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25 当て馬たちのデート

 


 ネコエモンの映画は本当に良かった、良すぎた。去年のも良かったけど今年のは涙、涙だった。大泣きしてしまったものだから映画の後、トイレの鏡で顔を確認しているところだ。マスカラはとりあえずセーフだ。目が真っ赤になっているがこれはもうどうしようもないことだった。


「おまたせしました。」

「おかえりー。」


 トイレ近くの柱の前で立っている新先輩が手を振る。……どうしよう、こうやって私のことを待っていてくれる姿を見るとデートをしているんだという実感がわいてくる。待ち合わせの後すぐに映画館へ向かい飲み物やポップコーンを買ったらすぐ映画館が始まるというバタバタだったのでそれどころではなかった。


 新先輩って、知ってたことだけどやっぱり本当にかっこいい。土日のバイトは私服で来ているわけだから私服を初めて見たわけじゃないのに。すごく新鮮だ。急に恥ずかしくなってきた。



「映画終わったけどどうしようか。お腹もそこまですいてないよね。」


 時間は五時過ぎだ、夕飯には少し早いしポップコーンを食べたからお腹はあまりすいていないし、かといって今から出かけようという時間でもない。


 このまま解散になるだろうか。でも恋人でもないからさっきの紺たちにみたいに家なんていう選択肢もない。



「そうだ。俺の友達がバイトしてる店あるんだけどどうかな。個人でやってるダイニングバーで。」


不安に思ったが新先輩が次の場所を提案してくれた。


「バーですか。」

「バーっていうと大人ぽいけど、普通に早い時間はカフェとかディナー営業だし、もちろん高校生でも入れるしお酒は飲まないよ。居心地いいし長くいられるからよくみんなと行くんだけどここから近いんだよね。」

「じゃあそうします。」


 そんなおしゃれそうなところ行ったことないが大丈夫だろうか。でもつむぎがヘアメイクをしてくれたことで少しだけ自信はついている。


 新先輩についていくと、今日紺たちと行ったカフェの近くにあるお店だった。ダイニングバーとは一体どんなところかとドキドキしていたが、外観も店内もゼロファと似た雰囲気のカフェのようなところだった。



