21 当て馬の花火大会
近くでいくつか食べ物を買って先程の場所に戻ると、人はそんなに増えていなかった。目星をつけていた石壁の前に陣取る。脇道だが花火大会の観客以外は誰も通らず会場の一部となっているので、そのままそこに座り込み買ってきたものを開いた。
「こんなとこで大丈夫?ちょっと砂つくかもしれないけどズボン。」
「全然気にしないですよ。」
「じゃあお疲れ様ー。いただきます。」
買ってきたたこ焼きを頬張る新先輩に聞きたかったことを質問することにした。
「質問です。」
「はい。」
「今日合宿じゃなかったんですか?どこかの施設で泊まってたんじゃ。」
「泊まったのは昨日。さっき帰ってきたからそのままこっち寄ってみた。」
そう言われると新先輩の背中にはいつも学校に行く時に背負っている大きめのリュックがある。
「そうだ、リュックあるじゃん。これ、クッションにして座って。」
私の視線がリュックを捉えたのと同時に新先輩もリュックの存在に気づいたようだ。私の隣にリュックを置く。
「リュック汚れちゃいますよ。」
「いつも適当にそこら置いてるやつだから。中身も服だし、大丈夫。」
新先輩は譲る気がなさそうなのでお言葉に甘えてリュックの上に座る。デコボコのアスファルトで痛かったお尻が楽になる。
「ありがとうございます。」
「それで、どうしてここに?」
また話を戻すと新先輩は気まずそうに笑った。
「いやこないだつむぎちゃんと三人で話したときのこと思い出して、今日のこと。」
「こないだ?」
「紺を花火大会に誘うってやつね。それでそしたら冴ちゃんはどうしてるかなと思ってさ。さっきみたいになっちゃうか、一人で見てるんじゃないかと思って。」
本当に細かいことに気がついてくれる人だ。実行にうつして助けてくれる。そして、嬉しかった。あの日の会話を思い出して、つむぎのことだけじゃなくて私のことにまで想像を働かせてくれることが。
「ありがとうございます、本当に助かりました。二人の邪魔しちゃうとこでした。」
「我ながらナイスタイミングだったわ。」
「ほんとですね。」
奇跡みたいなタイミングで現れた新先輩を思い出す。二人の恋を新先輩もしっかり応援しているらしい。つむぎと紺がデートをしたおかげで、私も棚ぼたでこうして新先輩と一緒に花火を見ようとしている。
「まあ花火見たかったていうのもあるんだけどねー。合宿と被って最悪だったけど間に合ったからセーフ。」
新先輩はスマホを出して、そろそろかなーとつぶやく。あと一分で花火が始まる時間だ。まわりもそれに気づいているらしくいつ始まるかとざわざわが広がっていく。
隣の新先輩を盗み見る。空を見上げている新先輩の横顔を見るとくすぐったい気持ちになる。まさかこんな風に二人で見ることができるなんて。まだ現実と思えないほどだ。
「新先輩と見たかったです、花火。嬉しいです。」
花火が始まる直前の楽しみがはち切れそうな空気は私も伝染して落ち着かない気持ちになった。ソワソワして浮かされた私から素直な言葉がこぼれ出る。
「えっ?」
私の言葉にこちらを振り向く新先輩の顔が照らされた。花火が上がったのだ。
恥ずかしい言葉を口に出してしまったことに気付き、花火の音で新先輩の声は聞こえなかったことにした。そのまま花火を見上げる。新先輩もそれ以上何も言わず花火を見つめた。
色とりどりの花が夜空に咲く。信じられないほど綺麗だ。
特別なものはこうやって新先輩と隣で見たい。特別な時を過ごすのも新先輩がいい。……これはきっと、好きってことなんだ。
推しキャラだからじゃない、憧れだからじゃない。
隣にいて同じ時を共有したいと思うのは、爽やかだけどワガママな感情だ。彼女になりたい、そう願ってしまうから。
