05 釣れたのはヒロインではなく幼馴染
休み時間、私は紺の教室を訪れていた。
―――紺は自席にいる、つむぎも隣の席にいる。そして二人で話していた、もしかすると原作でもあった距離が近づくイベントが起きているのかもしれない。
二人が一緒にいる時を狙っていたので好都合ではあるがイベントの進行具合は大変気になる。
「紺。」
二人の会話が止まり、私を見上げる。完全に会話に割り込んだ形になるが、ライバル役としてはいい働きだろう。
「朝伝え忘れたんだけど、今日から私バイトだから一緒には帰れない。」
本当は伝え忘れていない、つむぎの前でバイトのアピールをしたかったのだ。 ついでに一緒にいつも帰っていることのアピールも欠かせない。
「こないだのカフェ?」
「そう、二人で行ったカフェ。」
もちろん二人でカフェに行ったことのアピールも。
結局、私はつむぎと紺の障害になるべくライバル役を担当することに決めた。少しでも時間を稼ぎたい。だから仲良くなる作戦は一旦やすむ。
そして、わずかな希望をかけて、ただのバイト勧誘人としてチラシ配りをすることにした。
「そ、そうだ……!バ、バイトを募集しているので……あの、よかったら、あなたもどうぞ……!」
下手くそな演技で、押し入り宗教のごとく、つむぎにバイト募集の紙を押し付ける。
「私に、ですか……?」
突然知らない女に話を振られチラシを押し付けられたつむぎはさすがに困惑しているし、紺も面食らっている。私の人見知り度を知っているからだ。
「あ、突然すみません…!えっと……店長が困っていて、その、私あんまり友達もいないので……紺と仲が良さそうだったので、つい………。」
「大変そうですね、チラシありがとう。」
言葉通りに素直に受け取ってくれて、ふんふんと内容を見てくれている。
「そんなに困ってるの?」と同情した顔を向ける紺。
そりゃそうだ、知り合いでもない人に必死に勧誘するなんて、店長かバイト先にかなり愛情がある人くらいだろう。バイト一日目なのに使命感に燃える熱い女がここに生まれてしまった。
私がそんな人情味あふれる人間でないことは紺が誰よりも知っているから、よっぽど困っていると思ったのだろう。
「そう!春だから就職と進学でごっそりやめちゃったみたい!」
「そうか……。」
「じゃあ応募するよ。」
と言ってくれた!……のは、つむぎではなく紺だった。
「えっっっ」
「相当困ってんでしょ」
「いや、よく考えて……。」
「バイトするつもりだったし、時給もいいし近いし。」
「………」
予想外の物が釣れてしまった。でも私の言動は切羽つまった人間のそれだったし、紺はなんだかんだ優しい。昔から何度も助けられてきた。
「バイトのお誘いありがとう、私も考えてみるね、親に相談しないといけないけど。」
つむぎも困った人を放っておけない人だった。
私と紺の雰囲気から察して、お店の人が全員やめたと思ったかもしれない。
「あっこのカフェ行ったことある、おいしいしきれいだった!働くならこういうところがいいとは思ってたんだよね。」
「いいところだよ!」
「えっと、冴ちゃん?はバイト始めて結構たつの?店長が知り合いとか?」
「………昨日面接で、今日から働くの。」
「えっ!?本当に人足りないんだね!?」
勝手にゼロファを危機的状況にしてしまったが、つむぎの勧誘には手応えを感じている。これはうまくいっているのでは!?
……まあ紺も釣れてしまったが。
「あ、そうだ!築山くん今日って予定ある?よかったら一緒にこのカフェに行かない?冴ちゃんもバイトなんだよね。」
「ない、行く。」紺は即答だ。
なんと、二人のデートをアシストしてしまった。
紺は普段女の子のデートの誘いには乗らないけど、かなり自然な流れだった。甘いものもついてくるし。つむぎもまだ恋心は芽生えてなさそうだし、他意なくバイト先を見てみようというノリだろう。
メタ視点になるが、気軽に人を誘える懐っこさがある女じゃなければ紺と恋愛には発展しないもんな。
「冴ちゃんも出勤なんだよね。それじゃあ帰り三人で行こう!」
私はライバル役にもなれるのだろうか。つむぎに冷ややかな態度を取る役を演じ切れる自信もなくなってきた。