(4)平民聖女とお茶会
なし崩し的に王宮での滞在が始まりました。最初はなぜか王太子さまの隣のお部屋をあてがわれていたのですが、土下座する勢いで遠慮したら使者さんの隣の部屋になりました。……これは果たして私への優しさと言えるのでしょうか。無言の圧力なのでは?
もちろんお部屋は豪華ですし、お食事も美味しいのですが、ここが自分のいるべき場所だとは思えないのです。教会のみんなも心配していないでしょうか。
居心地の悪さに耐えかね、無心になるべくひたすら害虫退治に勤しんでおります。まったく本当に虫の多い「汚城」ですこと。
「そういうわけで、そろそろ諦めていただけないでしょうか。私にできることはないと思われます」
「王太子さまはマルティナさまが隣にいてくださるだけで満足のようですので」
「一生監禁コースですか?」
「まさか、そこまでは。とはいえ、これも殿下のご指示ですから」
ほうきを振り回しながらぶつぶつと文句を言えば、使者さんに笑われてしまいました。最近見慣れたような気がしていましたが、やはりどぎまぎしてしまいます。使者さんの笑顔は宝石みたいで、無駄にきらきらしくっていけません。
ちなみに害虫退治として何をしているかと言うと、ほうきで床を掃いています。どこから入り込んでいるのか、ダンゴムシとワラジムシをそこら中で発見してしまうので、集めてお庭に捨てているのです。
ダンゴムシは枯れ葉を食べて消化してくれますので、外でなら可愛がられることでしょう。大量に発生すると庭の植物を食べ荒らして庭師の皆さまから嫌われますが、今のところは大丈夫そうです。
「害虫退治、それなりに楽しんでいらっしゃるように見えるのですが?」
「働かざるもの食うべからず! 滞在費はかからないとはいえ、それはもともと国の皆さんが払った税金です。タダ飯食らいになってはいけません」
まあ確かに「汚家」や「汚屋敷」が綺麗になると達成感が得られるのは事実なのですが。
そもそも税金の滞納がなければ私が王都に売られ……もとい連れてこられることはなかったのです。税金の大切さは身にしみて理解しております。「呪いを解く」という依頼が果たせない以上は、なんらかの形で王太子さまに報いるべきなのです。
「マルティナさまは真面目ですね」
「真面目といいますか、性分なんです。それより、使者さんはここで私と一緒にお掃除をしていても大丈夫なのですか。もともと王太子さまのお世話などをされていらっしゃるのですよね?」
「かまいませんよ。殿下からも、好きに過ごすように言われておりますので」
「王太子さま、なんだか自由なおかたですよね」
「あの方は特別ですよ」
どこか困ったようにも見える表情で、使者さんは小さく口の端をあげました。
***
「さあ、お茶の時間です」
「王族の皆さまは、毎日お茶会をなさっているのですか?」
こんなにお茶ばかり飲んで、お腹がちゃぷちゃぷにならないのでしょうか。私の疑問がわかっているのでしょう、使者さんが笑っています。
「会議や書類仕事、視察などに時間を割かれることのほうが多いかもしれませんね」
「それならば、なぜ毎日お茶会に呼ばれるのでしょうか?」
放っておいてほしいと言外に伝えましたが、使者さんはどこ吹く風。さすが王宮で働く使者さん、ハートの強さが半端ないです。
「殿下もぐるぐる巻きで固定されていますから、暇をもて余しているのかもしれませんね」
「『呪いを解いてほしい』と頼んできた使者さんが、そこまで投げやりで良いのですか?」
「いいんですよ、これで」
お掃除がまだ残っているんですという私の主張が通ることはなく、今日もいつの間にかお茶会の場所まで連れ出されてしまいました。今日は王太子さまの部屋ではなく王宮のお庭ということで、いつもと雰囲気が変わりましたね。
「流行りのお菓子は、お嫌いですか?」
田舎どころか教会でも食べられないお菓子を片手に、使者さんが微笑みます。くっ、食べ物を人質にするなんて卑怯です!
