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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第四章 黒光が導く魔道
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「……あれのせいか」


 エイ擬きがマナを喰らい、しかも現在進行形で大量に使用して、氷を降らせているせいだ。


「このままでは、アムルガムガルムの魔力板もいつまで持つかだな。時間はなさそうだ」

「あいつから切り離したマナは使えないです?」

「使えなくはありませんが……」


 結晶化され、地面に転がっている高純度のマナを指して言うリーゼに、スカーレットは迷った答えを返す。


「単純にマナに戻したら、僕たちも使えるがあいつもまた喰らって自分の身を補填するだろう。分の悪い戦いに思えるな」

「じゃあ、周辺のマナを枯渇させたまま戦うです? どちらでも分が悪そうですね」

「そうだな。やるなら一撃だ」


 エルデュミオたちにとっても不利に働くが、機会を生むことはできる。


「周辺のマナを使い切ったら、さすがにあいつも呪紋を出し惜しむだろう。文字通り、自分を削ることになるからな」

「ですね、多分」

「リーゼ、僕が渡した聖神のマナはまだ残っているか」

「はい」


 うなずき、リーゼは懐からまだ瓶の半分ほど残っているマナの粉末を見せた。


「体内呪力が危うくなったら、使え。あいつが氷を降らせるのを止めたら向かうぞ。――それと、これを渡しておく」


 手に携えたままの長剣を、リーゼへと差し出す。灰塵の炎は発動させたままだ。


「え、でもこれ」

「使い慣れた武器でなくても我慢しろ。もう一度発動させる余裕がない」


 神の権能――神呪にしては軽い方だが、それでも人が扱う呪紋と比べれば使う呪力は多かった。マナが心許ない今、できれば余分に使うのは避けたい。


「そ、それはいいですが、でも」

「あいつは僕を一番警戒しているし、僕はお前の腕を信用している。さっきも言ったが、やれるのは一撃だ」


 周辺のマナを減らした状態で、外から補給されるのを防ぎつつ、マナ喰いマナとしての形を失わせる。


 マナの枯渇は当然、エルデュミオたちの行動にも制限を与える。長くこの場に留まれば体内のマナが欠乏し、生命維持さえ危うくなるだろう。戦闘などで消費量が増えれば、さらに枯渇までの時間が加速する。


 だから、一撃で片を付けなくてはならない。


 リーゼは小さく息を飲み、それから瞳に強い覚悟の光を宿し、エルデュミオが差し出した剣を受け取った。


「はい。必ず」

「よし、行くぞ」


 言ってエルデュミオは、リーゼに渡したのとは別の、もう少し荒く砕かれた粉末の入った瓶を取り出して手に納める。


「あれ、それって」

「マナ喰いマナの同類だ。お前が切り分けて置いてくれたのは正解だったぞ、スカーレット」

「幸いです」


 市販の呪力回復薬では、とても間に合わない。


(――……息苦しい)


 いよいよ本格的に、マナの枯渇による圧迫を感じ始めた頃、雹が止んだ。同時に三人が動き出す。

 エルデュミオとスカーレットは、エイ擬きの正面へ。リーゼは気配を消して、おそらくは背後へと。


 エイ擬きの注意を引き付けるためにエルデュミオが構築するのは、当然神呪。己を傷付けたものと同じ気配に、エイ擬きは強く反応した。ヒレを広げ、体の正面にマナを集中させる。


 マナ枯渇の影響を受けているという条件は同じ。エイ擬きの体が、マナを使用したことで一回り小さくなったように感じられた。


 一方のエルデュミオはスライム擬きをマナに変換して使いつつ、神呪を描き上げる。


「正面からの撃ち合いか。好みじゃないが――捻じ伏せる! 貫け、冥雷槍(アビス・ナグ)!」


 腕で一抱えはある、雷を孕んだ黒光が呪紋法陣から放たれる。ほぼ同時に、エイ擬きも水を生み出して迎撃を開始した。


 衝突は、丁度両者の中間地点。呪紋の性質もほぼ同じ。黒い雷光と水の形をしたマナが、相手を打ち砕こうとせめぎ合う。


 エルデュミオの持つスライム擬きの粉末が、見る間に体積を減らしていく。エイ擬きも同様だが、元々の質量差が圧倒的だ。せめぎ合いの結果は見えている。


「エルデュミオ、これ以上は危険になる、引け!」

「いや、あと、少し……!」


 リーゼの一撃で、確実に仕留めたい。そのためにもできる限り、エイ擬きの保有マナを削りたかった。


(僕自身の呪力を使えば、数秒ぐらいは持つ)


 そう考えていた。


 しかしスライム擬きだったマナが底をついたその瞬間、後ろからスカーレットが有無を言わせずエルデュミオの襟を掴んで引き倒す。


「!」


 精密な集中によって構築されていた神呪は、唐突な横やりによって消え失せてしまった。当然、水砲がそのまま襲いかかってくる。


 そのはるか上、既に跳躍していたリーゼと目が合った。

 彼女は真っ直ぐにエルデュミオを見ていて、その瞳は怒っている。強すぎる思いに怯んでしまうほどだ。


 直後エイ擬きの水砲が引き倒された体の上を通過していったので、幸いリーゼの視線に射抜かれた時間は短い。


 そして水の壁が通り過ぎたあとにエルデュミオの視界に入ったのは、両断されたエイ擬きの姿。すぐさまスカーレットが呪紋を展開し、形を失おうとしていたマナに『結晶』という新たな属性を与えて確保する。


「――エルデュミオ様!」


 魔力の板に着地すると、リーゼはすぐさまエルデュミオに向かって駆けてきた。体内呪力が乏しくなっているせいで疲労感が強く、尻を着いたままそれを見守っていると。


 ガンッ!


「!」


 わざと暴力的な音を立て、リーゼはエルデュミオの正面に彼から借りていた剣を突き刺した。維持する呪力も惜しかったので、灰塵の炎の輝きはもう消えている。


(こちらの消費を計算に入れるのは忘れていたな……)


 スカーレットがエルデュミオの集中を妨げて呪紋を中断させたのは、正に限界点だったと言っていい。

 それでも、後に残る無理を押せば維持はできただろうが――


「わたしが言いたいこと、分かるですかね?」

「……い、一応」


 エルデュミオがその無理をするのを、リーゼとスカーレットが望まなかったことだけは間違いない。そして、必要がなかったというのも確定した。


「では、言うべき言葉があるですね?」

「ぐ……っ」


 分かっているが、口にしたくない。

 逃げ道を探して視線をさまよわせると、スカーレットと目が合って微笑まれた。ただし、唇だけで。目がまったく笑っていない。

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