(9)平民聖女のその後
それから私は、婚約者としてお城に滞在しています。まずは友人から始めるつもりがいきなり王妃を打診されまして、最終的な落とし所が婚約者でした。落とし所というか、言いくるめられただけのような気もします。
もともとは、今まで通り教会に所属する形で城外に住んでいたんです。大聖女さまによれば、婚約期間は必要なときに登城すればよいというお話でしたし。
ですがお城から救難信号がひっきりなしに届き、「害虫退治」のために日に何度も登城する羽目に。それならば、最初から城にいた方が移動の手間がなくてよいということで、なし崩し的にお城に部屋が設けられてしまいました。
お城って本来、何かあったときに籠城するための場所ですよね。城内、しかも王太子さまのご乱心による救難信号とか、それって本末転倒ではないのかしら。
感情を取り戻したオズワルドさまは、どうも意識的に呪いを具現化する術を見いだされたようなのです。まったく困ったものですね。それでも笑顔の王太子さまを見ると何も言えなくなってしまうのは、惚れた弱みというやつなのでしょうか。
「ティナ、上の空ですが考えごとですか?」
執務の手を止めて、オズワルドさまが尋ねてきました。まさか王太子ともあろうおかたに「マルティナさま」と呼ばせるわけにもいかず、呼び捨てをお願いしたら、いつの間にか愛称呼びになってしまいました。ティナと呼ばれるとどこかくすぐったくて温かい気持ちになります。
「ええ、王城に住むようになってから救難信号を打ち上げられることがなくなったのでよかったなあと思いまして」
「ありがとうございます。全部、あなたのおかげですよ」
オズワルドさまが、私の髪を一房取りそっとくちづけました。そんなキザったらしい仕草が似合うところ、本当にすごいと思います。あとは、うっかり呪いが発生しないように定期的に魔力を発散させることができれば完璧なのですが。「結婚してくれたら、安全に魔力を発散させることができる。定期的というか毎日でも」と自信満々におっしゃるのですけれど、あれはどういう理屈なのでしょうかね。
「お……ズワルドさま」
「はい、なんでしょう」
危ない、危ない。うっかり名前ではなく「王太子さま」呼びをするところでした。名前や愛称以外で呼びかけた結果、呪いがあふれて城内がよくわからない生き物だらけになったことは記憶に新しいです。まだまだ油断は禁物、オズワルドさまは繊細すぎます。
「ご存知ですか? お城の中庭に、か弱いひとびとを守る心優しい生き物がいるんですって」
せっかくなので、仕入れたばかりの噂話を披露することにしました。なんでもここ最近、王城内でマナーの悪いかたを見ることがなくなったのだそうです。以前は残念ながら、男女を問わずセクハラをするひとや、身分を笠に着て嫌がらせをするひとびとがいたのだとか。
私も婚約者として王城に来たばかりの頃は、どんな嫌がらせを受けるのかとひやひやしていたものですが、そんなかたはひとりも見受けられませんでした。
そのため、この婚約に際し天が王家に遣わした守護獣の加護に違いないと、ちまたで評判になったのです。
「一体、どんな生き物なんですか?」
「それが見かけたひとによってさまざまなんですけれど、どのかたも『花のように美しい何かが、ゴミ掃除をしていた』とおっしゃっていて。私は一度も見たことがないのですが、オズワルドさまはご覧になったことはありますか?」
「さあ。ティナも知っての通り、僕は呪いを撒き散らすほうが得意なので」
オズワルドさま、そこはウインクしながら言うことではありませんからね。
「きっと花カマキリみたいに綺麗で、獲物には容赦のない、擬態の得意な生き物に違いないですよ」
「お花みたいだなんて素敵!」
「美しいだけでなく働き者で、いろんな場所に転がるゴミを駆逐するべく、昼夜を問わず頑張っているはずです」
「それならたくさん褒めてあげないといけないですね」
「ええ、たくさん褒めて可愛がってください。僕のマルティナ」
そのままかすめるように触れられた口づけは、二度三度と繰り返されるうちに深く甘いものになっていくのでした。
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