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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第五章 紅が暴く虚実
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「ごめんなさい。元凶のわたしが笑っていいことではないのですけど。要するに、二人共に言いたいことは同じですよね?」


『だから』成果を出すためにどうするかが重要だと。


「だと思うですけど。どうしてわざわざ敵を作る物言いをするのですかね」

「飴を与えるのは王の役目だからだ」


 人は自分に優しい相手の方に心を寄せる。臣下を許すのは王であるべきなのだ。公爵家ともなれば、恐れられ、苦手に思われているぐらいで丁度いい。


 この役目が逆転しては面倒が起こるだけである。


「……あ。えっと」

「それとは別に、無能が嫌いだというのも要因だけどな」

「どうせそっちが主要な理由だと思ってたですよ、もう!」


 エルデュミオの望み取りに彼の挑発に乗ってから、リーゼは真っ直ぐその瞳を見詰めた。


「やり過ぎないでください」

「そんな下手は打たない」

「打ってたですよ」

「……うるさいな」


 事実なので、反論できない。理屈で返せなくなった時点で負けである。


「ルティアの言った通り、貴方は貴方なりの思想で、国に仕えているわけですね」

「僕は貴族だ。お前のように個人にはなれないし、ルティアのように我を通せるわけじゃない」

「……はい」


 納得はしていないが理解はした様子で、リーゼはうなずく。


「ときに、シャルミーナ。お前は地下資料庫に入る権限はあるか?」

「いえ。原本を収めた資料庫が存在しているのは知っていますが、限られた一部の者を除いて場所も伏せられていますから。わたしの階級ではその権限がありません」

「まあ、そうか」


 残念ではあるが、シャルミーナの答えは予想の範疇内だ。


「エルデュミオ様は、よく資料庫の存在をご存知でしたね?」

「『ある』という想像はつくだろ。興味はなかったけどな。だが興味を持っている奴はいるみたいだぞ」


 そして興味を持った誰かの存在が、エルデュミオの関心も引いた。


「では、わたしたちも知るべきですね。――分かりました。正確な道は知りませんが、場所は分かります。見つけ出すことはできるでしょう」


 シャルミーナには自信があるようだった。不思議に思っていると、彼女は悔恨の表情で目を伏せる。


「ツェリ・アデラの廃墟で、地下にそれらしき部屋を確認しています。中はすでに何も残っていない状態でしたから、当時は用途が分かりませんでしたが……おそらく、資料庫だったのでしょう」


 地下に保管されていた物がすべて失われているとなれば、相当だ。それを奇妙に感じないぐらい、ツェリ・アデラは徹底的に破壊されたということでもある。


「防備の拡張はどうだ」

「そちらは順調に。聖席の皆様方は、元よりマナの異変に危惧を抱いております。エルデュミオ様が人為的な悪意である証明をしてくださったので、より危機感を募らせ、警戒も高まりましたから」

「何よりだ」


 やり直しをした以上、ツェリ・アデラはなんとしても護り切りたいものである。

 向こうも、同じように陥落させたいと考えているだろうが。


「では改めて、ツェリ・アデラについて理解を深めるとしよう」

「それでは、こちら等はいかがでしょう」


 言ってシャルミーナは、自分が持っていた本を差し出した。


「もしかしたら、新しい発見があるかもしれませんから」

「そう期待したいね、まったく」


 写された内容を知ることで、原本を見る機会があったときに違和感に気付けるかもしれない。

 違いを知ることは無意味ではないと自らに言い聞かせ、エルデュミオは本を一冊手に取った。




 結果、聖都ツェリ・アデラについて少しばかり詳しくなったものの、成果はそれだけに終わった。陽も落ちてきたので切り上げて、宿へと戻ることにする。

 行きと同じ道を逆に辿って外へと向かう、その途中で。


「――なんとか、口添えを……」

「事が事だ。さすがに不可能だと、分かっていらっしゃるでしょう」


 寄進などを受け付けるための個室の一室から、言い争う声が漏れ聞こえてきた。どうやら扉を閉め損ねたらしい。僅かに隙間ができている。

 余程慌てていたのかもしれないが。


(不用心だな)


 他人事ながら呆れてしまう。

 どうも便宜を図ってもらうための相談のようなので、巻き込まれては面倒が起こる可能性がある。


 エルデュミオは当たり前に通り過ぎようとして――足を止めた。声に聞き覚えがあったような気がしたのだ。


「どうしたです? 盗み聞きとか、趣味悪すぎですよ」

「馬鹿。違う」


 眉をひそめ、小声で非難してきたリーゼに否定してから、そっと壁によって耳をそばだてる。


「どこが違うですか」

「嘆願に来ている男女。元セイン家の伯爵夫妻だ」

「え? えっと……」


 ストラフォードの貴族事情に明るくないリーゼは、家名だけでは理解しなかった。


「ルーヴェンについて行った、元騎士団長ヘルムートの家の当主夫妻だ」


 ルティアの暗殺に一族の者が加担したとして、セイン家は取り潰しになっている。親兄弟辺りまでは連座で処刑となっておかしくないのだが――ルティアの温情により、家の取り潰しだけで済まされた。


 資財も一割ほどは没収を免れているので、慎ましく暮らして行けば食うに困るまではならなかっただろう。間違いなく嫌な顔をされるが、支援を受けられる親類もいる。


「な、何でその人たちが本神殿に?」

「さあな。どうも口添えを頼んでいるようだが……。家の復興か? まさかな?」


 いかに大きな影響力を持つ聖神教会とはいえ、あまりに分野が違いすぎる。個人に肩入れするような便宜は、信徒たちからも不審を買う。余程でなければ受け入れまい。


「わたくし共の助力を、お忘れではないでしょう? それに、貴方様のお子が――」

「分かった、分かったから、軽々に口にするのは止めていただきたい」


 焦った口調でセイン夫人の言葉を遮る神官の姿は、さすがに確認できない。


「……あれ? 聖神殿の神官って、別に結婚しても問題ないですよね?」

「ああ。神の元に人は平等であるから、身分や国境にとらわれず婚姻を認めている。世の中で一番自由な結婚ができるのは、フラマティア神官かもな」

「だったらどうして、子どものことを口にされるのをはばかるんです」

「子どもが口に出せない悪行に手を染めたか。……もしくは婚姻関係にない女性との子か」

「最低です」


 ありったけの嫌悪を込めて、リーゼは吐き捨てた。

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