(1)平民聖女のお仕事
私はマルティナ。どこにでもいる平凡な聖女。本日も朝からお仕事です。聖女のお仕事は歩合制なんですよ、世知辛いですね。
「本当に聖女さまおひとりでよろしいのですか?」
「マルティナはまだ年若いですが、呪いを祓うことに関しては右に出るものがおりません。どうぞ大船に乗ったつもりでご安心ください」
お仕事の現場にて司祭さまとお客さまのいつものやり取りが始まり、ついついため息をついてしまいました。教会への依頼主は不安そうな顔をして、司祭さまにいろいろと尋ねています。それなのに司祭さまったら、「呪いを祓う」なんて大げさなことを言うんだから。そんなことを言うから、お客さまがますます心配そうな顔になるんですよ。
私が所属する教会は、魔力の高い少女を「聖女」として認定し、様々な活動を行なっています。私の同期には、治癒や結界に秀でている少女たちもいますので、彼らの活躍は確かに文字通り「聖女」らしいと言えるでしょう。ただそれはあくまでごく一部の話。私のような一般人に近い人間は、そこまで特別なことはできません。
例えば、地味系平凡女子筆頭の私が実際にやっているのは、ただの「害虫退治」です。「害虫」の「とある特定の名前」が忌み嫌われているせいか、司祭さまは私の仕事のことを「呪いを祓う」なんておっしゃるのよね。なにその、名前を言ってはいけないあの虫。そもそも「呪い」なんて嘘くさいものがあってたまるもんですか。
もちろんそんなことは言わないで、私は大人しく真面目な顔をして立っています。田舎者なせいか、都会の皆さまと話をしていると噛み合わないことが多々あるのです。うっかり変なことを口走って「不敬罪」で捕まるのはごめんですので。
「これだけの屋敷ですよ。見て見ぬ振りをしてきましたが、家族や使用人からあれだけの訴えがあったのです。もはや猶予もありません。それなのに、こんな幼げな少女ひとりでどうにかしようだなんて……」
「むしろ彼女以外の聖女を同行させたところで、足を引っ張るのがオチです。なにせ彼女はソロプレイヤーですから」
司祭さまったらまたテキトーなことをおっしゃるんだから。お客さまの心配は当然のことですよ。貴族の屋敷というのは、とにかく広いのです。その屋敷の「呪いを祓う」もとい「害虫退治」を私ひとりに任せようというのだから、不安も口に出ることでしょう。お金も関わることですからね。
とはいえ、司祭さまのおっしゃるところもまた事実なのです。私の同期の聖女たちは、残念ながらみなさん都会っ子。しかも貴族出身のかたばかり。いわゆるお嬢さまな女の子たちが、害虫退治なんてできるでしょうか。一方の私はと言えば、野山を駆け回り、畑を耕してきた田舎っぺ。虫どころか蛇やカエルにだって耐性があります。
「大丈夫です。どうぞ皆さま、下がっていてください。教会の鐘が3つ鳴るまでには、戻ってまいります。心配しないでくださいね!」
「マルティナ、あなたにばかりお任せしてしまうわたしたちを許して……」
「気にしないでください。田舎に住んでいたから、こういうのは慣れてるんです。適材適所って言うんですよね。逆に私は怪我人を治療することなんて高度なことはできませんから、これでおあいこです」
私が微笑めば、青ざめた表情の同期たちが私の無事を祈るように手を組んでくれました。この屋敷の周辺に結界を張ってくれるようです。これは嬉しい、害虫退治は1回で根こそぎやってしまいたいもの。撃ち漏らし、外に逃げ出した奴は放っておくとまた元の場所に戻ってきてしまうのですから。
「では、いってまいります!」
さあ、害虫退治と行きますか!
