(2)平民聖女への依頼
そんな風に忙しく過ごしていたある日のこと。王宮からの使者を名乗るかたが教会を訪ねてきました。まあなんと綺麗な男性なのでしょうか。お城で働く条件の中には、「容姿」という項目があるのかもしれませんね。
生粋の貴族出身の文官さまに見えましたが、そんなかたが教会に一体何のご用なのでしょう。
「マルティナさまにお願い申し上げます。何も聞かずに、このまま城へとお越しいただきたいのです」
おっとまさかの私をご指名ですか! でもすみません、私には登城なんて無理です。ハードル高過ぎです。別にいきなりの怪しすぎるお願いが嫌だとか、そういうわけではないんですよ、ええ。
「大変申し訳ないのですが、私のような田舎の出の聖女では、王宮にてふさわしい振る舞いのひとつもできません。別の聖女を連れていただいたほうがよろしいのではないでしょうか」
速攻でお断りすれば、隣で司祭さまがのけぞっていらっしゃいました。ここは、はいとうなずく場面だったようですね。でもですね、私なんかよりもよっぽど聖女さまらしい、貴族出身のお嬢さんがたくさんいらっしゃるのです。そちらから選んでいただくことはできませんかね?
「残念ながら、ぜひにとマルティナさまをご指名です。なにとぞよろしくお願いいたします」
文字通り平身低頭でお願いされてしまいました。どうして私なのでしょうか。さらさらと流れる使者さんの髪を眺めていたら、不意に先ほどの口上が思い出されました。
――何も聞かずに城へとお越しいただきたい――
そういえば、私に「害虫退治」の依頼を出してくるかたがたは、こぞって秘密厳守を強調していらっしゃいました。確かにご近所のみなさまに自分の家が「汚家」や「汚屋敷」だとバレるのは恥ずかしいものですよね。ということは、まさか王都にそびえ立つあの立派な王宮は、「汚城」ということなのでしょうか……。ちょっと……いえだいぶショックです。そうですか、害虫退治ですか……。
貴族のみなさんの「汚屋敷」の「害虫退治」も数多くこなしてきましたので、そちらからご紹介いただいたのかもしれませんね。教会であって商会ではありませんので、ご紹介割引や友達割引などはありませんが、お城からの依頼ならば別にいろいろと割り引かなくても問題はないでしょう。むしろ庶民のかたがたの依頼料金をお安くしているぶん、上乗せできませんかね?
私の考えがだだもれだったのか、使者さんがにこりと微笑みました。
「もちろん、お礼は弾ませていただきます」
「ありがとうございます! お城へ向かわせていただきます!」
久しぶりの大型案件です。やるっきゃありません! あちらで司祭さまがなぜか頭を抱えていらっしゃいますが、まあ気にするほどのことではないでしょう。教会だろうが聖女だろうが、生きていくためにお金は必要なのです!
「それでは少々準備いたしますので、しばらくお待ちくださいませ」
さすがに「汚城」ともなると、スリッパひとつで立ち向かうのは心もとないのです。いくつか愛用の道具を携え、「汚城」へと乗り込むことになりました。
***
「ふふふ、私の目から逃れられるとお思いですか! お覚悟!」
「マルティナさま、さすがでございます」
「すみません、私がさっきから害虫退治をしているせいで、ちっとも前に進みませんよね。ご依頼主さま……えーと使者さんにとっての上司さんに叱られませんか?」
「マルティナさまの良いように行動していただいてかまいません」
「ありがとうございます!」
話のわかる使者さんで助かりました。私はぶんぶん肩を回しながら、油断なく周囲を見渡します。
一般的な「汚家」「汚屋敷」にありがちなことなのですが、周辺地域にまで害虫が溢れ出していることが多いのです。やはり根本を叩くのが一番なのですが、どうしてもあたりをうろちょろする奴らの姿を無視できません。そのせいで歩みが遅々として進まない上に、清掃現場を目の当たりにしたご依頼主さまにクレームをいただくこともしばしばでして……。
「使者さん、かがんでください!」
「はいっ!」
ばちこんと力いっぱいスリッパを振り下ろせば、また1匹葬ることができました。ああ、反射で動いてしまう自分が悲しいです。
「マルティナさまは素晴らしいですね」
「すみません、作業現場を見せてしまって。みなさんこういうの苦手ですよね。でもあいつらは、1匹いたら50匹はいると言われていますからね。見つけ次第叩きのめさないと!」
「頼りになる聖女さまです」
「そんな風におっしゃっていただくと逆に申し訳ないです。私、害虫退治くらいしか取り柄がないんですよ。他の聖女さまみたいに『治癒』とか『結界』とかできたらいいのですけれど」
「いえいえ、マルティナさまほど素早く『呪いを祓う』ことができる聖女さまなどいらっしゃいません」
あらまあ、使者さんでもやっぱり「名前を言ってはいけないあの虫」扱いなんですね。おそるべし、「名前を言ってはいけないあの虫」。
ちなみにお城は古い建築物だからでしょうか、結構日当たりが悪く、じめじめしている部分も多いようです。そういう部分にはぬめぬめじゅくじゅくした奴らが大量発生しておりましたので、念のため持ってきておいた塩をぶっかけておきました。やはり備えあれば嬉しいなですね! あれ、違いましたっけ?
