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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第四章 黒光が導く魔道
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 エルデュミオは弱くはないが、一流と呼ばれるような者たちのグループに入ったときは、最下層になるぐらいの戦闘能力しか持ち合わせていない。


 当然である。


 エルデュミオが求められてきた本分は、いずれ広大な領地を管理、経営するための、官僚としての能力なのだ。戦闘に関しては自衛のために修めたに過ぎない。本職の人間と比べれば格段に劣る。


 しかし今は状況が変わり、スカーレットに選ばれてしまった。世界からマナが奪われるのを止める必要があるのには同意する。

 目的を果たすためには、前線で戦うことも少なくないだろう。


(僕の地力でヘルムートに勝つのは難しい。相手が過剰強化を使ってきたら、絶対に不可能と言ってもいいぐらいだ)


 時を戻すのは神にとっても大技のようなので、二度目は期待できない。

 どうしようもなくなってエルデュミオ自身が行使するなら、世界のマナは九割以上魔力でなければ発動さえできないと見込んでいる。


(特にウィシーズでは、魔力が濃いことが問題ではないんだよな。それならば、いっそ……)

「奇跡、ですか。でもこれ以上奇跡に頼るのは、ちょっと他力本願な気がします」


 それこそ、本当に必要なときに救いの手を差し伸べられたリーゼは、フラマティア神への信仰を取り戻しているらしい。


「もちろんだ。だから基本的に、奇跡なんてものは人間が演出するものだ」


 演出の仕方を迷っているだけで、エルデュミオは初めから神に頼ろうとは思っていない。


「とにかく、今は休め。何かが起こったら連絡する。――ヴァスルール」

「はい」

「王宮と町とを、見つからないように行き来するぐらいはできるだろう?」

「はい」


 迷いのない肯定だった。それが事実かどうかは彼のことを満足に知らないエルデュミオでは判断できないが、とりあえずは信用して話を進める。


「リーゼとの仲介を頼む」

「承知しました」

「ではこれから、リーゼが復調するまでの護衛を命じる。こいつが動けるようになったら合流しろ」

「はい」


 これはリーゼのためでもあるが、エルデュミオ自身のためでもある。

 裁炎の使徒は、あくまでも王の兵だ。ルティアに知られたくないものをフュンフに見せるのは望ましくない。


 いざというとき、リーゼはフュンフを引き離す言い訳にもなってくれるだろう。そういう意味でも、リーゼの同行はプラスだった。


「僕たちは王宮に行く。何かあったら、ヴァスルールを使って連絡して来い」

「使うって……人間ですよ。同じ内容を口にするのでも、もう少し言い様はないですかね?」

「妥当だ」


 リーゼが言いたいことが分からなくはないが、エルデュミオは取り合わなかった。

 その振る舞いがエルデュミオにとって、恐怖と共に矯正されているものであると知っているリーゼは、責めるのではなく気遣う視線を向けてくる。


「気を付けて」

「……ルティアにも言ったが、余計な心配だ」


 他国の人間に対する態度は、下位の者にであっても自国とはまた変わる。端的に言えば、位よりも丁重に扱う必要があるのだ。


「だったらいいですが」


 全面的に安心した様子ではないが、多少の軽減は見られた。


(なぜ、そんな顔をする)


 リーゼたちにとってエルデュミオは、必要に迫られて話を持ち込んだだけの協力者だ。友人や仲間と呼べるような、好意の元に成り立っている関係ではない。


 問い質したい気持ちが湧き上がったが、飲み込んだ。


 もし肯定的な返答が来たら、エルデュミオの方が困るからだ。どうやって付き合っていくべきか、分からなくなる。エルデュミオの中には存在しなかった距離感のせいだ。


(聖神寄りのこいつらに知られるのは、面倒だ。それだけだ)


 否定されるだろうし、止められるだろう。それにためらいを感じている。


「何か、不穏な考えをしているです?」

「気のせいだ」


 なぜかそういう部分だけ、リーゼは目聡い。

 しかしエルデュミオもエルデュミオで、体面を取り繕うのには慣れている。表情を崩さず言い切った。


「じゃあ、僕はもう行く」

「……はい」


 取り繕ったエルデュミオの言葉をあまり信用していない様子で、リーゼはうなずく。それでも引き止めてこなかったのは、エルデュミオから答えを引き出すのは無理だと分かったからだろう。


 自分が去った後リーゼがずっと気に掛ける予感がして、ドアノブに伸ばした手を止めて振り返った。


「本当に、心配はない」


 ――少なくとも、今のところは。


 エルデュミオが振り返ったのは自分の心情を慮ってのことであると、リーゼはすぐに理解した。そうして、嬉しそうに微笑む。


「はい。信じます」


 たとえ破ったとしても、現実的には不利益など生まれない口約束。

 だがエルデュミオは交わしたその言葉に、下手な契約よりもずっと重さを感じた。


「……ああ」


 応じて、今度こそ部屋を後にする。


(ああ、そうか)


 城への道を歩きながら、唐突に思い至った。


(リーゼが感情の観察に長けているのは、それを重要視しているからか)


 注意を払われ、危うい思考を指摘されたのは面倒でしかない。だというのに、抱いた気分は悪くなった。胸の内に温かささえ感じて戸惑ってしまう。


(優しい、良い娘、か)


 かつてルティアが評した言葉を思い出す。

 今なら、賛同してやれなくもない。

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