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2.





「また、グラジェル様はシャロンの妹といらっしゃいますね」


学園内の中庭の横を通る廊下を歩いていると隣を歩いていた友人のソフィアがそんなことを呟いた。彼女の視線の先を見れば、中庭のベンチで隣り合う彼らの姿が見える。朝から逢瀬とはお熱い限りである。


「彼は体調を崩しがちな妹を気にかけてくれてるんですよ」


「・・・貴女がそう言うならそういう事にしておきましょうか」


ソフィアは態とらしく溜息を吐いた。彼女だけではない。17歳になったシャロンが通う国立学園では入学してきたシェリルとシャロンの婚約者であるローガンの事で色々と噂の花を咲かせていた。


儚げで美しいシェリルと若き侯爵家嫡男のローガンの恋物語。両親の時と違い美談ではなく悲恋として話が広がっている。


愛し合う2人を引き裂くのはその姉なのだと。性格がキツく苛烈で陰鬱な姉は2人の最大の障害なのだと噂されているそうだ。


苛烈で陰鬱とはほとんど対義語ではないか?訳のわからない表現にイマイチ理解出来ないが、あまりシャロンはよく思われていないらしい。


だが、そんな物語に陶酔する者もいる一方、姉の婚約者にすり寄る妹と婚約者を蔑ろにする男として彼らを冷静に評する人達も存在する。その1人が友人であるソフィアだ。


シャロンの努力を理解し、それを見ようともしない婚約者に涙を流してくれたこともある。あの時は泣く事をとうに止めてしまったシャロンはそんなソフィアをただ見ているしかなかった。


「シャロン、今日の授業後のご予定は?」


「グラジェル侯爵邸に行く予定です。侯爵夫人に新しいドレスを買ったからそれを着て観劇に行きましょうとお誘いを受けています」


「・・・侯爵夫人がよくして下さっているのが救いですね。午前で授業が終わりますし、カフェにでもお誘いしようかと思ったけれど、また日を改めるわ」


さぁ、授業に行きましょうとソフィアに促され足早にその場を離れた。


有難い事に嫁ぎ先となる侯爵家では気にかけて貰っている。


最初こそどうせこの家の人間もシェリルを見れば変わるのだと、婚約者の挿げ替えはいつになるのだろうと考えていた。


けれど、侯爵夫人であるレイラは決してシャロンを悪いように扱うことは無かった。


シャロンに対する教育は決して優しいものではなかった。けれど、努力をしたらしただけの評価はしてくれた。


付き合いが長くなるにつれ、伯爵家内のシャロンの立場がどのような物か見えてきたのだろう。学園に入った頃を機に観劇や茶会などは夫人に伴われて参加するようになった。特に観劇は一度も両親はシャロンを連れて行ってくれた事が無かったので、行く度見入ってしまうのは仕方ない事だろう。


勿論今日も楽しみにしていた。


「お待たせ致しました。あら・・・まぁ!イーサン様!」


侯爵邸で制服からドレスに着替えさせられ、レイラの待つ部屋に向かうとそこにはレイラと向かい合うように2人の男性が座っていた。


1人はよく知るローガン、そしてもう1人は久しぶりにみる顔だった。


「久しぶりだね、シャロン。元気にしてた?」


「お帰りなさいませ。よくご無事でお帰りになられました。隣国でのお勤めはいかがでしたでしょう?いつまでこちらにいられるのですか?」


思わず矢継ぎ早に言葉がついた。イーサンは侯爵家の長男だ。しかし、後継としての権利を放棄しているので、ローガンが嫡子となっている。それに彼はレイラの子ではなかった。現侯爵は本来は次男坊で早々に貴族籍を離れ騎士として暮らしていたが、家に残っている兄と弟が病気、事故と続けて急逝し、2人とものらりくらりと結婚を遅らせていた為に他に後継がおらず、家に連れ戻された。イーサンの母親はイーサンが一歳の時に流行病で他界しており、家に戻されるまでは下町の方々の手を借りながら育てていたそうだ。