「しばらく放置したら水を流して、掃除しておいてくださいね! デッキブラシでこすってもらえば、奴らの這った跡もすっきり消えますから」
「ひいいいいいいいい」
ちょうど通りかかった使用人さんを呼び止めて説明をしたところ、真っ青な顔でガタガタ震えられてしまいました。しまった、なめなめさん系統もダメなタイプが多いのをすっかり忘れていました。せめて彼らも背中に殻を背負っていたら、ここまで怖がられずに済んだのでしょうか……。でも山盛りの塩を撒き散らしておいて、はいさようならはいただけませんよね。
ちらりと使者さんを振り返れば、心得たように小さくうなずかれました。なんということでしょう、このタイミングのよさ、まるで相棒のようではありませんか!
「申し訳ないのですが、後片付けしてから前に進んでも大丈夫ですか?」
「もちろんです。僕も手伝いますよ」
「まあ、嬉しい。本当に助かります!」
普段はひとりですべてをこなしている地味な害虫退治も、誰かと一緒ならこんなに楽しい時間に変わるのだと、私は初めて知りました。
***
あちらこちらで害虫駆除をこなしつつ、亀の歩みでようやくたどり着いたのは、どうみても高貴なかたがいらっしゃるお部屋でした。えーとすみません、この部屋の先に待っていらっしゃるのは、おそらく文官さまや武官さまではありませんよね? 依頼内容は、害虫退治だったのではなかったでしょうか?
首をかしげていると、使者さんが廊下に膝をつきました。
「慈悲深き聖女マルティナさま。王太子オズワルドさま、通称『硝子の王太子』にかけられた呪いを解いていただきたいのです」
「お、王太子さま? しかも呪いってどういうことですか?」
通称『硝子の王太子』だなんて、初めて聞きました。王都にお住まいのかたはどうだかわかりませんが、辺境の民にとって王族というものはあまりにも遠い存在過ぎて、彼らについての情報など耳を通り過ぎていくばかりなのです。
傷つきやすい心の持ち主ということかしら。それとも玻璃のようにきらきらしい美貌ということなのでしょうか。
「その名前と依頼内容を聞いてしまっては、逃げ出すことなどできませんよね?」
「騙し討ちのような形になってしまい、申し訳ありません」
深々と頭を下げられて、思わず苦笑します。怪しげな依頼を自分の都合の良いように解釈したのは私自身です。
それに結局のところ、聖女探しのときと同様、こちらに選択権はなかったのでしょう。無理矢理に王宮に招聘されなかったぶん、使者さんは誠実だったのかもしれません。
「使者さんは悪くないですよ。お仕事ですもんね」
「いえ、あのそれは……。はい、本当にありがとうございます」
目線を床に落としたままの使者さんは、どこか悲しそう。そんなに気になさらなくてもいいのに。現場の人間は、上の指示に従うしかありません。宮仕えの辛いところですよね。
口ごもり何かを言いかけた使者さんが、お礼の言葉とともにゆっくりと扉を開けます。
そこで私が目にしたのは、ぐるぐると包帯で全身を覆われた異様なミイラ男だったのでした。