら倉庫から見つけたものだ。
それを広げると、黒いスカートの広いワンピースに、フリルの白い前掛けのエプロンが出てくる。加えて……
「可愛い…」
猫耳のカチューシャ。
鏡台においたそのプレゼントたちを取り出して、私は自分を眺める。
薄水色の髪に、金色のつり上がった目。印象としてはキツい美人といったところだろう。
舞踏会でボォっとしているだけで睨まれているのかと怖がられて。
咳をすれば不機嫌なのかと顔色を伺われる。
こんな可愛いもの、似合わない。そんなことは分かってる。でも、手にある猫耳のカチューシャをどうしてもつけたくなったのだ。
これをつけたら、少しは変われないだろうか。夫の不在中、屋敷の管理をしてきた私は使用人たちの態度をよく知っていた。彼らは仲が良いし、明るくて、楽しそうに仕事をしているけど。私が廊下を通るときは、変に背筋を伸ばして礼儀よく接してこようとしてくる。
それが少し寂しい。
「いい…よね、まだ二十四だもの。もうどんどん年を取っちゃうだけだから」
猫耳のカチューシャを私はつけてみた。
「ふふふふ」
鏡の中にいた私は少し優しく見える気がした。恥ずかしいし、なんだか似合わないとは思うけれど。でもツリ目な印象が、不気味がられる金色の目が、まるで猫のように思えるのだ。
「…にゃ………にゃ?ヤダわ。こんなこと、いい年してするもんじゃないわ」
ふと我に返り、カチューシャを外そうとしたときだ。
「っ!!?痛い!!」