現侯爵は連れ戻されると同時に婚約が決められていたためにイーサンの行き先も当初揉めたらしい。母親は男爵家の娘だったが、実家は爵位を返還しており、イーサンに後ろ盾はない。扱いに困られていたイーサンを手放すまいと現侯爵は奮闘していたそうだ。それを後押ししたのが嫁いでくるレイラだったという。愛する子どもを手放したくないのが親だろうと、引き離す必要がどこにあるのだとレイラが全面的に味方につき、イーサンは侯爵家の籍に入った。


ただ、イーサンは少し変わっていた。初めていった侯爵領の山肌が見えている部分にとても興味を持ち、本で調べ、大人に話を聞き、土地を調べ出した。それが5歳になるかならないかの話で、イーサンの特異性を見出したレイラは専門の教師をつけ、そのまま領地で育てるよう指示を出した。


侯爵家は王都で職務があり、基本領地にはオフシーズンにしか戻らない。それも毎年では無かった。一見、程のいい厄介払いにしかみえなかっただろう。だが、レイラはその必要性を現侯爵に説き、その指示を通した。それは正に先見の明だったと言っていい。


イーサンは田舎の自然溢れる土地の中でその特異的な視点や考えをめきめきと養い伸ばして行った。年齢を重ねると国内に何ヶ所も保有する侯爵家の飛地にも足を運び、それぞれの土地の調査を独自に始めた。そして必要に応じて有識者を誘致し、意見を求められるよう整えたのは義母にあたるレイラだった。


そんな彼は国内の学業をスキップで修めると他国の留学を経て土木・河川学の博士となり、若いながら他国からも意見を求められるほどの専門家となっている。この1年ほどは友好国である隣国の大学校で教鞭をとり、その前の2年は国の堰堤を始めとする治水事業に有識者として各地を回っていた。そのまた前は侯爵領の整備に尽力していたので、国内各地に大小ある侯爵領はどこも治水整備で整えられている。現在26歳だが、その功績は国でも認められており、国王からの覚えめでたい人であった。


「もともと友好国だし、僕の留学先だったから大変よくして貰えたよ。師が教壇を退いて、あちらの国内事業を担う兄弟子が戻るまでの間繋ぎだったけれど、とてもいい経験をさせて貰えたから有意義な時間だった。今後は王立大学校で時折教鞭をとりながら王太子殿下と一緒に国内事業に取り組む予定になっているんだ。でもその前に報告書こそあるけれど、実際領地の状況も見て回りたいからあちこちいくつもり。半年から一年程はこのまま王都が拠点かな」


「まぁ!ではまた有意義なお話をお聞かせ下さい!」


「勿論。相変わらずシャロンは勤勉だね。それに綺麗になったね。そのドレスもよく似合ってるよ」


「ふふ、レイラ様のお見立てですもの。ありがとうございます」


社交辞令をさらりというイーサンに思わず頬を赤らめる。言われ慣れていないせいか親しい相手に面と向かって言われると気恥ずかしいものだ。


「・・・シャロン、挨拶をする順番を間違えるな。母上より兄上に先に話しかけるのは違うだろう」


ポカポカした気持ちを一気に冷やす言葉が落ちた。視線を向ければ大変不機嫌なローガンがそこにいる。


レイラには着替える前にも礼を述べたが、改めて口にすることは必要である。最初にレイラへドレスの礼を述べ、婚約者であるローガンに話しかけ、紹介をうけてからイーサンと会話だろう。婚約者を無視して別の男性に話しかけるのは問題があった。


気持ちがするすると萎み、シャロンは頭を下げる。


「・・・レイラ様、ローガン様、申し訳ありません」


「いいのよ、シャロン。イーサンのこと驚かそうと思ってわざと伝えてなかったのだし、期待通りの反応をして貰えて嬉しかったわ。私だって久しぶりに兄のように慕う方がいらっしゃったら同じような反応をするもの。ローガン、家族の場よ。何か問題があって?」


