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12 当て馬相合い傘

 

 それからまた数日経った日のこと。この日、私は新先輩と二人シフトに入っていた。小雨が振り少し肌寒いこともあって客足は少なかったので、バイトメンバーは手持ち無沙汰でオープンキッチン前でおしゃべりを続けている。新先輩以外は大学生の男性二人なので人見知りを発揮した私はナプキンを折り続けていた。

 小声ではあるが何か三人で盛り上がってるなと思っていると、


「湯岡ちゃん聞いてあげて、新また振られたんだって。」

「言わないでいいですから。」


 衝撃の言葉が振ってきて私は顔をあげた。

 楽しそうにしている大学生二人と困っているような新先輩。


「そうなんですか。」

「反応薄!湯岡ちゃんはクールだなあ。」

「もう絡まないであげてくださいよー。」


 つむぎとの恋のために待っていたはずなのに、いざ破局と聞くと驚き固まってしまったのもあるが、こういうときどういう反応をしたらいいかもわからない。


「新モテるんだけど続かないんだよなー。」

「彼女とっかえひっかえで悪い男だよ。ひっかからないようにねー。」

「悪い男扱いやめてくださいよ、俺はいっつも真剣なんですよ。」


 先輩の軽口に傷ついていないかと心配になるが、新先輩も軽い口調で口をとがらせている。


「そんなわけで彼女募集中になったんで。先輩紹介してくださいねー。」

「お前には絶対紹介したくないわ。」

「合コンしても負けるもんな。」

「あ、湯岡ちゃん立候補しておく?」

「あ…えっと…」

「はいはい、ダル絡みやめてくださいねー。傷口に塩塗ってくる先輩とは今日絡みませーん。」


 笑いながら新先輩が私の背中を優しく押してくる。


「傷心中なんで冴ちゃんとあっちいっときまーす。」

「うわ、湯岡ちゃん気をつけてよ、新には。」


 とりあえず笑顔を作ってうなずく私はそのまま背中を押されてレジ横まで移動する。


「今日先輩がレジ横担当なのになー。まあ今日暇だけどさ。」

「えっと、お別れしちゃったんですね……。」

 話を変えた方がいいのかもと思ったが、結局ストレートな言葉しか出てこなかった。


「そうそう、昨日振られたわ。」

 新先輩はうーんと伸びをして少し笑う。「おかげで寝不足。」


「すみません、私、そういう経験がなくて、なんて言っていいか…。」

「いや全然!むしろ気使わせてごめん!先輩たちが言うみたいにいつものことだから。気にしないで。」


 いつも新先輩がしてくれるように気が向いたことが言えたらよかったけど、どうしたって思いつかない。

 ―――新先輩が早く別れればいい。

 ずっとそう願っていたけど実際にそれが訪れると気持ちが落ち着かない。そして同時に自分が恥ずかしくなった。漫画とは違う、ただの展開の一つなんかじゃなくて実際に感情がある人なのに。


「いや本当にね。そうやって言葉探してくれてるだけで嬉しいからさ。ありがとね。」


 私の顔を覗き込む新先輩は優しく言ってくれる。私が気を遣われてどうする。


「あ、お客さん来た。俺案内してくるわ。」


 メニューで頭をぽんと叩かれて、新先輩はお客様のところに向かっていった。




 ・・・



 予想していなかったイベントが起きていた。私と新先輩は相合傘で歩いている。





 雨が強まりあまりにもお客様が来ないので、新先輩と私は八時には上がることになった。傷心中の新先輩と、雨で人通り少なくて危ないからねと私が選ばれたわけだ。新先輩に関しては先輩たちのからかいも含めての選出だったが。


 軒先で傘をさそうとしたとき、タオルを頭に乗せて出ていこうとする新先輩がいた。


「新先輩。」

「あ、冴ちゃん。お疲れ様ー。」

「傘ないんですか?」

「あー、うん。バイトきたとき小雨だったでしょ。学校に置いてあるから取りに行こうと思って。」


 学校まで歩いて十分はかかる。雨はざあざあと音が鳴るほどだ。迷ったけど口を開いた。


「じゃあ…入っていきませんか?私も行きますよ。」

「え、でも遠回りになるよ。駅と。」

「風邪引きますよ。」

「帰るの遅くなるよ。」

「早上がりなんで大丈夫です。」


 自分でも、こんなに譲らないなんて珍しい。と思う。

 でも風邪を引いてほしくないし、明るくしてても―――漫画の知識で申し訳ないけど。新先輩は軽くなんかない。人に対してきちんと誠実に向き合う人だ。つむぎが初めての本当の恋かもしれないけど、ショックを全く受けていない、なんてことはないはずだ。

 そんなときに一人で雨に打たれてほしくなかった。


「じゃあお願いしようかな。」

 私が譲らないのを察した新先輩は私から傘を受け取った。「俺が持つね。」


 そうして傘の下に入ると、我ながら大胆なことをしたものだ。肌寒いはずなのに急に頬が熱を帯びて全身に回るのを感じる。

 推しキャラと相合い傘なんてするから、当たり前だ。そう、当たり前なんだ。


「そんなに照れられるとこっちも照れるけど。」

 新先輩が吹き出す。「自分から誘ったとは思えないな。」


「じゃあもう学校まで送りませんよ。」

「お、言うようになったな。」

 そういってへにゃりと笑ってくれる。この笑顔がすきだ。―――推しキャラだから。



「今日は気遣ってもらってばっかでごめんな、ありがとう。」

「いえ、なにも…」

「いやー本当は一人になりたくなかったからまだバイトしたかったんだけどさー。謎の気遣いを先輩たちにされたわ。そんで濡れてたらまじで落ち込んでたかもありがと。」

「私先輩たちみたいに励ませないですよ。」

「あれはからかってるだけだから。まあそれでも元気でるけどね。冴ちゃんみたいに聞いてくれるだけでも全然ありがたいし。」



「よかったら!は!話ならききます!」

 思わず声が上ずってしまった。いやそれよりも明らかに声のボリュームが突然上がってしまった。驚いた目と目が合うと新先輩はまた吹き出した。


「冴ちゃんて読めないわー。クールかと思ってたけど結構お人好しの頑張り屋さんだよね。」

 あははと堪えられないように笑う新先輩。

「ごめん、気遣ってくれてるのに……怒った?」

 またそうやって私の顔を覗き込む。うまく表情を隠せなくなるからやめてほしい。―――推しキャラに顔を覗き込まれたらときめくに決まっている。そう、推しキャラだから。


「いえ、笑ってもらえたなら嬉しいです。」

「あはは、笑っていいんだ。」

「はい。」

「じゃあ聞いてもらおっかなー?俺の失恋話。」

「はい!」

「やる気だねえ。」

「あ、ごめんなさい…そんなテンションで聞くことじゃなかったですね。」

「あははっ。いやもうほんと俺を心配してくれてるのは全身で伝わってるから大丈夫だよ。」


 私は話が面白くない自信がある。…全く誇れることでないが。

 それなのに一言一言笑ってくれる新先輩の反応がくすぐったくて。笑う新先輩の瞳が優しくて。時々触れる肩が熱くて。

 新先輩は落ち込んでいるのに、心配している気持ちも本当なのに。こんなにドキドキしちゃっていいんだろうか。

 ―――推しキャラだから少しくらいなら仕方ない、そう仕方ない。

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