空に花が咲くたびに、自分の気持ちに気付く。そのたびに気持ちを肯定されている気がした。
暗闇に咲く花はキラキラで輝いていて、この感情は大事にしていいものなんだと思った。
・・
「あっという間だったね。」
フェスのおまけで小規模な花火大会なので三十分程度で終わった。体感でいうと十分も感じなかったくらいあっという間に終わってしまった。
「ほんとすぐ終わっちゃいましたね。」
終わった途端、人混みが大きく動いてたくさんの人のざわめきで現実に戻ってしまう。
「冴ちゃん時間大丈夫ならもう少しここで待たない?今激混みだからさ。」
私たちは隅にいるから人混みに飲まれていないが、メインストリートは大混雑だ。みんな駅に向かって流れていく。
「そうですね。時間は全然大丈夫です。」
それにまだ帰りたくもなかった。こうして新先輩と二人で……まるでこんなデートのような……時間を過ごせたなんて。今でも夢みたいだが、今回の件は完全なラッキー案件だ。
「じゃあ、そうするか。花火に夢中でまだ全部食べてなかったし。」
出店で買ったきり、箱から出してすらいなかった焼き鳥を取り出した。一本渡してくれる。完全に冷えてカチカチになった焼き鳥に噛みついた。
「今日どうだった?」
「めっちゃ忙しかったですよ。暑かったですし。」
そういえば一日外で働きっぱなしだった。途端に不安になる。汗もかいたし、髪の毛だってボサボサではないだろうか。新先輩に会うなんて思っていなかったから鏡すら見ていない。
「お疲れ様。でも俺も出たかったなー、楽しそう。」
「楽しかったです。来年もあったらいいですね。」
「来年は冴ちゃんたちが合宿だったりして。」
「あ…そうかも。」
「一泊二日の勉強合宿とかいらなさすぎるよなー。」
来年かあ。
バイト、今日が終わればやめようと思っていた。新先輩のことを好きになるのが怖かったから。
……でも、好きな気持ちを認めてしまえば、接点をなくしたくなかった。
この先、つむぎのことを好きになってしまうことはわかっている。
でも、紺に好きな人がいるとわかっていてもつむぎは頑張ってる。紺だって、彼氏がいるとわかっているのにお姉ちゃんに恋をしている。
それがどうしてか今ならわかる。諦められないし、自分の気持ちに嘘はつけないからだ。
つむぎみたいに頑張れるかはわからない。どちらかというと紺みたいに恋心を大切に自分の内に仕舞い込むかもしれない。
でも、新先輩を諦めて、離れたくはなかった。
「あ、紺とつむぎちゃんだ。」
新先輩が人の流れの方を見る。確かに人混みの中に二人の姿が見えた。二人は歩くのに必死でこちらに気づくことはなさそうだ。
「あ……。」
二人が手を繋いでいるのが見える。はぐれないように手を繋いでいるだけかもしれない。でも、それでも、進展したのかもしれない。
いや漫画でも繋いでいたような……どうだったかな。思い出そうとして、やめた。
そもそも漫画と少し展開は違うのだ。今日だって二人はバイトの流れから自然と花火大会に向かったが、原作では紺は遅れて……まるで今日の新先輩だ。本当は今日新先輩は働いていて、紺が後から参加したのにまるで逆だ。
そう、全部が全部漫画通りに進んでいるわけではない。だからもうつむぎのことを好きになる未来は恐れない。
だって、原作では新と冴は出会っていない。運命だって変えられるはずだ。私はこの世界では、つむぎより先に新先輩に出会ったんだ。
「ショック受けた?」
新先輩の声に気付く、自分の世界に入ってしまっていた。新先輩が私を心配そうに見ている。
「……ショック?」
「ほら紺とつむぎちゃんが…。」
「?」
「いや、見えてなかったらいいんだけど。」
「何かしてました?」