「・・・いえ、母上がよろしいのでしたらそれで良いです。申し訳ありませんが、部屋に忘れ物をしましたので少し失礼します」


ローガンはシャロンを一瞥することもなく部屋を出て行った。


観劇に行く時はいつもはローガンはいない。今回はイーサンがいるのでローガンも婚約者としてきちんとエスコートするよう呼び出されたのだろう。


何か用事でもあったのかもしれない。いつもは嫌々であろうとも表面上は婚約者としての役割を果たしてくれるというのにここまで不機嫌なローガンの様子も珍しかった。


部屋の中はどこか重苦しい。けれど、どこか明るい調子で上手く変えてくれるのがイーサンだった。


「シャロン、座りなよ。あれも困った反抗期だね。こんなに綺麗なシャロンを見ても何も無いなんて。僕なんかは1時間でも2時間でもシャロンについて語れるけど」


「お上手ですね。でも、上辺だけの美辞麗句はいりませんわ」


「いやいや。僕は本心しか言わないよ?よく見れば母上とシャロンのドレスは揃いなんだね。母上のは落ち着いた深い翠にシャロンのは深い蒼。どちらも瞳の色だからよく似合うし、落ち着いた色味だから観劇に行くのにとてもいい。さすが母上、センスがいい」


「レイラ様、改めてドレスをありがとうございます」


「可愛い娘の為のドレスだもの。お礼なんていらないわ。そういえばあの子からイヤリングは渡されなかった?つけてないようだけど」


「・・・いえ」


返した言葉に一瞬にして部屋の温度が下がった。宝飾品をプレゼントするようにレイラが指示でもしていたのだろう。それが渡されてないと分かると普段は顔色をほとんど変えないレイラがハッキリと怒りの表情を浮かべた。


学園ではローガンとクラスが違う。グラジェル侯爵家は騎士の家系だ。ローガンは騎士科に、シャロンは一般科に通っている。それもあって一方的に顔をみれど面と向かったのは一週間近くぶりだ。手紙も貰えど定型文でそれも月に一度決まった日に届く。最近は時折字が違うように感じる事もあるので代筆させているのだろう。そんな調子なので何かを貰うなんてことはまかり間違ってもなかった。


「・・・あの愚か者!誰か!ローガンを呼び戻し、」


「お待ち下さい。ローガン様の所属する騎士科は校外訓練もありましたし、忙しかったのです。大変申し訳ありませんが、レイラ様のお手持ちの物をお借りできますでしょうか?」


「母上、美しさに影を落とさないで下さい。シャロン、それもいいけど待って欲しい。遅くなったけど未来の妹は成績優秀者の筆頭で前年度表彰されたって聞いたからお祝いを準備してたんだ」


イーサンが従者に指示を出すと何処からか箱を持ってきた。それを開けるように促され開くとそこには夜空の色をした灰簾石のネックレスとイヤリングが輝いていた。決して安いものではないだろう。それこそ婚約者でもない自分に渡して良いものではない。だが、それを口にする前にイーサンは退路を塞いだ。


「仕事の関連で良いものが安く手に入ってね。せっかくだから加工して貰ったんだ。シャロンによく似合いそうだし、お祝いにとてもいいだろうとね」


「まぁ、素敵!いいじゃない。"家族からのお祝い"だもの。シャロン、是非つけなさい」


レイラに同調されれば受け取るしかない。以前からもこうしてイーサンはプレゼントやお土産をくれる。決まって家族からのプレゼントだとレイラと2人で言って貰えるので受け取っているが、今回のはいつもよりも石の格が数段違った。


家族からのお祝いを強調するのは婚約者以外からの男性からのプレゼントを正当化する為だろう。本当にいいのだろうか?と思うが、当の婚約者から宝飾品など貰ったことはない。いつもレイラが用意してくれるばかりだった。


「・・・凄く、凄く嬉しいです。大事にします」


壊れ物を大事に手に包み胸に抱く。これからローガンと結婚したとしてもシャロンにとっては一生の大事な宝物になる事だろう。


今までイーサンから貰った物は全てそうだ。リボンや万年筆、時計にレイラと揃いの宝飾品。全て大事に宝物として大切に大切に保管していた。


それがこれから未来にあるローガンの妻としては間違ったことだとしても、先に道を違えているローガンに言われる筋合いはないのだから。






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