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13 太陽に溶かされる

 


「女の子からして俺ってそんな軽く見えるかな?」

 ちょっと考えてから新先輩は切り出した。話をしてくれるつもりらしい。


「うーん……」

「うわ、悩ませてる!?正直に言っていいよ!」

「いえ、話なら聞きますと言ったくせに申し訳ないんですけど、軽いとかそういうのがまずわからないんです。自分だけじゃなくて周りも恋人がいたことすらないので……。」


 恥ずかしながら恋愛経験値はゼロである。そしてつい先日まで中学生だった。学年で目立って派手な子は彼氏もいたと思うが、私もまわりも恋人はいなかったと思う。好きな人や憧れの先輩もいても目が合えば仲間内でキャーキャーするくらいで。



「あ、紺とかはモテるんですよ。でも彼女もいたことがないし。まわりも好きな人がいると嬉しいくらいなんです。」

「あーでも中学は確かにそんなもんだったかも。部活に忙しかったしなあ。」


 ちっとも役にもたたないであろう回答にもうなずいてくれる。


「そう思うと中学は良かったなあ。高校に入ったら好きとかより、いいなと思った人に告白して付き合って…て感じだから。」

「大人ですね……。」

「結構めんどくさかったりするよ。」


 先程まで笑顔を向けながら歩いてくれていた新先輩が視線を前に向ける。横顔は大人にも見えるし少し疲れても見えた。


「実は好きっていうのがわからないのかも。中学は部活バカで全く恋愛とか考えたことなかったんだよね。野球部で丸刈りだった。」

「丸刈り……」

 新先輩の大型犬みたいなふわふわの毛がツルンとしているのは全然想像できなかった。


「あはは、そこに反応するんだ。丸刈りだから全然モテなかったしねー。自分で言うのもなんだけど高校に入ると告白とかされて。

 告白されると嬉しいし可愛いと思うし、付き合ったら楽しそうだなって付き合うし、いつも彼女のことちゃんと好きで大切にしてるとは思ってるんだよね。」

「なるほど。」


「でも彼女以外にも色々好きなものはあるから、全部が全部優先できるわけじゃないし。友達とも遊びたいしバイトもしたいし。特別扱いされてないって思うみたい。」


 確かに新先輩は友達が多いから忙しいだろう。付き合えるだけで最高に幸せだと思うけど、あまり会える回数は多くなくて寂しくなってしまうのかもしれない。


「最終的にいつも私のこと本当は好きじゃないでしょってフラれるんだよね。俺なりに好きなつもりだけど、好きなつもりって時点で違うのかも、わからなくなった。

 告白されたら嬉しいし可愛いから付き合って、フラれてもそうかあって思っちゃうから、軽く思われるみたい。浮気とかはしたことないけどね!?」

「そうなんですね…。」

「今回も全く同じ、最近シフト入れまくってたのがダメだったみたいだね。お土産ケーキ作戦も失敗。」

「なるほど……。」


 いくら話を聞くだけと言っても、私の相槌はさすがにひどすぎる。

 前世の少女漫画知識を思い出そう、新先輩みたいな男の子は少女漫画ではかなりあるあるだ。


「あの、ごめんなさい。相槌が下手すぎて。」

 とりあえず時間稼ぎに発した言葉もあまりにも情けなかった。

 ずっと前を見ていた新先輩はこちらを振り返り、またへにゃりとした笑顔を向けてくれる。


「あはは、ほんと冴ちゃんのそういうところ俺は好きだわ。嘘つけないよね。素直だし。でもちゃんと一生懸命聞いてくれてるのわかるから嬉しいよ。優しいよねー。」


「そ、そんなこと言ってもらえないです、普通!」


 また声がうわずって、ボリュームが大きくなってしまった。

 でもそうしないと胸に広がる熱さをこらえきれなかった。


「あの、私本当に話が下手で。人がこうやって話してくれてても、うまく返せないで不快にさせてしまうことが多いんです。

 新先輩は私の気持ちまで汲み取ってくれるじゃないですか。そんなこと、普通はないですよ。ノリが悪くて暗いって思われます。」


 早口になってしまったが気にせず続けた。言葉にしないと涙がこぼれそうだった。

 うまく話せないこと、いつもずっとコンプレックスだった。

 どもってしまうことをバカにされて笑われたことはあるが、好意をもって笑顔を向けられたことはない。

 人がせっかく心を開いてくれても、こちらの想いは相手に伝わらない。真剣な話はうまくできないし軽いノリは返せない。私のこと好きじゃないんだね、は私だってよく言われた言葉だ。


「不快になったことなんかないよ。」

「それは新先輩が優しいからですよ。」

 思わず言葉を遮ってしまった、本当に会話が下手くそだ。それでも続けた。


「新先輩は本当にみんなに優しいから彼女が不安になるのわかります。でも新先輩の優しさって……他の人が気づかないようなことを気づいてくれるところだと思うんです。

 私のこと好きじゃないんだね、って私も言われます。私は優しすぎるからじゃなくて冷たく見えるからです。そんな私を素直で優しいなんて……。」


 一気にたくさん喋ってまた心拍数が上がった。変なことを言った気がする。そもそも話がそれている気がする。


「あの、だから……新先輩に気づいてもらえたり、優しさをわけてもらえるの、救われてる人もたくさんいます。……って、だから彼女は不安になるんですよね。すみません。」



 それた話から新先輩の失恋話に戻ったつもりが完全に行き先を見失った言葉になった。完璧に変なことを言ってしまっている。新先輩の言葉で嬉しくなって熱を帯びた身体が嫌な汗で冷えてきた。