自分の思考の世界にのめり込んでしまっているうちに、何か二人にイベントが起きていたのだろうか。もう一度人混みに目を向けるけど、当たり前だがもう二人は見当たらなかった。
「いや別に何にもだよ。」
「そうですか。でも二人をみたら私も頑張ろうて思いました。」
二人だって一方通行の片思いを頑張っている。励まされる。
私だって二人と同じだ。つむぎになりたいと嫉妬してしまっていたが、つむぎになれなくてもつむぎみたいに頑張ることはできる。
「うん、頑張ってね。…冴ちゃんのことも応援してる。」
恋愛のことだと思っていないのか新先輩は気軽に応援してくれた。私が頑張るのは新先輩のことなのに応援してくれるなんて、と思うとおかしくなった。
昨日までのネガティブな感情は消え去っていた。
転生に気づいたあの日……「転生したからには、ヒロインと当て馬を応援します!」と計画を初めて練った日くらいポジティブになっていた。
・・
「そろそろマシになってきたかなあ。」
買ってきたご飯も食べ終わる頃、人の波は途切れてきた。まわりで様子見していた人たちも移動するべく立ち上がっているのが見える。
「あの、新先輩。今日は本当にありがとうございました。私二人の邪魔しちゃうところでしたし。」
「俺がきて迷惑じゃなかった?」
「迷惑なんて絶対ないです。」
新先輩は人には優しく寛大なのに、自分のことになると自信がないのだろうか。新先輩と一緒にいて迷惑だと思うことなんてあるわけない。
「新先輩と見たいと思っていたので本当に嬉しかったです。」
この花火大会後の雰囲気なら恥ずかしいことも言える。さっきと同じことをもう一度言った。こちらを見ていた新先輩の目が揺れる。
「や、普通に照れた。ありがと。」
と言いながら、ゴミを片付け始める。照れると下を向くところ、本当にかわいい。そういえば人を好きになると、かっこいいよりかわいいと思ってしまう。なんて何かの小説で読んだ気がする。
「新先輩に今日は会えないと思ってたんで。」
「じゃあ来てよかった。」
「はい、嬉しいの本当です。」
私もゴミを拾って、新先輩の持っているビニール袋に入れた。少し手が触れる。袋から新先輩の方に顔を向けると、先輩もこちらを向いていた。
――驚くほど顔が近い。触れたりするほどの距離ではないが、異性に免疫がなさすぎるので少し近くにいるだけで驚いてしまう。
新先輩の瞳がまた揺れる。暗闇の中なのに新先輩の瞳はキラキラしてる。時間が止まっているみたいだ。
「冴ちゃんさー、人をじいって見る癖あるよね。」
「えっ、そうですか?」
新先輩はそう言いながら立ち上がり、瞳どころか顔が見えなくなる。
「それ他の人にやったらダメだからね。」
「えっ、なんでですか。」
私も立ち上がるとまた新先輩の顔が見えた。
「勘違いされるから。」
いつの間にか取り出した新先輩のキャップを私の頭に深く被せる。ツバで何も見えなくなる。……新先輩も少しは私のことを意識してくれたんだろうか。少しでもプラスに思ってくれるなら、いくらでも見つめたいのに。
「はい、帰るよー。」
帽子を取ると、新先輩の笑顔が見えた。新先輩だって笑顔、ずるい。その笑顔に本当に弱い。
私と新先輩も駅に向かって進んだ。人はまばらになっていて、人混みだから手を掴んでいてほしいという言い訳は全く使えそうになかった。そして、そんなことを思っている自分の積極性にまた驚く。
本当に今日で新先輩のことを忘れるつもりだったのに。ここまで気持ちも変化するとは。
もう新先輩といて悲しい気持ちにはならない。
恋をあきらめない。作戦だって変更だ!
これはつむぎがヒロインのお話じゃない。私のストーリーなんだ。
ここでは私がヒロインだ。
「少女漫画のライバルに転生したから推しの当て馬役と結ばれる」。
そんな物語があっても、いいじゃないか。




