09 ヒロインも当て馬たちも全員集合!
あれから数日がたった日曜日。
特に予定もなくダラダラ一日を過ごした夜、次の作戦を考えていた。
つむぎと紺が帰った後、あの日は特に何もなかった。新先輩は漫画以上に推せると確信し、つむぎと新先輩をくっつけることを改めて誓ったくらいだ。
お店はそこまで忙しくもならず一通りやらせてもらえて、ディナー営業が本格的に忙しくなる前に一足早く帰宅した。土日も教育係を用意できるほど人手がなくてごめんね、ということで私のバイト経験値が増えることもなかった。
入学式から怒涛の数日を過ごしたので、この土日はゆっくりと身体と頭を休めることができたわけだ。
つむぎと紺も学校がなければ、まだイベントが起こることはないだろう。紺はバイトには応募したようで月曜日に面接だと教えてくれた。土日は一人でゲームでもしているだろう。
幼馴染少女漫画あるある、部屋も隣―――というわけで、念のため紺の部屋を覗いてみたが土日中、部屋にいる気配はしていた。
ひとまず作戦①のつむぎと新を早く出会わせる、は成功したわけなので、次の作戦にうつりたいところだがなかなかいい案もない。
人の心を動かして恋人にさせるなんて、当たり前だが難しい。
そもそも私は彼氏が出来たこともなければ恋愛をしたこともない漫画内の冴は紺一筋だったし、他に仲のいい男の子もいなかった。
そんな恋愛初心者がカプ成就なんて上級者向けの事ができるのだろうか。
長い間考えてはみたが、ひとまず原作通りつむぎと紺の恋路を邪魔する障害になる、しか思いつかなかった。既に展開が変わってしまっているし、そもそも紺への恋愛感情は全くない、というのが不安要素だが。
原作の紺は気づかないふりをしていたが、冴の気持ちに途中から気づいていた。何を考えているかわからない男ではあるけど、察しはいいのは原作でも現実でも同じだ。私からの恋心がないことなんて簡単に見破られる気もする。
でも原作があるのだから、そこはうまく進むことを信じよう。原作通りにすれば大丈夫だ。
とりあえずライバルとして頑張りますか……!
当て馬としての誓いをたてる。
・・
水曜日。
登場人物は全員集合していた。
「今日はホール七人で行こう。ちょっと多いけどいっぺんに教えてしまおうかなと思って。今日から入る築山紺くんと小田切つむぎさん。先日入って今日は二日目の湯岡冴さんね。」
店長が私たち三人を紹介する。
紺とつむぎは面接に受かり今日が初出勤というわけだ。
お店が落ち着いているタイミングなので、他のスタッフも集めて軽く自己紹介タイムというわけだ。
新と先日いた大学生、初めて見る女性二人(二人も大学生のようだ)が簡単に自己紹介してくれ、私たち三人も簡単に挨拶をした。
「じゃあ築山くんと小田切さんは一度店内の紹介から始めるから僕とスタッフルームの方に来てくれるかな?湯岡さんはこないだと同じく高池くんについてくれる?」
店長はそう言うと二人を引き連れて行ってしまい、同時に来店のベルが鳴る。
「じゃあ早速だけど冴ちゃんいこっか!」
新先輩に背中を押され、お客様を迎えに急ぐのだった。
・・
今日はディナー営業が始まる前の時間に新人の私達三人は上がることになった。
今日はわりと忙しいのと、新人揃ってるからということで三人まとめて店長直々の教育も多く、新先輩と小声でおしゃべりする時間がなかった。
「じゃあ今日はお疲れ様!今日はこちらから話すことも多かったけど、次から実践頑張っていこう。それで、よかったらまかない食べていかない?」
「いいんですか?食べたいです!」と即座にこたえるつむぎに続いて、私と紺もボソボソ「食べたいです」と言葉を発した。
「親御さんは大丈夫かな?」
「大丈夫です。」
「はい、今日は遅くなるかもしれないと伝えていたので。
私、まかないって憧れだったんですよ、嬉しいです!バイトしてるってかんじですね!」
ぱあっと花が咲くというのはこういうことだろう。ヒロイン力が確実にある。つむぎがあまりにも嬉しそうだから店長も嬉しそうだ。
「じゃあ着替えてるうちに作っちゃうね!」
「楽しみにしています!」
店長が去ると、つむぎはその笑顔を私たちにも向けてくれる。
「バイトってまかないがあるんだねっ!本当なんだ、嬉しいー!何だろね!?」
心から素直に喜んでいるつむぎの姿をみて癒やされないわけない。つむぎをみてると赤ちゃんを見ているような気持ちになる。毒気が抜かれるというか。
こんな子相手に意地悪なことを言えるだろうか、また気持ちが萎むのであった。