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11 ラスボス襲来

 


 それから二週間、特に何かあることもなく日々を過ごしていた。

 新先輩に彼女がいる以上つむぎにオススメすることもできず、紺も彼女持ちに見えるわけだから私がライバルとしてマウントも取るのも逆にボロが出そうで控えていた。つまり完全に手詰まりであった。


 そして、高校生活とバイトに馴染むのに必死だったのもある。

 あれから私達三人は新人ながらそれなりに成長して教育係に見守られなくても接客できるようにはなっていた。



 なるべく紺と同じ日に希望を出してつむぎと紺が二人だけになる状況を防ぎたかったが、初日以降は新人三人まとめて入れられることはなく。つむぎと紺がセットになる日も数回はあった。

 紺に恋愛進行度を聞きたくてバイトはどうだったか探ってみても、たいした答えを得られることはなかった。まあそりゃそうだ、紺からするとつむぎはバイト仲間でクラスメイトというだけの存在で私につむぎとの仲はどうか話すほどでもない。というかつむぎと何かラプハプニングが起きたとしても紺が私に話すとは思えなかった。

 二人のイベントは自分の目で見るしかないのに、クラスメイトでもなくバイトが三人同時になることもなく。精々バイト前に教室に行くくらいしか関係を伺うタイミングはなかった。そしてもちろんわからなかった。


 でもそのぶん新先輩とつむぎが被る日もあったので二人の仲が深まっていることを祈る。そして私が二人と被る日も何度かあった。

 ライバル役として早々に解雇されてしまった私はつむぎの友達役に落ち着いていた。連絡先を交換したり、冴・つむぎと呼びあうようになったり。原作ではつむぎは推しだったし、そもそも私は友達が少ない。そしてつむぎはやっぱりすごく喋りやすくて。原作で紺がつむぎと結ばれるのがよく理解できた。そもそも私や紺みたいな人間は、つむぎのように諦めずに話しかけてくれないとなかなか打ち解けられないだろう。

 新先輩も同様だった。まるで自分がおしゃべり好きの女の子になれた気分だった。何度か一緒にシフトに入ると新先輩とつむぎの魅力は私にはどんどん伝わり眩しい憧れの存在になっていた。

 新先輩に彼女はいるから、お互いまだ恋愛対象にはなり得なくても、つむぎが素敵な女の子で新先輩が素敵な人だとはお互い感じているだろう。


 ・・



 そして久々に四人のシフトが被った日、事件は起きた。

 ラスボスの襲来である。沙良お姉ちゃんが彼氏を連れてやってきた。



「きちゃった!」

 紺が案内しているお客様が私の目の前を通る時、小さく手を振っている。誰かと思えばお姉ちゃんと彼氏だ。

 お姉ちゃんたちを席に案内して、そのまま紺はメニューの案内を始めた。



「冴ちゃんの知り合い?」

 新先輩が私に小声で質問する。今日はお店は落ち着いていて、私とつむぎと新先輩の三人はオープンキッチンの近くに立っていた。お姉ちゃんたちに出すためのお水をつむぎが注いでいる。