「いらっしゃいませ、って新か。」


 新先輩の顔見知りらしい人が出迎えてくれた。きっとこの人が友達だろう。学校で新先輩を見かけた時に一緒にいたのを見たことがある気がする。


「二人だけどあいてる?」

「うわ、かわいいこ捕まえとる。…あれ同じ高校の一年生だよね?」

「そうです。」

「バイトの後輩。」

「ふうん。じゃ案内するわ。」


 そのまま先輩が案内してくれたのはお店の端にあるソファ席だった。まだ時間が早いこともあって人はあまりいない。

 ゆったりくつろげる席だし、お酒のお店というよりかは本当にカフェのような感じで安堵した。



「お腹そんな空いてないからガッツリご飯ていうのもね、ここならおつまみ系も多いから軽く食べられるでしょ。」


 なるほど、メニューはカフェより居酒屋に近いのかもしれない。お酒の種類も豊富なようだ。普通のファミレスよりもたくさんの種類から選べるので見ているだけで楽しい。

 お店のおすすめメニューをさっきの先輩が教えてくれたので、それと数品頼んだ。



「じゃあお疲れ様でーす。」

「お疲れ様です。」


 中身はジンジャーエールだが、なんだかお酒の乾杯みたいだ。大人になった気分で少しワクワクした。



「ネコエモンめっちゃよかったね。泣けたわ。」

「はい、やばかったです。」

「小学生ぶりに見たけど、子供向けに思えないクオリティだったわ。」

「付き合ってもらえてよかったです。」


 好きな映画を喜んでもらえてこうやって話してもらえるのは気分がよかった。そして食べてみたご飯もすごく美味しい…!お腹がすいていないはずだったが箸は進む。


「俺がつむぎちゃんにチケットあげちゃったから、紺と行けなくてごめんね。」

「紺とですか?」

「うん。毎年紺と行ってたんじゃないの?」

「……小学生までは行ってましたけど。」

「毎年恒例っていうのは?」

「お姉ちゃんですよ。」


「紺と毎年行ってたのに悪いことしちゃったなと思ってた、なんだ、違ったか。」

 新先輩は机に顔を突っ伏して、すねたような口調だ。「紺と行きたかったと思ってた。」

 そう言って顔を上げる。私が見下ろす形で、自然と上目遣いになった新先輩は可愛かった。



「紺は中学生になって思春期になりましたからね。」

「あはは、冴ちゃんもそうでしょ。」

「私はずっとネコエモンが好きな子供心を持っていますよ。」

「そうでした。」


 身体を起こした新先輩はジュースを飲みながら「勘違いしてた」と笑った。


「お姉ちゃんと毎年行ってるので、新先輩のお誘い断ったんですけど。」

 ……本当は、先輩をこれ以上好きになりたくないから断った、が正解だけど。


「それをお姉ちゃんに話したら、呆れられちゃって。私は別に毎年ただの付き添いなんだから誘われたなら行っておいでよって。

 それでもう一度誘っちゃいました、最初は失礼なことしてごめんなさい。」


「いや全然大丈夫、また誘ってくれてありがとう。」


 胸に残っていたしこりがとけていく。

 よかった、こうやって笑い飛ばしてくれる人で。



「紺も結局ネコエモン喜んでたので、新先輩がチケットくれてよかったと思います。」

「そうなんだ。」

「つむぎとのデートのために予習してたんですよ、前作とかの。」

「へえ、紺ってそういうかわいいところあるよな。」

「私の家で三本も見ていったんです。」

「冴ちゃんも見たの?」

「はい、私の家ブルーレイ揃ってるんです。」

「……そうなんだ、たしかに面白いから三本とか見ちゃうわ。」


 新先輩は私の話を聞きながら器用にサラダを取り分けてくれていた。一つ渡してくれる。


「ありがとうございます。」

「俺も過去作見たくなってきたなあ。」

「今度貸しましょうか?前々作のが特に面白いんです。でも今年のもかなり良かったですけどね。」


 新先輩と目があう、ちょっとオタクぽかっただろうか。早口で話してしまった。


「俺とは一緒に見てくれないんだ?」

「え?みますか?」

「あはは、冗談だよ。今度貸してね。」

「はい!もちろんです!」


 新先輩がネコエモンに興味を持ってくれたのが嬉しかった。前々作のも面白いがその前も感動作だった。何を貸そうか、貸すことを口実にしたらまた会ってくれるだろうか。なんてずるい考えもよぎったのだった。



 ・・


 気づけばお腹もいっぱいで外も暗くなってきた。お店も少し混んできて、お酒が入った人たちも増えた。


「そろそろ帰ろうか。」


 新先輩もそれに気づいたようで友達を呼んでお会計をお願いしている。テーブルチェックなんて大人だ。

「チケット用意してくれたから、ここは俺が払うね。」なんてスマートにお会計も済ませてくれた。


 お店に入った時から、いやお店選びから気づいていたが、新先輩はやっぱりデートに慣れている。女の子といることに慣れている。

 すごく気楽に過ごせて楽しかったけど、それは新先輩がちゃんとエスコートしてくれていたからだろう。



「もう暗いから家まで送るよ。」

「ありがとうございます。」


 帰りもそう申し出てくれて、普通に受け取ってしまった。本当はここで遠慮しないといけないのかもしれないが、まだもう少し一緒にいたかったからだ。


 お店が立ち並ぶエリアを抜けると住宅地が続いていて暗い。一人で歩くのは心細いが、二人で歩くとこの暗さが逆に特別に感じる。夏の夜の匂いは気持ちを走らせる。


新先輩も言葉少なだが、それも心地よかった。一つ歩むたびに、二人で歩いている実感が湧いてきてくすぐったい。



「あの、新先輩、今日は本当にありがとうございました。私こういうデートは初めてで、失敗してないか不安なんですけど……。」



 新先輩の方を見上げると、ちょっと目を丸くして笑った。



「デートって思ってくれてたんだ。」

「そ、そこ突っ込むんですか!」

「あはは。そういうふうに思ってくれてると思わなかった。」


 新先輩は足元に視線を落として石ころを蹴った。石はコロコロと転がっていく。


「全然失敗なんてしてないよ、俺も楽しかった。」



「あの……夏休み、また会えませんか?」


 そう言うと、私の方を向いた。新先輩は真面目な顔をしている。自分でもこんな勇気が出るなんて。夏の夜に浮かされたのかもしれない。


「うん、いいよ。」


 新先輩はそう言って久しぶりにへにゃりとした顔を見せてくれた。


 家まではあとほんの少しだ。

それ以上、何か話してしまったら陳腐になってしまいそうな気がして、私は他の話ができなかった。胸に込み上げてくる想いが口からこぼれてしまわないように。新先輩もそれ以上なにかの話を広げることもなく。私たちはほんの数分の道を歩いたのだった。

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