「美味しいですし、お菓子は大好きですけれど、この状況が嫌すぎるんです」
「まあ確かにやや異様な状況ではありますが」
「これをややで押し止める使者さんの心の強さが羨ましいです」
使者さんと私が向かい合い、それを眺める形で座っている王太子さま。動けないのにお茶会をするなんて、なんの意味があるのでしょう。ご自分が動けないぶん、観察して楽しんでいらっしゃるのでしょうか。
「だいたい、ここまでくるとフラグがたちすぎなんですよ」
「フラグとは?」
「古今東西、お茶会と言えば事件が起こるものなんです」
「それは、そういうことを言うほうが悪いのではないでしょうか」
「使者さん、カップから離れて!」
いきなり出ましたよ。本日はお庭の四阿でガーデンパーティと聞いていた時からある程度覚悟はしていましたが、まさかの足がいっぱいある毒虫さんとご対面です! しかも活きが良すぎるタイプみたいで、カップの中で跳ねております。
この足がたくさんあるかたがたは、本来お茶をかけたら死ぬと言われているのですが……。まあ「汚城」ですからごはんが豊富にありますし、ちょっとやそっとのお湯では死なない強さを手に入れたのかもしれませんね。
「みなさん、危ないですから下がって! テーブルから離れてください」
私の声に反応して、四阿にさっと結界がはられました。あら、結界の使い手がいらっしゃるんですね。さすが王宮です。
確かにこの騒ぎを見られたら、王太子さまが誰かから襲撃を受けたと勘違いされてしまいますもの、余計な詮索を受けないためにも結界は大切ですよね。
「マルティナさま! それは!」
どばっしゃーんとぶっかけたのは、ごくごく普通の熱湯です。飲み頃の紅茶には耐えられても、ぐつぐつ煮立った熱湯はさすがに無理でしょう!
「ただの熱湯ですのでご安心を」
「普通は、お茶会に熱湯なんて持ち込みません!」
「こんな蔦だらけの場所でお茶を飲むのですから、熱湯は必須アイテムです!」
棒に粘着テープを貼り付けたもので捕まえるのもアリなのですが、さすがにお茶会で装備するには目立ちますからね。それにお湯ならば、対処後もゴミが残りません。環境に優しいのです。
「マルティナさま、何をきょろきょろされていらっしゃるのですか?」
「私の地元では、足の長い毒虫たちは夫婦で現れると言います。番が窮地に陥ると、助けにやってくると」
「そうなんですか」
「ほら、やってきましたよ。あんなところから落ちてくるなんて、まるで毒矢みたいですね。いけ、熱湯攻撃!」
「ノリノリでやかんを抱えあげる聖女さまなんて、初めて見ました」
あっつ!
撒き散らしたお湯がちょっと跳ねてしまいましたが、まあ大丈夫でしょう。あとから腕に軟膏を塗っておけば、跡が残ることもないはずです。
***
無事に大物2匹を始末したあと、四阿を覆っていた結界が解除されました。
「すごく綺麗な結界でしたね」
「……そうですか?」
「一目一目、愛情を込めて編んだレース編みのような美しさでしたよ。現役の聖女でも、あれほどの結界をはることができる人間は少ないでしょう。そんな実力者を雇っておられるなんて、さすが王宮です」
「……ありがとうございます」
……もしかして、私が結界をはることができないのは生来の不器用さによるものなのでしょうか。確かにレース編みは苦手で、いつも途中でこんがらがってしまうのですが……。
私たちは新しく入れなおされたお茶を飲みながら、のんびりおしゃべりを再開しました。先ほどまで私たちのお世話をしてくれていた侍女さんが、文字の鎖で締め上げられて連れていかれるのが見えます。
魔術の鎖を操っているのは王太子さまなんですよね? 動けないはずなのにあれだけの魔術が使えるなんて、すごいといいますか、恐ろしいといいますか。
それから、使者さんはかなり図太い神経をしていらっしゃるということもわかりました。よくあんな騒ぎがあった直後に、同じ場所でお茶を楽しめますよね。意外とこういう騒ぎに慣れっこなのでしょうか。
「あの侍女さんがカップにムカムカさんを入れたのですかね」
「そのようですね」
「そんな度胸があるなら、もっと他に何か方法があったでしょうに」
ムカムカさんを入れた理由なんて、どうせ職場への不満に決まっています。王宮は縦社会。教会の聖女同士ですらいろいろあるのですから、こういった華やかな場所であればさらに問題も発生することでしょう。まあ、口で言えないくらい切羽詰まっていたのかもしれませんね。
「……そう、思いますか?」
「だって、生きたムカムカさんですよ。運んでいる最中に自分に向かってくるかもしれませんし、そもそも生け捕りにすること自体が大変なのに、苦労をして結局捕まるなんてわりにあわないです」
「わりにあわない、ですか?」
「お仕事というのは、生きるためにしなければならないことですからね。お金を稼ぐのですから、日々嫌なことくらいあるでしょう。割りきれないのだったら、ティーカップの中に雑巾の絞り汁を入れるくらいにしておけばよかったでしょうに……」
「ごぶふあっ!」
「え、ちょっと使者さん、どうなさったんですか。慌てて飲むからむせちゃうんですよ。そんなに咳き込んで。新しいお茶、もう一杯用意してもらいましょうか。みなさん忙しそうですし、私が入れますね」
「いえ、今の流れ的にお茶は結構です……」
訂正。意外と使者さんは、繊細だったようです。
ちなみにその夜お部屋に戻ってから確認をしてみると、火傷を負ったはずの私の腕には、かすり傷ひとつ見当たらなかったのでした。不思議なこともあるものですね。