***
私はど田舎の辺境にある村出身の平凡な女です。特徴といえば、他のひとに比べて多少体が丈夫なこと。虫やらなにやらに耐性があること。それから、害虫退治が得意なこと。それがなんの因果か「聖女」と持ち上げられ、王都なんぞで害虫退治をやる羽目になってしまいました。
もちろん「聖女」となり、高位貴族の方に見初められることを夢見る少女も多いことでしょう。けれど、まずは飢えないことが優先の田舎な上に、容姿もぱっとしない私はそんなことを考える余裕もありませんでした。
同じ村の男性と結婚して、ごくごく普通の家庭を築くことさえできれば万々歳だと思っていたのです。それがどうして「聖女」などと呼ばれるようになったかというと、すべては生まれた村が貧乏だったゆえのことなのでした。
『この村に「マルティナ」という少女がいるはずです。彼女が聖女であるとの神託がおりました』
『お前さんがた、頭は大丈夫かね?』
そんな寝ぼけたことをおっしゃるお偉いさん……不敬でしょうか、聖女狩り……これもダメですね、ええと、聖女探しをしていた王都からの使者の皆さまが私の村を訪れたのは、数年前の冬のことでした。
当然、彼らの言葉は怪しまれます。だって、あまりにも突拍子がない話でしたからね。人買いを警戒するものだっていたくらいです。けれど村人たちの態度は、次の言葉で一変してしまいました。
『マルティナさまが聖女として王都へ来てくだされば、滞納されていた税金の支払いは不要です。今後も聖女の生まれ故郷として納税が免除されます。聖女さまも王都での労働に伴いお給金が出ますので、タダ働きということにはなりません』
もともと辺境の特筆すべきものもない田舎ですから、不作の年が続くとすぐに納税が滞ってしまいます。こちらも払いたくないわけではないのですが、まずは食べねばやっていけないのです。せめて村が税金を滞納していなければ、話は別だったかもしれませんが……。うーん、やっぱり無理でしょうか。いずれにせよ、出稼ぎを望まれたような気がします。
『大丈夫、お前は強いから。俺たち家族がそばにいなくてもやっていける』
『マルティナ、聖女としてのし上がって、王子さまを射止めるのよ!』
『そうなりゃこの村は、王妃を輩出した村になるぞ!』
村のみんなときたら、まったくお祭り騒ぎ。そんなこんなで王都行きを反対するものなどいるわけもなく、私は王都で聖女――私の感覚ではただ単に魔力がちょっと多いだけの聖女もどき――として働くことになったのでした。
とはいえ私には取り立てて特別な力などないのです。他のひとのように病人や怪我人を癒すことも、結界を張ることもできません。唯一できることは、文字通り「害虫退治」だけ。
辺境の村は田舎だったからでしょうか、害虫の大きさが桁違いでしたし、がっつりばっちりみっちりしていて、とても手強かった記憶があります。私の必殺スリッパ攻撃でも2度3度と攻撃しなくては倒れてはくれなかったものです。
ありがたいことに、ここ王都の害虫は田舎の害虫よりもサイズは結構小さめです。少しばかり見知らぬ色合いや外観をしているものもいますが、概ねお馴染みのものばかりで、普段通りの方法で退治可能なことだけが救いです。
お給金をもらっている人間がこんなことを言うのはどうかと思いますが、どうしてこんな害虫退治をわざわざ教会に依頼するのかいまだに理解できないというのが正直なところです。王都の皆さんは田舎の人々よりも繊細ですから、虫退治をわざわざ外部の人間に頼むのかもしれません。
王都に来てびっくりしましたが、本当にしょうもないことまで便利屋に頼んでいらっしゃるんですもの。あ、口がすべってしまいました。まあ、私は何だっていいのです。必要なのはただひとつ。ちゃんと害虫を退治し、お支払いしていただき、私にお給金が入ることなんですから。はっ、奴らの気配です!
出ましたね、この害虫どもめ!
必殺!
殴る!
殴る!
殴る!
ひと息ついて、さらに続けざまに殴り続ける!
別に何で殴ってもいいのですけれど、やはり自分の使い古しのスリッパが一番殴りやすいです。スナップがよく効くからかもしれません。欠点はただひとつ、このスリッパを取り出したところをひとに見られると、「本気でそれで戦うの?」とさらに不安そうな顔をされることくらいでしょうか。
「ふふふ、覚悟なさい! めった撃ちにしてさしあげます!」
この後、私の雄叫びと高笑いが屋敷の外に漏れ出ていて、近所の方々を恐怖のどん底に陥れたらしいと聞きました。本当にごめんなさい。