「私の姉なんです。」

「えー、そうなんだ!たしかに言われて見ると似てるかも!?」

 つむぎが私とお姉ちゃんの顔を見比べている。顔立ちだけなら似ているかもしれないが、雰囲気でいうと真逆だとは思う。

「じゃあ紺の幼馴染でもあるのか。大学生?」

「はい、5個上です。」


 紺が戻ってきて、つむぎからコップが載ったトレイを受け取る。

「今暇だし、冴ちゃんもお姉さんのところ行ってきたら?」

「ありがとうございます。」

 新先輩の言葉に甘えて、紺と一緒にお姉ちゃんのテーブルに向かった。



 お姉ちゃんと彼氏はメニューを見ながらケーキにするかパフェにするか悩んでいるところだった。

「どうしたの?」

「冴と紺が働いてるところ見たくてきちゃった。」

「先に言ってよ。」


「先に言ったらダメって言われると思ったもん。今日二人ともシフト入ってるみたいだったからチャンスだと思って。

 それよりミルフィーユといちごパフェどっちがいいと思う?」


「ケーキはいつでもお土産してあげるからパフェにしたら?」


 そう提案するのは紺だ。いつでもお土産するなんて、お姉ちゃんに本当に甘い。そしてお姉ちゃんに向ける視線も甘い。

 紺にこの視線はなんとなく苦手だ。いつも涼しい顔をしている紺の熱っぽい感じがこそばゆくて。二人とも身内すぎるからか恥ずかしくなってしまう。


「えーやった、うれしい!これからもお願いします!じゃあパフェとストレートティーで。健は?」

「俺はアイスコーヒーで。」

 久しぶりに見たお姉ちゃんの彼氏 健くん。正直いって地味だ。よくいえば優しそうな人。今日もお姉ちゃんに頼まれて来てくれたのだろう。


「いちごパフェとアイスティー、アイスコーヒーですね。」

 紺はいつもよりすました声で注文を取った。




 オープンキッチン前に戻ると早速新先輩が聞いてきた。

「紺の彼女って冴ちゃんのお姉ちゃんだったの?」

 どうやら察しのいい新先輩は紺の視線に気づいたらしい。


「……違いますよ。彼氏ときてるでしょ。」

 紺はさっきまでのすました声とうってかわって拗ねたような口調になった。途端に子供に思える。私はお姉ちゃんの前の紺よりもいつもの紺のほうがすきだ。


「一緒にきてる人は彼氏さんだったのかあ。」

 お姉ちゃんと健くんを見るつむぎの表情からはやっぱり何も読み取れない。

「そもそも俺、彼女いないです。」

 しばらく彼女持ち設定にするつもりが、あっさりネタバレされてしまった。


「えー!?こないだケーキ買っていったのは?」

「あれは……沙良ちゃんに。」

「沙良ちゃん?」

「冴のお姉ちゃん、あそこにいる人ですよ。俺たち家隣なんで。」

「ああ……」

 納得したような表情の新先輩とつむぎ。確かに隣の家なら彼女ではなくてもお土産を持っていくのはあり得ると思っ申のだろう。



「俺の彼女じゃないです。」

 ポツリと発された紺の言葉で、ああやっぱり紺はお姉ちゃんが好きなんだと改めて思った。空気が少しだけ重苦しく感じる。紺の声音がぎゅっとこわばっていたからだ。

 私は何度か健くんに会ったことがある、時々うちで夜ご飯を食べたり。

 でも紺は二人が一緒にいるところを見るのは初めてかもしれなかった。

 お姉ちゃんを家に送ってきたりとか、たまたま出くわしたことはあるかもしれないけど。二人が会話しているところは初めてかもしれない。



「社割があるからいつでもお土産にできるな。俺も自分にお土産ばっかりして絶対太ったわ。」

「私も最近よく買っちゃうから気をつけます。」

「今月限定のさくらシフォン食べたことある?」

 新先輩とつむぎはそのままケーキの話をし始めた。話を変えてくれたのかもしれない。


 お姉ちゃんと健くん、紺の触れてほしくない部分が目の前に広がっている。紺はお姉ちゃんが好きだ。でもお姉ちゃんとどうにかなりたいわけじゃないのも知っている。紺が心のなかで密かに大切にしてる大事な場所がお姉ちゃんだ。



「マーブルキス」を読んでいるときは、新先輩とつむぎに結ばれてほしいとずっと思っていた。

 でも、私は紺も大好きなのだ。学校内ではクールでかっこいいと評判の紺だけど、嘘がつけない子供みたいで臆病なのが紺だ。

 お姉ちゃんと紺が結ばれるなら、それは嬉しい。原作の冴だって、自分が恋人になれないならお姉ちゃんと結ばれてほしいと思っていた。

 でも私は、お姉ちゃんの前にいる紺はあんまり好きじゃない。お姉ちゃんに並ぶために大人ぶって、背伸びして。

 ―――つむぎとなら、と一瞬思ってしまう。原作を思い出す、つむぎの前で子供みたいに大笑いする紺を。



 紺を見ると、トレイやメニューをアルコール消毒する作業にうつっている。うつむく表情はまだぎゅっと閉じているように思えた。


「私もやっていい?やること探してたんだよね。」

 つむぎが紺の隣に立つ。「私これきれいにするのめっちゃ得意。」

「下手なやついないだろ。」


 こんなとき紺をこわばった気持ちをやわらげてくれるのはヒロインのつむぎだけなんだろう。

 オープンキッチンをのぞくとお姉ちゃんのいちごパフェが出来上がるところだった。ライバル役でもないただの脇役の私に今できることはこれを運ぶことくらいだった。

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