波打際から
三題噺もどき―にひゃくよんじゅうご。
ようやく暖かくなったかと思ったら。
今度は寒くなった。寒の戻りというやつだ。
全く、勘弁してほしいものだ。
こっちは、もういいだろうと思って、冬物を奥の方にしまったというのに。
コートか何か、羽織るものだけでも出しておけばよかったなぁ。
さすがに冷える。
「……」
特に今は。
「……」
あーでも、いらないにはいらないか。
「……」
目の前には、水色の美しい景色が広がる。
耳には、優しい波の音が響く。
鼻の奥に、独特の潮の香りが広がる。
遮るものが一つもないから、どこまでも。
どこまでも、その先が続いているように見える。
お、あれ鯨かな。大きな尾が、波の上に翻る。
かなり大きいのだろう。ここからでも、なんとなく、その大きさを感じさせる。
「……」
いいなぁ。
きっと、自由なんだろう。
「……」
ないモノねだりもいいところだが。
「……」
ときおり強く海風が吹く。
冷え切った体を、更に冷やしてやろうと容赦なく。
数時間前までは、暑いぐらいの電車に揺られていたのだが。
降りてすぐは丁度良かったが、さすがにもう心地よさはない。
もう既に、手先とか、足先の感覚は、ない。
「……」
準備中ってかんじだ。
「……」
なにのって?
「……」
んーしかし。
春になりつつあるとはいえ、こんな所に来るべきじゃなかったな。
なにより服装間違えている。
特に人目を気にするような―むしろ気にしない方がいいような―用事だったので。
ラフすぎるのも、いいところだ。
何でもいいかとおもって、これにしたが。
「……」
ま、ほとんど片付けてしまっていたし。
「……」
必要ないものは捨てた。
「……」
一番不要なものを捨てに、ここに来た。
「……」
あーでも、1つだけ捨てきれていない……というか。
放置してきてしまった。
実は、とある店の、店員としてお仕事をしていたのだが。
そこに、何も言わずにここに来ていたのだ。
確か、今日もシフトは入っていたはずだ。
昨日も一昨日も、その前も。
明日も明後日も、その後も。
毎日毎日。
仕事仕事仕事。
休みなんてない。
休憩なんてない。
残るのは当たり前。
「……」
ま、いいか。
「……」
最後ぐらい、思い知れ。
「……」
それも、無理かもしれないか。
「……」
ぼうっと。
海を眺めている。
ずっと。
一定の間隔で、波打っている。
かと思えば。
突然、別の大きな波にのまれていく。
「……」
白波が。
遠くの方で、一本の線を作る。
それはすぐに。
別の波に、ぐちゃりとつぶされる。
「……」
なんだか、自分を見ているようだ。
―なんて、あとは用事を済ませるだけなのに。感傷じみたものに浸ってみる。
「……」
ようやく、波に乗ったと思えば。
それはすぐに、別の誰かに奪われて。
ようやく、うまくいったと思えば。
それはすぐに、なかったことにされて。
「……」
私はいつでも、失敗する側。
だれも、助けてはくれない。
「……」
つかえないとか。なんでいるのとか。いない方がましだとか。いても意味ないだとか。
―生きている意味あんのとか。
「……」
これ以上考えるのはめんどうだな。
もう何も関係ないし。
「……」
いい感じに、冷えてきたとこだし。
「……」
それでは最後に。
さよなら。
お題:店員・電車・鯨