 私はよっぽと変な顔をしていたのだろうか、きょとんとしていた新先輩は吹き出す。


「いや、冴ちゃんを冷たいっていうのはさすがに見る目がなさすぎるでしょ。」

「え…」

「冴ちゃんの良さわからん人間はもったいないなあ。」


 先輩が笑顔を向けてくれるから、会話に失敗したわけじゃないんだと気づく。安堵からまた体温が戻ってきた。

 人と話すとうまく話せたかドキドキしてしまうが、新先輩と話すとその不安から解放される。


「あの……話戻りますね……。

 彼女になる人には悪いんですけど、新先輩の優しさに救われてる人たくさんいるので、それはやめてほしくないんです、私は。」


「人のいいところや困ってることに気づく天才だと思うんです。だから告白されたら、告白した人のいいところみつけて素敵だなと思って付き合うんでしょうし……。

 それできっと付き合ったら、いいところもっと見つけてくれると思うんです。」


 新先輩が足を止めた。私の方を向く。またへにゃりとした笑顔が落ちてくるかと思ったが、意外と新先輩は真顔だった。もしかして怒らせることを言ってしまったかなと一瞬不安思ったが、新先輩なら最後まで聞いてくれるだろう。もう不安にならない。


「だから他の人に優しくても不安ならないでいいって……彼女には思ってほしいです。」


 そう、不安にならないでいいんだ。色んな人のいいところに気づく人が一番近い彼女のいいところに気づかないわけがない。長くいればいるほど好きになってくれるかもしれない。

 それに、こんなわかったようなこと言われても怒らない。すごく生意気に新先輩のことを語っているのに。


「あの…すみません……。意味わかんなくて。あ、でも全然軽いと思わないです。軽いがそもそもわかってないですけど……。」


 新先輩との会話は不安にならないとは言ったが、自分がえらそうな事を言った自覚はあるのでついボソボソ声になった。


「いいところ気づく天才かぁ……」

 また新先輩は歩きだす。慌てて私もついていく。雨はほとんどやんで来た。


「まあそれを言うなら冴ちゃんもいいところに気づく天才だね。」

「えっ!?」

「俺の悪いところの「軽い」をポジティブに変換してくれてるからね。」

「なるほど……。」

「あはは、天才を認めるんだ。」

「あはは。」


 つられて私も笑った。新先輩といると本当に会話が楽だ。うまくいかない自分を好きになれる気さえする。


「ありがとね。」

 そう言ってまた新先輩は足を止めた。今度は、学校の門についたからだ。そして私に向き合う。


「冴ちゃんは本当に素直だよねー。冴ちゃんいろいろ言ってくれたけど、俺はさ、こういう時逆になんて言ったらいいかわからなくなるんだ。」

「……なるほど?」

「はは、わかってないでしょ。まあ……えっと……嬉しかったてこと。」


 珍しく言葉に詰まった新先輩は視線を下げた。えっと…私の励ましを、喜んでくれたってことかな。


「冴ちゃんはすごいよ。」

「すごいですか。」

「普通は照れるからね。」

「ありがとうございます……?」


 うまく言えなかったけど、それでも素直な気持ちは伝わったらしい。

 そして新先輩を褒めたから、照れたということか?そう言われてみると、くすぐったそうな顔をしているようにも思えてくる。さすがにポジティブか?

 いつもは自分のことをたくさん話してくれるけど、今は確かに言葉少なな気もした。本当に私の言葉を喜んで照れてくれているのかもしれない。……嬉しい。



「てかごめん。」

「……?」

「学校閉まってて入れないわ。」

「あ、そういや時間的にそうでしたね。」

「うわまじでごめん。」


 案外抜けてる新先輩が面白くてまた私は声を出して笑っていた。


「こういうのも楽しくていいですよ。」

「そういうタイプなんだ?」

「実は寄り道とかすきです。」

「俺も。」

 新先輩もまた笑ってくれた。雨がやんでいることに気づき、新先輩は傘を閉じる。



「帰りますか。」

「はい。」

「ありがとうね、送ってくれて。」

「入れなかったですけどね。」

「雨やんでよかったわ。」

 傘を閉じて歩きだす、距離は遠くなった。少し時間がずれていたらこの特別な時間はなかったかもしれない。



「お話できてよかったです。」

「俺も、ありがと。」


 並んで歩く。駅までの道は一瞬に違いない。


 新先輩の横にならぶ彼女の気持ちもわかった気がする。

 話すだけで良かったのが、もっともっとと欲が出る。

 新先輩のたった一人の特別になれたらいいのに、そう思うのも当たり前だ。


 でも、この気持ちは推しキャラだから、恋じゃない。まだ大丈夫。

 だって、新先輩のたった一人の特別は、この物語の脇役の私ではないんだから。

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